久々の家族全員での食事
一四章
ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一四年六月二日 午前八時〇〇分
昨晩ハリソン夫妻から“しばらく学校を休むように”と突然言われたトーマスは、この日ばかりはいつもより遅い時間帯で朝食を取る。いつもなら午前七時前後に食事を取っているため、少しばかりの違和感があった。一方で今日はトーマスと一緒にいることを約束した香澄たちも、彼と一緒にリビングで食事を楽しんでいた。
だが“トーマスを数日後に入院させる”という事情を知ってしまったことにより、その表情はどこか落ち着きがなく暗い。特に嘘を隠し通すことに慣れていない性格のジェニファーは、香澄・マーガレットに比べて、挙動不審とも見受けられる動作が所々見られる。
「き、今日もいいお天気ですね。天気予報では気温が高くなるって言っていたので、が、外出する時は……日焼け止めを忘れずに塗らないと」
「……そうね、ジェニー。でも若いからって油断しているとお肌が荒れてしまうから、日々のスキンケアは怠らないようにね!」
ジェニファーにそう言い返したフローラは、年齢の割には肌がとても綺麗。
日頃のスキンケアのおかげだろうか? 今年で四〇代前半となる彼女だが、顔はもちろんのこと腕や足にはシミ一つない。また顔の輪郭も綺麗に整っているため、モデルとしても十分やっていけるほど見事なプロポーション。
四〇代前半でモデル並みの美貌を維持しているフローラは、ワシントン大学の学生だった当時も構内では美人だと評判。人当たりも良く男女関係なく優しく接するその性格は、多くの生徒の憧れの的となる。
顔にシワも出来ていないことから、ワシントン大学ではマドンナとして学生の間で話題だ。そんな彼女の美貌とスタイルを見て、幼児体型のジェニファーは一人嫉妬してしまう……
だが“動揺を隠せないジェニーがいつ口を滑らすが不安だわ……”と思った香澄は、皆の前でこんな提案を持ちかける。
「そうだわ。こうしてみんながお休みだから……今日は羽目を外してどこかへ出かけませんか?」
チラッとハリソン夫妻へ視線を送る香澄に対し、ハリソン教授はたまにはそれも良いと言う。なお香澄をはじめマーガレットとジェニファーは、この場でなぜトーマスが学校を休んでいるのか、あえて話題にしなかった。
「そうだね……最近みんなで出かけていないから、それもいいかもしれないね。君はどう思う、フローラ?」
「そうね……メグとジェニーにとっても、良い息抜きになるんじゃないかしら?」
「じ、実は私もどこか遊びに行きたいと思っていたんです。ジェンも大丈夫?」
「は、はい。今日はお仕事お休みなので、行き先はみんなにお任せします!」
香澄の一言をきっかけに話が進んでいったが、これもすべてトーマスのためを思っての発言だった。彼女たちはハリソン夫妻から、トーマスの入院予定日が決まったことを事前に知らされていた。
二〇一四年六月四日……つまり明後日だ。だが今日は二〇一四年六月二日なので、トーマスが病院へ入院するまで二日ある。その間に少しでもトーマスの気持ちをそらすため、そして入院前に“一つでも多く楽しい思い出を作って欲しい”という香澄たちの切なる願いでもある。
一方香澄たちへ不信感を募らせているトーマスにとって、そんな彼女の思いやりや優しさが裏目になってしまった。適当な口実を作って、一刻も早くお荷物となっている自分を厄介払いしたいのではないか。そこで彼は自分がすべて知っていることを隠し、マーガレットとジェニファーへこんな質問をする。
「メグ、ジェニー。さっきから僕気になっていることがあるんだけど……」
何も知らないふりをしつつも無邪気な顔をして、“今日はアルバイトや卒業公演の練習はお休みなの?”と質問するトーマス。
「え、えぇ。本番まであと数週間ちょっとだけど、あまり練習ばかりしていても仕方ないからね。だから今日と明日はお休みにして、明後日以降に再開し気を引き締めて練習に励むつもりよ!」
ジュースをストローで飲みながら、顔色を変えることなく答えるマーガレット。
だが嘘に慣れていないジェニファーは取り乱した様子を見せ、今にもぼろが出そうな状態だ。
「そ、それはその……わ、私もたまにはお仕事をサボりたい気分になったんです。“お仕事ばかりしていないで、たまには遊びなさい”って、香澄とマギーに
注意されたんです!」
とっさにマーガレットを巻きこんでその場しのぎをしたが、慌てて返答したことが逆にトーマスに不信感を
「トム……あまりジェニーを困らせないでちょうだい。彼女だって、たまには息抜きしたい時だってあるのよ。いい?」
とっさにフローラが彼女に助け舟を出す。フローラがとっさに機転を利かしたことにより、何とかその場をやり遂げたジェニファー。
表向きはその場で納得するトーマスだったが、心の中では“ケビンやフローラ、そして香澄たちへ怪しまれないように少しずつ距離を置こう”と、すでに警戒線を張られてしまっているのかもしれない……
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