香澄のカウンセリングレポート(六)

      『心に傷を残した少年の心理および行動記録(六)』


 [二〇一四年六月四日 午前〇時〇〇分……私は今日まで必死にトムのことを見守っていたつもりだったが、その考えは甘かったようだ。ふとしたことから失われていたトムの記憶が戻ってしまい、さらにそのきっかけを与えたのは私かもしれない。状況をまったく知らない人から見れば、私がトムを殺してしまったともいえる。

 だが私は生きる気力を失い未だに両親の幻影を求めるトムを必死に説得して、再び生きる希望を見出すことが出来た。“あぁ、これでこの子は救われる”そう安堵していた私をあざ笑うかのように、突然不幸な事故は起きてしまう。


 やっとの思いでトムを発見するものの、狂気に犯されたかのように、敵意や恨みに満ちた目で見つめてくる――まさかあの優しいトムがあのような目で私を睨むなんて、夢にも思っていなかった。

 心に残っているのはそれだけではない。“怖いよ。僕、まだ死にたくない……香澄、助けて!”と悲痛な本心を叫ぶ続けるトムの声と哀しげな顔と瞳が、今でも私の耳や脳裏に焼き付いて離れない。この時初めてトムは、自分の心の恐怖や孤独を私たちに話してくれた。


 だがその気持ちを私たちへ伝えるのが少し遅すぎたようで、トムは隠し持っていた銃を使い、それを自分の腹部に向け銃弾を数発打ちこんでしまう。とっさのことで身動き出来なかった私はすぐにトムの元へ駆け寄るが、少年の死は近づくばかりだった。それどころか私たちは小さな命が消えていく瞬間を、ただ見届けることした出来なかった――私はこの時ほど、自分の非力さをなげき悲しみに明け暮れたことはない。

 私の胸の中で小さな命が消えた途端、これまで当たり前だった日常が突然音もなく崩れ去ってしまう。私の親友は自分の無力さを嘆き、フローラは“なぜトムが自ら幕を下ろさなければならなかったのか”と、我を忘れるほど泣き叫んでいた。むろん私自身もトムの命を救えなかったことに、強い憤りを感じている。

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