【トーマス編】

懐かしい想い出と温もりたち

               終章


             【トーマス編】

    オレゴン州ポートランド 空き家 二〇一四年六月四日 午前〇時〇〇分

 この先どうすれば良いか、自分でも分からない……そんな切ない気持ちを抑えつつも、トーマスはある場所へと向かっている。かつて自分が住んでいたサンフィールド家へ、一歩ずつ歩み始めている。

 ハリソン夫妻の自宅から多少離れているが、さすがに自分が長年住んでいた家ということもありすぐに道順を思い出すトーマス。今現在は誰も住んでいないとはいえ、サンフィールド家の名前と歴史はオレゴン州やポートランド周辺では有名。

「ふぅ、やっと着いたよ――僕が生まれ育ったお家!」

シアトルからバスを使い、数時間かけてサンフィールド家へ辿りついたトーマス。途中スーパーやコンビニに立ち寄り、大好きなハムサンドや飲み物などを購入した。


 本来なら空き家もしくは取り壊されてもおかしくない旧サンフィールド家だが、ハリソン夫妻がトーマスの気持ちを汲み、しばらくの間現状維持という形でそのまま残してある。

 子供のトーマスには法的責任能力が弱いことも関係しており、ハリソン夫妻が不動産に声かけをすることで、会社の方で特別に手配をしてくれたのだ。そしてトーマスがある程度大きくなった頃を見計らって、ハリソン夫妻は事の真相を改めて語る予定だった。

 そのため彼らが生前住んでいた時にあった、シャンデリアや貴金属類などは無くなっている。だがサンフィールド家にとって特別な想いや思い入れがある品については、基本的にそのままの状態になっている。


 シアトルからポートランドまでバスを利用したものの、まだアルバイトが出来る年齢ではないトーマスにとって、自由に使用出来る金額には限りがあるのが現状。今まで無駄遣いをしなかったとはいえ、ここにきてトーマスの貯金はすべて使い果たしてしまう。しかしそれは同時に、“僕はもうどこにも帰らない”というトーマスなりの意思表示でもあった。

 数日分の食料と飲み物および着替えを用意しているだけで、トーマスは自分が生まれ育った家で最期を迎えることを覚悟していた。今の彼には大切なものなどなく、自分の命すら短く咲き散る花々のように軽んじてしまうほど、精神が不安定な状態となっている。

 

 どこか自暴自棄になりつつあるトーマスが数年ぶりに我が家へ帰ってくると、依然と変わらぬ門構え。だが数年間誰も住んでいなかったこともあり、ところどころに埃や汚れなどが付着している。しかしトーマス自身も予測していたことで、多少の汚れなどは気にしていない。

 早速家の玄関口にやってきたトーマスは、持っていた鍵を使って扉を開けようとする。鍵を開ける音こそ聞こえるが、トーマスが必死に扉を押しても一向に動かない。

「あれ? 確かに鍵は開けたのに、何で開かないんだろう!?」

だが何回力を入れても、扉が動く気配がなかった。


 どうやら数年ほど扉を使用していなかったためか、扉の内部が若干錆びているのかもしれない。大人の力であれば問題ないが、子供の力ではどうすることも出来なかった。

「……まぁいいや。こんな時のために、僕にはとっておきの抜け道があるんだよ!」


 念のため鍵を閉めたあと、何事もなかったかのように玄関口を離れたトーマスは、そのまま屋敷の裏手に向かって走る。一目散に彼が走って行った先には、キッチンへ直結する小さな通風孔があった。

 本来は換気扇の役割もある通風孔だが、体の小さい子供なら中に入ることが出来るほどの大きさ。小学生にしては体格が小柄なトーマスは、通風孔の柵を外し難なく入る……

「よいしょっと……よいしょっと……」

手慣れた様子で通風孔を渡り終えると、彼の視線の先にはキッチンが見えてきた。手に持っていた懐中電灯を頼りにしながら、トーマスは通風孔から”ピョン”っと飛び降り、そのままキッチンへとたどり着く。

「ふふ~ん。僕の手にかかれば、ドアに鍵がかかっていても大丈夫だよ!」

少し体が汚れてしまうが、事前に用意していたタオルで体の汚れを綺麗に拭きとる。


 やっとの思いで我が家に戻ってきたトーマスは、広いエントランスから二階へと上がり自分の部屋へと走っていく。案の定二階の部屋にはすべて鍵がかかっていたが、この屋敷の住人であるトーマスには何の問題もなく、家の鍵を使って自分の部屋の扉に手をかける。

 現在空き家となっているためか、以前のような宝石やシャンデリアなどの宝飾品は、すべて取り外されている。しかし個人の所有物については残されており、自分のベッドの上に置いてあったを手にする。

「よかった、まだあったよ。……ただいま、僕の大切なぬいぐるみさん」


 トーマスが“ただいま”と言うほどの猫のぬいぐるみは、亡き両親 リースとソフィーがウォルト・ディズニーランドで買ってくれたもの。今のトーマスにとってラッコのキーホルダーと同様に、かけがえのない宝物の一つ。

 埃こそかぶっているが、そのぬいぐるみは持ち主であるトーマスの帰りをただひっそりと待っていた。仮にぬいぐるみが言葉をしゃべることが出来れば、

【おかえり、トム。今日は何をして遊ぶ?】

と今にもトーマスへ語りかけてきそうだ。


 ぬいぐるみや人形のような物の特徴として、宿といった都市伝説がある。仮にその都市伝説が真実だった場合、トーマスと猫のぬいぐるみは無二の親友になれたであろう……

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