ラッコの温もり

  ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一四年六月一日 午後六時〇〇分

 どこか腑に落ちない気持ちのまま、シアトル水族館を後にしたトーマス。特に寄り道をすることもなく、ハリソン夫妻たちが待つ自宅へと今日も向かう。

 そして日も沈みはじめる午後六時〇〇分ごろに、トーマスは自宅へ到着する。自宅に戻り家で待っていた香澄たちと挨拶を交わし、夕食が出来るまでの間自分の部屋で休息を取る。

 だがトーマスの心にはラッコのキーホルダーのことがどうしても離れず、シアトル水族館に常駐している医師の話を思い出していた。

「そういえばあの先生が言っていた、あの言葉が気になる。やっぱり僕は二年前の冬に、へ行ったことがあるの? もしそうなら……何か新しい発見があるかも?」

 医師に付けたもらったラッコのキーホルダーを見つめながら、トーマスはこの先どうすれば良いか必死に考える。

『だめだ、忘れようとすると逆に頭の中から離れないよ。……そうだ! 僕のパパとママと仲がよかったケビンとフローラなら、何か知っているかもしれない。よし、後でケビンたちに聞いてみよう』


 そして夕食がが出来るまで間、トーマスはバッグに取りつけてあるラッコのキーホルダーを一人眺めていた。“誰が買ってくれたのかな?”と疑問に思い手に取ると、何故か彼の瞳からゆっくりと涙が流れ始める……

「あ、あれっ? な、何でラッコさんのキーホルダーを持っただけで、こんなに涙が出るの? それに何だか……とても懐かしいな。そしてとても……悲しい」

 小さく無垢な瞳からは、静かな川の流れのように“ポロポロ”と哀しい音色を奏でる。それは夕食を食べ終えてからも消えることはなく、少しずつトーマスの心を包み込む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る