【香澄・マーガレット・ジェニファー編(一)】
内密の話
四章
【香澄・マーガレット・ジェニファー編(一)】
ワシントン州 シアトル郊外のレストラン 二〇一二年六月九日 午後一時〇〇分
ひょんなことから、ハリソン夫妻やトーマスと同居することになった香澄とマーガレット。二人は午前中の講義終了後、親友のジェニファーと一緒にランチを楽しんでいた。だが“周りに話を聞かれたくない”ということから、三人は校外のお店で食事をする。また個人的な話をするということから、個室タイプの部屋を選ぶ。
三人とも午後の講義があるが、次の授業まで余裕があるため、ゆっくりと話を始める。やがて注文した料理が到着したので、ジェニファーは二人に率直な疑問を問いかける。
「香澄、マギー。メールにも書いてありましたが――内密のお話って何ですか?」
てっきり二人が転校するのではないかと思っていたが、彼女たちの顔つきは真剣そのもので、すぐに“込み入った話になりそうね”と直感した。
「――実はね、ジェニー。私たちは今、とある事情でハリソン夫妻のお家に同居しているの」
香澄はジェニファーへ、今回ハリソン夫妻から依頼されたいきさつを話す。最初は驚きを隠せない素振りを見せるが、二人の顔はいつになく真剣。そして今回聞いた一件について“他言しないでね”と、改めて念を押す。
「そのトーマス――いえ、トムという男の子はとても可哀想ですね。九歳でご両親を亡くすなんて、私だったらとても耐えられません」
「そうね。両親や家族がいるって当たり前のことだけど、実はとても大切なことよね」
香澄とジェニファーはどこかしんみりとしている一方で、話の本題を語り始める。
「それでね、ジェン。お願いがあるんだけど」
「何ですか、改まって?」
「えぇ。もしよかったらでいいんだけど、あなたもトムに会って、彼のお友達になってくれないかしら? もちろんアルバイトが休みの時だけでいいから」
「お友達ということは……トムは学校に通っていないんですか?」
話を聞く限りでは、“学校にお友達がいないのでは?”と思うジェニファーとは対照的に、“そんなことはないわ”と反論するマーガレット。
今回のような一件はとてもデリケートな問題なので、ハリソン夫妻は学校側に任せるのではなく、最初に自分たちで出来ることをしておこうと思ったようだ。その流れの一環として、今回香澄たちへ彼の世話を見ることを依頼した。
「……私は別に構いませんが、ハリソン夫妻は何と言っているんですか?」
「その件だけどね、“絶対に外部には漏らさずに、この件は内密にして欲しい”と言っているの。だから大学の中では、この一件について他言しないでね」
突然の内容の重い告白に対して、ジェニファーは少し困惑しているようだった。当然の反応だと思いつつも、香澄とマーガレットはストローでジュースを飲みつつ、彼女にも協力して欲しいと再度お願いした。
「本来なら、お友達でもこんなお話はしないのだけど。でもあなたなら信頼出来ると思ったから、私はあなたに悩みを打ち明けたのよ。ジェニー」
あなたなら信頼出来る――香澄に深く信頼されていることを知って、ジェニファーの心は
「お二人にはご迷惑をかけるかもしれませんが、私もお手伝いします!」
「ありがとう、ジェニー。あなたなら引き受けてくれると信じていたわ」
どこか照れくさそうに、白い歯を見せつつも笑みを浮かべるジェニファー。そんな彼女に対し香澄は、握手することで歓迎の意志を見せた。マーガレットも彼女を心から歓迎すると共に、ジェニファーにこんなことを
「これで私たちは、晴れて親友になったのね。……ところで、ジェン。香澄の親友として、あなたの知らない彼女の秘密を教えてあげるわ」
「えっ……香澄の秘密、ですか?」
「ち、ちょっとメグ!? あなたまだそんなことを……」
そんなルームメイトの彼女の様子を見て香澄はため息をつきながらも、マーガレットのマイペース振りに流されるだけだった。
「……もう話は済んだかしら? そろそろ大学に戻りましょう。あまり話が続くと、夕方の講義に遅れるからね」
「あら? ジェンに話した内容が気にならないの?」
「あなたのことだから、どうせまた私の悪口でも話していたのでしょう?」
「な~んだ、知っていたんだ。もしかして香澄って地獄耳!? ……おや、首元にシワが!? ちゃんとスキンケアしないと駄目だよ、香澄」
などとマーガレットはからかっていたが、香澄は“別に気にしないわ”と返すようにいつもの優しい笑みを浮かべている。
だが心中はマーガレットへ怒りの念を送っており、何事もなかったかのように“さぁ、ジェニー。大学へ戻るわよ”とジェニファーへ告げる。
半ば強引にジェニファーの手を繋ぎ外へ出ようとする香澄をよそに、彼女は“お会計がまだですが”と伝える。
「あぁ、心配しないでジェニー。今日はメグがおごってくれるって約束だから。ほら、早く来なさい」
「ちょ、ちょっと香澄。何で私が三人のランチ代を負担するのよ!? ……ってこら、勝手に行かないでよ」
“あなたの反論を聞くつもりはないわ”と、香澄は一目散にお店を出る。
一方でジェニファーも“ごちそうさまです”と軽く手を振る。そして香澄とジェニファーは、マーガレットの視界から見えなくなってしまう。
「……ったくもう、何なのよ!? でも香澄ったらすぐ本気にするんだから。……お財布に一〇ドル紙幣あったかな?」
などと愚痴をこぼしつつも、結局マーガレットが三人のランチ代、二九ドル五〇セント負担することになる。
『覚えていなさい、香澄。この借りはきちんと払ってもらうわよ!』
そう心の中で叫びながらも支払いを終えたマーガレットは、午後の講義を受けるため一足遅くワシントン大学へと戻る。
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