花咲く小さな蕾

  ワシントン州 ベナロヤホール 二〇一二年一二月二五日 午後八時四五分

 オリジナル挿入歌の『仮面ペルソナ』は、この舞台のために作られたようだ。クリスティーヌの繊細な心を表現しており、それに加えてマーガレットの美声が見事に調和している。堂々と舞台に立つマーガレットの姿は、まさにクリスティーヌの面影を思わせるような気迫が感じられる。

 普段見せるマーガレットとは別の姿を見た香澄たちは、あまりの迫力に胸が一杯になる。中にはフローラのように、感極まって涙を流す者もいる。

「この『仮面ペルソナ』という曲、とても良い歌ね。まるでクリスティーヌの心、そのものを表現しているわね」

涙ながらに感極まった自分の気持ちを、そのまま口にするフローラ。その意見に香澄たちも同じ気持ちになり、思わず胸が熱くなってしまう。


 香澄たちが感極まっている中、トーマスはなぜか一人笑みを浮かべている。だがその笑みは舞台の内容に感動しているというよりも、どこか恥ずかしそうにはにかんでいる。そんなトーマスの様子に気が付いたジェニファーは、

「どうしたの、トム? そんなに嬉しそうな顔をして……」

声をかけつつもポーチからハンカチを取り出し、自分の目元をそっとぬぐっている。

「うん。だってみんながって、褒めてくれるんだもん!」

「……えっ!? と、トム。い、今何て言ったの?」

 

 まさかのトーマスの発言に、ジェニファーをはじめ香澄たちは全員耳を疑った。最初は“冗談でしょう!?”と一同は思っていたが、トーマスは自分の携帯電話を取り出しその証拠をみんなに見せた。

「嘘なんかじゃないよ!? ……ほらっ、見て。これがその証拠だよ」

携帯電話のメモ帳画面を開き、それを一番近くにいたジェニファーへ渡す。

 さっそくジェニファーが携帯電話の画面をチェックすると、確かにトーマスの言う通り挿入歌『仮面ペルソナ』の歌詞がそのまま書かれている。だがそれでも信じられないという顔をしていたためか、“舞台が終わったら、メグにも聞いてみて。メグなら僕が嘘を言っていないって、証明してくれるから”と補足説明をした。


 まさかの結果に唖然とするジェニファーをよそに、香澄たちも急いでトーマスの携帯画面をチェックする。ジェニファーの感情に感化されたのか、香澄たちも驚くべき真実を知りつつも、トーマスの才能にただ感服してしまう。


 当初の予定通りトラブルなどが発生することもなく、マーガレットたちが演じる『オペラ座の怪人』は二時間ほどで無事終了した。プロの劇団員ではないため、素人独特のぎこちなさは確かにあった。

 だがその一方で一生懸命演じようとする熱意があり、観客の多くはそんな気持ちに心打たれてしまう。舞台終了後の反応も様々で、ある観客は閉演後も拍手を叩き続ける。また別の観客は、予想以上のお芝居に歓喜の声や感動の涙を流す人も多かった。


 今回ベナロヤホールで『オペラ座の怪人』でヒロインを演じたマーガレットにとっても、人生において忘れることが出来ない瞬間であることは間違いない。

 香澄たちの反応も様々で、フローラとジェニファーは素晴らしさのあまりうれし涙を流してしまう。彼らはこれまでになく夢中になってしまい、マーガレットたちへ心からの拍手を送る。

『……メグ。あなたにとって、これが夢への第一歩へとなるといいわね!』

ルームメイトや親友として、香澄はマーガレットとこれまで色んなことがあったと走馬灯そうまとうのように思い出す。途中問題やトラブルなども数多くあったが、最終的に無事上演が終了したことを誰よりも喜んでいる。


 感動の余韻に浸った後、香澄とジェニファーとトーマスはマーガレットの元へ向かおうとする。だがハリソン夫妻に呼び止められ、“今日はこのまま真っすぐ自宅へ戻ろう”と言われてしまう。

「そういえば、三人には言うのを忘れていたんだけど……舞台終了後は打ち上げをするみたいだから、“今晩の帰りは遅くなる”ってメグが言っていたよ。だから彼女を祝福するのは明日以降にして、今日はこのまま真っすぐ家に帰ろう」


 今すぐ祝福したいという気持ちはあったものの、出演者や関係者の打ち上げを邪魔するのは野暮やぼというもの。そのためマーガレットへ声をかけるのは諦め、明日以降お祝いの言葉を伝えることになる。

 閉演後待合室に寄ることなく車で帰宅した香澄たちは、マーガレットへのお祝いを後日行うため一足先に眠りについた。


 そして香澄たちが眠ったのと同時に、マーガレットが自宅へ帰ってくる。どこか疲れた様子を見せるマーガレットへ事情を説明すると、照れ隠しを浮かべながらも“ありがとう。でもその気持ちだけで十分よ”と返す。だがハリソン夫妻および香澄たちが、“どうしてもお祝いをしたい”ということで、マーガレットはその気持ちを受け取ることにした。


 だが年末にかけて皆忙しいだろうということもあり、お祝いパーティーは週末の一二月二九日の夜に正式な形で主催されることになった。詳細を確認したマーガレットは、舞台公演の疲れを取るためシャワーを浴びる。その後すぐに眠気に襲われたマーガレットは、自室のベッドに飛びこむ。


 翌日ハリソン夫妻は香澄たちへ、“週末にお祝いパーティーを主催する予定だよ”と伝える。そして各自協力し合いながら、パーティーに向けて準備などに励むのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る