無駄な努力と時間!?

       ワシントン州 香澄の部屋 二〇一四年六月二日 午前〇時一〇分

 香澄たちはハリソン夫妻の話を聞き、今現在のトーマスの状態について知る。途中議論を交わすこともあったが、話が少し長くなったためか時刻は真夜中を指している。

「……おっと、少し話が長くなってしまったね。明日は色々と忙しくなると思うから、三人はもう寝なさい」

「で、でも私たちも今夜は眠れるかどうか……」

「ベッドに横になるだけでも、大分違うわ。だから少しでも体を休めなさい」

「分かりました。お休みなさい……」

「うん、お休み……」

“自分たちも眠る気分ではないわ”と思いつつも、ハリソン夫妻に言われるまま、香澄たちは自分の部屋へと足取りを揃え始めた。

 だが三人はとても眠れるような気分にはなれず、香澄の部屋に集まるという形で話はまとまる。なお香澄の部屋は綺麗に整理されており、いつマーガレットたちが来ても問題ないという状態。


 香澄の部屋に集まった三人だが、最初のきっかけが中々つかめない。そんな重苦しい空気を察したのか、マーガレットはジェニファーに先ほどの話を説明して欲しいと伝えた。するとジェニファーも、

「あぁ、それはですね……」

医学用語や専門用語を使用せず、分かりやすい事例を踏まえて彼女に説明する。それを聞いて納得する一方で、マーガレットの顔にはどことなく影が見え隠れしている。特にマーガレットがジェニファーに“後で説明してね”と言った『逆行健忘』について、より詳しく説明した。

 

 『逆行健忘』の特徴として、に、症状がある。

 ただ今回のケースのようにに心がストレスや恐怖に耐えきれず、症状を発症することもある。同時に記憶障害の一種でもあり、完治するまでの期間には個人差がある。


 ジェニファーの説明が一通り終わると、マーガレットは部屋のテーブルに両肘を付きながら、大きなため息をこぼす。そして以前自分が感じていた彼の心理状態について、考えが間違っていなかったことを後悔する。

「当たって欲しくなかったけど、私の勘が当たってしまったわ。“僕は大丈夫だよ”って顔していたけど、本当は寂しくて一人で泣いていたのね」

「そ、そうですね。トムは……ということになりますね」

 マーガレットとジェニファーは深くため息を吐き、大きく落胆している。それは香澄自身も同じで、二年近くも一緒に住んでいながら、トーマスの本当の気持ちを知ろうとしなかった自分を恥じている。

「結局私たちではあの子の力にはなれなかった……ということなの? これまであの子へ注いだ数年間の愛情は、の!?」

冷静な香澄らしくない、感情的で耳が痛くなるような言葉。そんな彼女のまばたきでさえ、冷たく鋭いナイフのように二人の心に深く突き刺さる。

「香澄!? あなたまで変なこと言わないでください! マギーに続いて香澄まで弱気なこと言うと、私……私……」

「そ、そうだったわね……ごめんなさい」

自分自身で“軽率なことを口走ってしまったわね……”と、深く反省する香澄。だが最悪の事態こそ迎えていないものの、彼女たちの間には緊張の糸が絡まり続けていた。そして、彼女たちの精神も少しずつ追い込まれていく。


 すっかり弱気になってしまった三人の心は、今にも小枝のように折れそうな状態。ハリソン夫妻からトーマスの過去について説明を受けるが、だからといって彼女たちに出来ることは何もない。理想と現実は違うということを頭の中で理解していても、自分たちの無力さをいやおうにも痛感してしまう。

 

 はたして彼女たちは、トーマスの心を救うことが出来るのだろうか? そして彼が求めるとは、一体何なのか?

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