【トーマス編】

運命を変える選択

                一二章


              【トーマス編】


    ワシントン州 トーマスの部屋 二〇一四年六月一日 午後一一時〇〇分

 自分が何故ラッコのキーホルダーを持っているのか一向に理由が分からず、トーマスはハリソン夫妻へその疑問をぶつけてみた。それを聞いた二人は明らかに何かを知っているような素振りを見せるものの、何か後ろめたい事情があるようだ。真相について話してくれないどころか、態度が一変して“明日から学校は休むように”と言われてしまう。

 それに納得出来ないものの、小学生のトーマスにとって、ハリソン夫妻の言葉に反論することはもちろん、逆らうことなど出来なかった。

『何だか納得いかないよ。“急に明日から学校を休んでいいよ!”って言われても……』

 そこで彼はハリソン夫妻ではなく、香澄たちの誰かと話をしようと考える。

『そうだ……香澄たちなら、僕の相談に乗ってくれるかもしれないよ。香澄たちだったらまだ勉強していると思うし……でも誰に相談しよう?』


 正直なところハリソン夫妻ほどでないにしろ、トーマスは香澄・マーガレット・ジェニファーの三人に対しても、少なからず不信感を抱いている。しかし他に相談出来る相手もいないこともあり、頭の中でトーマスは彼女たちの姿を思い浮かべている。

『やっぱり香澄……かな? メグとジェニーは今、舞台の練習やお仕事で忙しいだろうし……』

 卒業公演やアルバイトなどが忙しいマーガレットとジェニファーには、明日以降も練習や仕事で多忙。それに比べて香澄は自宅にいることが多かったので、三人の候補の中からトーマスは香澄に相談することに決める。

 

 ラッコのキーホルダーを握りしめて自分の部屋を出たトーマスは、トントンと廊下を歩きながら香澄の部屋へ向かう。自分の部屋と反対の場所に香澄の部屋があり、これまでに何度も勉強のことで彼女は相談に乗ってくれた。また香澄が自宅にいない時には、マーガレットおよびジェニファーにも同様の理由で、相談に乗ってもらったこともある。

 そのためトーマスにとって、多少遅い時間であるものの、彼女たちの部屋を訪ねることに抵抗はなかった。自分が話すべき内容について頭の中で整理しながらも、トーマスは香澄の部屋の前に立つ。

「夜の十一時すぎだけど、まだ起きているかな? 香澄……僕だけど、ちょっといい?」

コンコンとドアをノックするものの、中からは彼女の声が聞こえてこない。もう寝てしまったのかと思いつつも再度ノックするものが、結果はやはり同じ。

「もう寝ちゃったのかな? もしかしたら寝ちゃったのかもしれないけど、一階にいるのかもしれない。……軽く部屋を覗いてみようかな?」


 夜の十一時過ぎということもあり悪いとは思いつつも、トーマスは香澄の部屋のドアノブに手をかける。すると鍵がかかっていなかったので、彼は“彼女が音楽でも聴いているだろう”と思った。

『そういえば香澄は時々ヘッドホンで音楽聴いている時があるから、今日も多分そうなのかな?』

悪いとは思いつつも、そっとドアを開けるトーマス。横からひょっと顔を出してから、恐る恐る声をかける。

「ごめんね、香澄。ちょっと相談に乗って欲しいことがあるんだけど……」

 だがトーマスが見た光景は、彼が想像しているような状態ではなかった。部屋の電気は消えており、音楽を一人静かに聴いている香澄の姿もない。なによりいつもならちょっと部屋を出る時でも鍵をかけるほど慎重な香澄が、今回に限って鍵をかけなかったことが不思議でならなかった。

「珍しいな、香澄お姉ちゃんが部屋の鍵をかけ忘れるなんて……」

 卒業式を間近に控えているので香澄も緊張気味になっているではと思いつつも、トーマスはテーブルの上に置かれていたある物が目に留まる。

「……ん? は……何だろう?」


 暗闇の中で自分の存在をアピールするかのように、テーブルの上には香澄が愛用しているノートパソコンが置かれていた。どうやら電源も点けっぱなしのようで、スリープ状態になっていないことから、“何らかの作業をしていた、もしくはその途中なのかな?”とトーマスは推測する。

 そう疑問に思いつつも、トーマスはスイッチを押して香澄の部屋の電気を点けた。するとやはり香澄の姿はなく、“一階のリビングにいる……もしくは入浴中かな?”と彼は思った。

「香澄は自分の部屋にはいない。となると一階のどこかにいると思うけど……」

 そう疑問に思いながらトーマスが一階へ向かうと、ハリソン夫妻が真剣な顔つきで何やら重要な話をしている。またその場に香澄たちの姿もあり、“彼女たちの卒業式のことではなくかな?”と、子供ながら直感する。

『香澄だけでなくメグやジェニーも一緒にいる。でも何だか、いつもとは様子がおかしい気がする……』

 そんな恐怖心にかられてしまったトーマスは、一目散に自分の部屋ではなく、香澄の部屋へと走る。そして同時に点けっぱなしになっているパソコンの中身が、気になって仕方がない。

「さっきからこのパソコンの中身が気になるよ。普段は“人のものは勝手に開けたり触ったりしないでね”って香澄たちに言われているけど……どうしよう?」


 香澄に怒られることを何よりも恐れていたトーマスだが、知的好奇心に勝てず彼女のノートパソコンのフォルダをクリックする。

『後で怒られるかもしれないけど、このフォルダのファイルがどうしても気になる。……ごめんなさい、香澄!』

 

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