舞台を終えた女優の休息

ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一二年一二月二九日 午後七時〇〇分

 クリスマス公演の主役を務めたマーガレットへのお祝いを開くことになり、ハリソン夫妻はパーティーに向けて料理の準備をしていた。マーガレットが好きな物を中心に、全員でつまむことが出来る食べ物を中心に取りそろえている。

 一方でマーガレットの親友の香澄とジェニファーは、パーティーに向けて料理ではなく演出の準備をしている。最初は“お手伝いします”と申し出たが、“それは私たちが準備するから、気にしないで”とハリソン夫妻に断られた。だが何かお手伝いをしたいということで、自ら率先してクラッカーやインテリアなどを集める。


 トーマスも香澄とジェニファーのお手伝いをして、お祝いパーティーに向けて準備に取り組んでいた。マーガレットも手伝うと申し出たが、“パーティーの主役なんだから、あなたは休んでいなさい”とハリソン夫妻に言われてしまう。

 

 パーティーの準備が午後七時〇〇分ごろに整うと、皆を代表して香澄がマーガレットを呼びに部屋へと向かう。自室にいるとフローラから話を聞いていたので、いつものようにマーガレットの部屋を優しくノックする。

「メグ。香澄だけど、ちょっといいかしら?」

準備に少し時間がかかってしまったので、“疲れて眠ってしまったのかしら?”と香澄は不安に思った。だがすぐに部屋の中から、

「香澄? 大丈夫、起きているわ。あっ、鍵は開いているから」

いつものように明るく元気なマーガレットの声が聞こえてくる。だが今回は要件だけ伝えることにした香澄は、

「ううん、起きているならいいの。……メグ、パーティーの準備が出来たから」

「うん、わかったわ。ありがとう、香澄」

マーガレットへ用件だけ伝えて、食卓へと一人戻る。


 香澄から“パーティーの準備が出来たわ”と聞き、マーガレットはパーティー用の衣装に着替える。

 身内だけのパーティーということもあり、肩の力を抜いて参加出来ることが特徴。また主催場所もレストランではなく、自分が日常的に使用しているハリソン夫妻の自宅ということもポイント。香澄やジェニファーのように緊張しやすい性格ではないため、気楽に楽しもうと決めているマーガレットだった。


 時刻は午後七時〇〇分となり、準備を終えたマーガレットは一階の食卓へと向かう。いつもは元気よく階段を駆け降りるのだが、即席のレッドカーペットの上を優雅に歩いた。そして彼女が食卓へ到着するのを確認した香澄たちは、各自用意していたクラッカーをパンと鳴らす。

「!?」

何も聞いていなかったためか、マーガレットは一瞬身を引いてびっくりしてしまう。しかしそんな彼女の様子を気にすることなく、

「メグ……初舞台主演、お疲れさまでした!」

ハリソン夫妻をはじめ、香澄たちも一斉に彼女を祝福した。


 突然のことに一瞬目が点になるマーガレット。だが陽気な彼女らしく、すぐにいつもの明るい性格に戻る。さりげなく香澄たちを見ると、彼女たちはいつも以上に満面の笑みを浮かべている。しかし彼女たちは自分とは異なり、ドレスではなく普段通りの格好だった。

『みんないつも通りの格好ね。私だけ意識したみたいだけど、そんなに気を使う必要はなかったかしら?』


 服装について不思議に思っていると、ハリソン夫妻はお祝いとして、プレゼントをマーガレットへ渡す。

「そうだ、メグ。これを君に渡そうと思ってね――少し遅くなったけど、初舞台&主演女優祝いだよ!」

と言われて、ハリソン夫妻の手元に置いてあるプレゼント用に包装された手の平サイズの箱をマーガレットへ手渡した。“何かしら?”と思いつつも、リボンを解こうとする。

 だがフローラは、“今は恥ずかしいから、パーティー終了後に空けてちょうだい”とマーガレットへ伝える。和やかな雰囲気を壊したくなかったので、“分かりました”と告げると同時に、自分の部屋にプレゼントを置く。数分後にマーガレットが戻ってきて、

「お待たせしました、もう大丈夫です。さぁ、みんな。今日は思いっきり楽しみましょう。乾杯!」


 マーガレットの一言をきっかけが合図となり、各自パーティーを楽しむ。今回特別にハリソン夫妻が用意したシャンパンを開けて、シャンパングラスへ順番にトクトクと注いでいく。“シュワシュワ”という炭酸の音が、一定のリズムを鳴らしている。


