嘘と真実は表裏一体

                


     オレゴン州 トーマスの部屋 二〇一四年六月四日 午前二時一五分

 ゆっくりと息を殺しながら扉を開けると、そこには真っ暗な世界が広がっている。部屋の電気は点いていないが部屋の構造を把握しているフローラは、

「確かこの辺りに、部屋の明かりのスイッチがあったはず」

手探りで電気のスイッチを探す。懐中電灯を使いながら部屋の様子をうかがうものの、トーマスの気配はない。だがこの部屋にいることは間違いなく、仕方なく部屋の電気が点くのを待つことにした香澄たち。

 それから間もなくして部屋のスイッチが押されると、闇が支配するトーマスの部屋に光が映し出される。突然部屋の電気が点いたことにびっくりしたのか、ベッドの影に隠れていたトーマスの姿が徐々に見え始める。

「……!!」


 突如やってきた香澄たちと再び視線が合ってしまい、逃げ場がないか必死に視線を動かすトーマス。だが唯一の逃げ場である扉側には香澄たちがおり、自分はその反対側にいる。月明かりが差し込むベランダが自分の背中側にあるが、この高さから落ちたら運が良くても骨折、当たり所が悪ければ命を落としかねない。

 仕方なくその場にとどまることにしたトーマスだが、なぜか強い憎悪や恨みといった視線を香澄たちへ送る。その視線が心に突き刺さる痛みを感じながらも、香澄たちはトーマスへの説得を試みた。

「……さぁ、トム。もう鬼ごっこは終わりよ。とりあえずお家に帰りましょう。お家にはあなたの大好きなハムサンドもあるのよ」

トーマスの目を見つめながら、そっと手を差し伸べるフローラ。その瞳の奥には涙を浮かべており、その気持ちを抑え込もうと必死。

 

 そんなフローラの言葉や気持ちをあざ笑うかのように、トーマスは意外な言葉を吐き捨てる。

「そうだよね、フローラたちにとってはその方がいいよね。そうすれば僕を……ことが出来るんだから!」

 まさかトーマスの口から“病院へ入院する”という言葉が発せられるとは思っておらず、フローラの後ろで様子をうかがっていた香澄たちでさえも動揺の色を隠しきれない。だが“今ここで、トムの心を刺激するのは良くないわ”と思ったのか、

「……な、何を言っているの? わ、私たちは別に、あなたのことを病院へ閉じ込めるつもりは……」

何とかしてトーマスをなだめようと必死。

 あくまでも真実を述べずに、丸く収めようとするフローラの手法が光る。現役の臨床心理士として、数多くの患者の心のケアを行った彼女自身の実績の表れでもある。

 確かにトーマスを病院へ入院させることにおいては事実だが、とでは、言葉の受け方のニュアンスが全く異なる。そんな気持ちのすれ違いが発生したことにより、彼らの意見や考え方は見事に対立してしまった。


 しかしフローラが冷静さを失っていることは、後ろで様子をうかがっている香澄たちの目から見ても明らか。むしろ一向に嘘を言い続けるフローラの対応に、どことなくトーマスが怒りを覚えているようにも見える。

 そんな動揺を見せるフローラをサポートするため、トーマスを傷つけないように意識しながらも次々と言葉を投げかける香澄たちだった。

「お、落ち着いて聞いてください……ね? た、確かに病院へ入院するということは事実です。で、ですがそれはあくまでも……トムを心配して……あなたに元気になってもらうための治療で……」

「そ、そうよ。トムは今、風邪をひいているみたいなものなのよ。トムが寂しくならないように、私たちたち毎日お見舞いに来るから!」

「と、トムのパパとママだってきっとトムが元気になることを一番望んでいると、僕は思うよ。……そ、そしてトムが無事退院したら、みんなでまたどこか旅行に行こう。い、行き先はみんなトムが決めていいから! ……どうだい、そう考えるだけでもワクワクしないかい?」


 はたして香澄たちの心からの願いと言葉は、心の居場所を見失ったトーマスに届くのだろうか?

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