愛情と孤独を求める心

                 終章


       オレゴン州トーマスの部屋 二〇一四年六月四日 午前二時三〇分

 何とかしてトーマスを落ち着かせようと、必死に説得する香澄たち。だがそんな香澄たちの優しさがあだとなったのか、今まで抑え込んでいたトーマスの感情を爆発させてしまう。

 数年間という長い年月を一緒に過ごしてきた香澄たちは、トーマスがすべての記憶を取り戻したこと・本当に彼が望んでいたものを、ここにきて初めて知る。

「今まで何度も会いたい……一緒にいて……って言ったのに……な、!? !? !? 僕のパパとママはいつも一緒にいてくれたのに、どうしてなの!」

「そ、それはその……つまり……」

 いつもの冷静なトーマスの状態なら、“お仕事やサークルの練習が忙しい”と伝えることが可能。だが冷静さを失い暴走している今の状況下において、そう言った言葉はむしろ逆効果になってしまう。真相を伝えるべきかいなかと思う一方で、トーマスを落ち着かせる方法を必死に考えなければならない。まさに緊迫した板挟み状態が続き、言葉を詰まらせる香澄たち。

「僕、よ。急にパパとママがいなくなったことも――病院でパパとママを看取ったことも!」

今までにないほどに力を振り絞り、子どもとは思えないほど言葉を荒げるトーマス。その言葉や雰囲気に圧倒されてしまい、今の香澄たちに出来ることは何もなかった。


 自分たちが良かれと思ってしたトーマスに対する愛情のすべてが、今では彼の心を傷つけしまう結果になってしまった。そんな気持ちを改めて知った今だからこそ、香澄たちは何としてもトーマスを連れて帰る必要がある。

 新たに決意を固めた香澄は、ゆっくりと前に歩く。少しずつ……一歩ずつ……

「ちょ、ちょっと香澄!?」

必死にマーガレットが呼び止めるが、香澄の足取りが止まることはない。その足取りは香澄の気持ちの表れでもあり、“絶対にトムを救う”という強い心が反映されているようだ。

 そんな香澄の真剣な眼差しに恐怖したのか、少しずつ自分の方へと歩く姿を恐れ、猫のぬいぐるみを胸に抱えたまま、思わず後ずさりしてしまうトーマス。

「……お、お願い……か、香澄。こ、……ぼ、!」

いつもの優しい微笑みを見せることなく、ただ真剣な眼差しでトーマスを見つめている香澄。トーマスの問いかけに言葉を返すこともなく、静かに間合いを詰める。


 香澄の強い意志のおかげか、彼女はあと少し手を差し伸べればトーマスを抱きしめる間合いにまで進む。そしてこれまで無表情だった表情にも変化が見られ、慈愛に満ちた顔へと変わる。この香澄の表情こそ、かつてトーマスが母ソフィーの面影と錯覚するほどの限りない愛情と哀しみに満ち溢れたもの。

 限りない愛情と限りない恐怖や相反あいはんする二つの感情が、一度にトーマスの心に襲いかかる。完全に錯乱してしまったトーマスは気が動転しており、現実と夢の区別が出来なくなっている。


 そしてついに香澄の白い手がトーマスの肩に触れ、自分の胸へ抱きしめようとした瞬間のことだった。

「い、嫌だ!」

と叫びながら、救いの手を差し伸べる手を自ら振り払ってしまう。我を忘れたトーマスは何を思ったのか、自分が愛用していたベッドの上に座り込む。

 今度こそ逃げ場を失ったトーマスの姿を見て、“今度こそトムを救うことが出来る!”と誰もが思っていた。

「お、お願いだから……こっちに来ないで!」

 トーマスの叫び声と同時に、部屋の中に“ドスン”という鈍い音のようなものが鳴り響く。突如発生した鈍い音は、まるで魔法のように香澄たちの言葉を封じてしまう……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る