 何の疑いもなく、ケビンからシャンパングラスを受け取ったマーガレットたち。“このシャンパン、美味しい”と舌鼓したづつみを鳴らしている。

「ち、ちょっとあなた!? メグたちはまだお酒が飲める年齢じゃないのよ?」

突如何かを思い出したかのように、夫のケビンへ注意を呼び掛けるフローラ。

「あれ、そうだっけ? ……まぁ、今日は特別な日なんだから、細かいことはなしってことで」

「まったく、教職員の発言とは思えないわ。分かりました、今回だけは目をつぶります」

「さすがフローラ、それでこそ僕の最愛の妻だよ。さぁ、カスミとジェニーもどうぞ。ちなみにトムはまだ子どもだから、ジュースで我慢してね」

「う、うん……」


 日本では二〇歳以上であれば法律で飲酒は認められているが、アメリカでは二一歳以上と定められている。そのため厳密に言えば、シャンパンを始めとするお酒を飲むことも禁止されている。また午前二時以降の時間帯については、お酒の購入も禁止されているのだ。


 いつになく陽気な雰囲気で、パーティーを楽しんでいる一同。ハリソン夫妻や香澄たちをはじめ、この時ばかりはトーマスもはしゃいでいる。そんな雰囲気の中で、右手にシャンパングラスを持ったまま、マーガレットは香澄とジェニファーの元へ向かう。

「はい、お二人さんとも。パーティーは楽しんでいる!?」

「えぇ、私たちなりにね。ほら見て、トムもケビンたちと楽しんでいるわ」

白く整えられた左の指先が指す先には、ハリソン夫妻と楽しそうに会話するトーマスの姿があった。

「……楽しそうに話をしているわね。最初はどうなるかと思ったけど、あの様子だと大丈夫そうね」

何気ないマーガレットの一言によって、香澄とジェニファーの表情にも少しばかり陰が見える。


 彼女たちがハリソン夫妻の自宅にいる本当の理由は、を行うこと。幼くして両親を亡くしてしまった直後のトーマスの心は、今にも壊れてしまう寸前だった。

 だがサンフィールド家と交流があったハリソン夫妻は、養子としてトーマスを向かい入れる。だが自分たちの力だけでは限界があると感じ、急遽香澄たちにも協力してもらうように依頼した。

 香澄たちが同居した直後は、トーマスもすぐに心を開くことはなかった。だが同じ住居で同じ時間を過ごすうちに少しずつ心を開くようになり、そしてゆっくりと時間をかけてトーマスの心の傷を癒していく。


 そんな重苦しい雰囲気の中、香澄がマーガレットを見て口元を緩めていたので、“何故そんな顔をするの?”と返す。

「……ごめんなさい、メグ。一〇年近くルームメイトとして一緒に暮らして来たけど、あなたが丁寧な話し方をしたことにびっくりしたのよ。普段からあなたって、あまり丁寧な口調で話さないでしょう?」


 ハリソン夫妻へ丁寧な口調で話しをしていたことに正直驚いていると話す。一方で香澄に馬鹿にされた気分になったマーガレットは、ひどい言われように驚きつつも否定しない素振りを見せる。

「確かに私は、相手が誰でもフレンドリーに接することが多いからね――でもちょっと待って!? その言い方だとまるで私が礼儀知らずの傍若無人ぼうじゃくぶじんな女の子みたいじゃない!?」

「あら、あなたも“傍若無人”なんて難しい言葉知っていたのね?」

「……相変わらずの小言癖ね。いえ、さらにアクが強くなったかしら?」


 一見すると仲が悪いように見える二人だが、実はお互いを心から信頼し合っているのだ。なのでお互いに気を使うことなく、ありのままの自分でいられる大切な友達でもある。ジェニファーも二人ほどではないが、香澄とマーガレットの友達としてその場の空気に馴染んでいた。

「もう、二人とも。今日はせっかくのパーティーなのに、こんなときまで喧嘩しないでください」

「大丈夫だって、いつものことなんだから。人のことより、ジェン。あなたこそ楽しんでいる? 私と違って、あなたは大人しい性格だからなぁ……」


 少し内気で大人しい性格と知っていたマーガレットは、最初ジェニファーがパーティーのような雰囲気はどこか苦手ではと心配していた。だが“大丈夫よ”と教えてくれたので、その言葉を聞いたマーガレットは一人胸を下ろす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る