両親の温もりに浸るトーマス

 オレゴン州 サンフィールド家の自宅 二〇一四年六月四日 午前〇時一五分

 しっかりと猫のぬいぐるみを抱きしめたまま、トーマスはリースとソフィーがいた部屋へと走る。自分の部屋と同様に鍵がかかっているが、家の鍵を使い両親の部屋へと入る。もしかしたらドアの向こうには両親がいるかもしれない……

 そんな期待を胸に秘め、トーマスは元気よく

「ただいま、パパ、ママ! ちょっといいかな!?」

とリースとソフィーがいるかのように声を出した。だがそんな元気な彼の声も、部屋の中で言霊としてむなしく響き渡るだけ。

 哀しみと涙をこらえつつも、トーマスは部屋に飾られている一枚の写真を手にする。客間に飾られている写真とは別に、親子三人笑顔で仲良く写っている。今にも声をかけてくれそうなほど、被写体として写る三人は幸せそうな顔をしている……

 やり切れない気持ちを抑えつつも両親と自分が写る写真を抜き取り、ズボンの内ポケットにしまうトーマス。時折涙を流しつつも、居場所を無くした屋敷の中を無我夢中に一人歩き回っている。


 無意識のうちに、トーマスは両親が好きだったある場所を訪れる。天気の良い日にリースとソフィーは、休日になるといつも中庭のテーブルカフェで紅茶を楽しんでいた。日が沈むカフェテーブルはどこか悲しげで、月が落とす光のベールが重なりどこか神秘的。その姿はまるで、ゴッホ作『夜のカフェテラス』の一コマのよう。

 事前に紙コップを三つ用意していたトーマスは順番に並べた後、コンビニで購入したペットボトル入りの紅茶を注ぐ。

「いつもみたいにお湯を沸かして作る紅茶じゃないけど、今日は我慢してね――さぁ、どうぞ!」

 リースとソフィーが他界してから数年が経過しており、当然のことながら彼の前には両親はいない。だが香澄たちに裏切られたという想いが強くなったことにより、トーマスの中では両親の姿がより鮮明に残ってしまった。本来なら軽い記憶障害程度で済んでいた心の病気が、ふとしたことが原因で悪化してしまう。

 心の病が悪化したことにより理想と現実が区別出来なくなりはじめ、少しずつトーマスの心が崩壊していく。運命のいたずらとは、こんなにも残酷なものなのか。


 両親の温もりを求める世界だけを、ただひたすら彷徨い続けるトーマス。すると突然彼の視線に、ある人影が目に留まった。に、。その背格好せかっこうに亡き両親の面影を重ねたトーマスの足跡は、客間へと走り出す。

「い、今のはもしかして……!?」


 これまでに出したことがない力を振り絞りながら、何故か開いていた客間の窓から急いで部屋の中で走っていく。息を切らしながら客間へたどり着いた先には、誰もいない。

「一体、どこにいるの!? もう降参するよ。……だから、お願い! 前みたいに、“トム、見――つけた!”って言って僕を捕まえてよ。パパ! ママ! どこにいるの!? ……ねぇってば!」

 これまでの緊張の糸が一気に切れてしまったのか、トーマスはその場にがっくりとひざを落とす。同時に疲労が貯まっていたこともあり、少年の瞼は次第に重くなり意識を失ってしまう。夢の世界に誘われるように……

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