冷めた心が見つめる世界
終章
オレゴン州トーマスの部屋 二〇一四年六月四日 午前二時四五分
香澄がようやくトーマスを説得出来ると思った矢先に、突如発生した謎の音。状況を把握するために辺りを見渡すと、その音の正体は銃声だった。そして銃口の引き金を引いたのは、何を隠そうトーマス本人。
以前ハリソン夫妻が護身用として購入しておいた銃を、トーマスが数ヶ月前に偶然見つけてしまう。ちょうど彼らへ不信感を抱いていた時期でもあったためか、トーマスは万が一のことを考えて銃を盗み出す。それを自分のバッグの中へ隠し、今日まで持ち歩いていたのだ。
予想外の銃声に誰もが悲鳴をあげ、部屋の中はさらなる緊張感がただよう。そして彼はその銃口を、自分の目の前にいる香澄へと向ける。
「と、トム!? ば、馬鹿な真似はやめて!」
「い、一度落ち着きましょう、トム。い、いい子だから……ね?」
だがトーマスの顔からは完全に笑みが消え、怒りや憎しみといった感情が支配している。うすら笑い一つ出すことなく、冷たい銃口を向け続ける。
トーマスが香澄へ銃口を向けてから、数分が経過する。時間にしてみれば数分だが、今までに感じたことがないほどに長く感じた。しばらく沈黙が続いた後、何か独り言のようにつぶやきながらも手を大きく震わせるトーマス。
「ぼ、僕があの日の記憶を取り戻してからね……夜が怖いんだよ。一人でいる時や寝る前になるとね、パパとママの姿や声がまるでナイフのように……僕の心に突き刺さるんだ……よ。その気持ちはね、段々と僕の中で強くなるんだ。ぼ、僕はこの先一体……どうすればいいの?」
香澄たちの前ではじめて――いや、二回目となるトーマスの心の声を聞く。しかし前回と今回との心の告白では、その重みがまるで違う。今の香澄たちに出来ることは、ただトーマスの心の声を呼び起こすだけ。
「か、香澄……み、みんな……た、助けて。……ぼ、僕……どんどん頭がおかしくなるよ。僕、まだ死にたくないよ……」
「……と、トム。わ、私は……」
涙が頬を伝わりながら、“誰か、僕を助けてよ!”と何度も訴え続ける。
だが銃口を向けられているためか、それ以上トーマスに近寄ることが出来なかった香澄。同時に強い恐怖心と錯乱状態により、香澄自身も言葉を発することが出来なくなっているようだ。
目の前で心から助けを求めている少年がいるのに、自分たちには何も出来ないことに心の底からおびえ恐怖する香澄たち。だが同時にトーマスを救いたいという気持ちも捨てきれず、何とか体の力を振り絞る香澄たち。
しかし手を差し伸べるタイミングが早すぎたのか、香澄が手を差し伸べた時に思わずその身を引いてしまうトーマス。そして香澄たちからその答えを聞かないまま、何かのおまじないを唱えるかのように言葉をささやいている。自分の罪を懺悔室で告白するような、純粋な少年の姿があった。
「い、今まで考えたこともなかったけど……地獄って本当にあるんだね。神様、僕はあなたに一つだけ謝らなければならないことがあります。あなたがいる安らぎの世界に……僕のような失敗作が生まれてきてごめんなさい!」
何かの罪を背負うことを決心したかのように、懺悔を終えたトーマス。懺悔を終えたトーマスの顔からは、不思議なことに動揺や戸惑いは一切見えなかった。そして感情を押し殺しながらも
あまりの突然の出来事に、かなしばりにでもあったのだろうか? 身動きすら出来ない状況下の中で、狂気に支配されたトーマスの凶行を止めることが出来なかった香澄たち。部屋中に火薬の匂いが充満し、数発の鈍い銃声が鳴り響き、そして銃で撃たれたことにより、大量の赤い涙が静かに音色を奏でている……
トーマスが銃の引き金を引いた刹那、目を背けながら叫び続けるマーガレット・ジェニファー・ハリソン夫妻のシルエットが、ただ
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