第一〇章 波風揺れる青い空模様

【香澄・マーガレット・ジェニファー編】

ジェニファーの進む道

              一〇章


       【香澄・マーガレット・ジェニファー編】

  ワシントン州 ワシントン大学 二〇一四年三月二三日 午前一〇時〇〇分

 ベナロヤホールでの上演を終えてから、約二年が経過。ワシントン大学で勉学に励む高村たかむら 香澄かすみとマーガレット・ローズは、現在大学四年生。二人とも卒業に必要な単位をすべて取得しており、残す課題はゼミの担当講師に卒論を提出するだけ。

 香澄の一年後輩 ジェニファー・ブラウンは現在大学三年生で、本格的に自分の将来を考えなければいけない時期となり、彼女なりに頭を悩ませている。

 香澄たちと同じ大学へ通うケビン・T・ハリソン、フローラ・S・ハリソン夫妻も公私ともにサポートしつつ、一人の教師として仕事に励んでいる。

 そしてハリソン夫妻の自宅で居候しているトーマス・サンフィールドも今年で小学五年生となり、日常を満喫している。


 六月から大学四年生となるジェニファーの予定として、休日はアルバイトをメインに入れている。今のところ進路は未定であるが、四年生になったら本格的に就職活動をしなければならない。そのため三年生のうちに少しでもアルバイトを経験して、たくさんお金を稼ごうと考えている。

 そこで二〇一四年六月から就職活動に専念しようと思ったジェニファーは、今働いている書店、バーンズ&ノーブルを今月末で退社することを決心する。事情を説明したところ、店長は快く承諾してくれた。


 三月二三日も午後一時からアルバイトの予定が入っていたが、同日の午前一〇時〇〇分 ジェニファーはワシントン大学にいた。彼女は今、自宅でお世話になっているフローラの教員室にいる。フローラはジェニファーの将来について、“一度しっかりと話をしておかないと”と思い、彼女を自分の教員室へ招く。

「ごめんなさいね、ジェニー。今日はお休みなのに、私の教員室へ呼び出してしまって。……確か今日もお仕事あるのよね?」

「はい、でもシフトは午後からなので、お昼まででしたら大丈夫ですよ」

お昼までなら問題ないということで、フローラはジェニファーを呼び出した理由について話を始めようとする。

 だがそう思った矢先、突然ジェニファーのスマホが震え始める。一言断りを入れてから画面を確認すると、そこにはトーマスの名前が表示されていた。今まで彼の方から連絡してくることがなかったので、少し戸惑いつつもジェニファーは画面をタップする。

「もしもし、ジェニーです。どうしたの、トム?」

「うん、大した用事じゃないんだけど……ジェニー、今大丈夫?」

「えぇ、少しだけなら……」

トーマスの名前を出すと同時に、ジェニファーはフローラに“少し話をしてもいいですか?”と、目で語りかける。それに対し、フローラは“大丈夫よ”とウィンクで返す。

「もしよかったら、から僕と一緒に出かけない?」

「えっ……今日の午後から?」

 

 まさかトーマスから出かけようと誘いがあるとは思ってもおらず、ジェニファーは内心驚いていた。だがすでにアルバイトの予定が入っていたので、申し訳ないと思いつつも、正直に行けないことを伝える。

「……ごめんなさい。今日は午後からお仕事があるの。また今度、みんなで一緒に出かけましょう」

「そうなんだ……あっ、明日か明後日でもいいよ。そ、それならどう?」

珍しく積極的に出かけようとトーマスが誘ってきたが、あいにく三連休ともシフトで一杯のジェニファー。

「トム、本当にごめんなさい。今日から明後日までお仕事があるの。それと今月末はお仕事に専念したいから、前のように一緒に遊ぶ時間がないの」

「……それじゃ仕方ないね。お仕事頑張ってね、ジェニー」

とっさにジェニファーをフォローするトーマスだったが、その声からは自分の誘いが断れたことへの落胆が感じられる。

 一方で悪いことをしたと思ったジェニファーは、“香澄やマギーたちと出かけるのはどう?”と提案する。

「うん、実は二人にも聞いてみたんだけど……香澄たちも卒業を控えているから、“しばらく忙しい”って言っていたよ。学校の友達も家族と旅行に行くから、この連休はみんないないんだ。ケビンとフローラもお仕事で忙しいみたいだし」

 香澄やマーガレット・ハリソン夫妻をはじめ、トーマスの友達も忙しいことを知ったジェニファーはどことなく複雑な気持ちとなってしまう。だがジェニファーも忙しいだろうと知ったトーマスは、気を利かせて電話を切ろうとする。

「は、話はそれだけだから。……バイバイ、ジェニー。お仕事頑張ってね!」

「うん、ありがとう。またね、トム」


 トーマスが電話を切ったことを確認したジェニファーは、スマホの画面をタップして自分も電話を切る。そして二人の会話が終了したことを確認した後、“差し支えなければ電話の内容を教えて”と尋ねるフローラ。

「はい……さっきトムから、“今日の午後から一緒に遊びに行きたい”というお誘いがありました。でも私は午後から予定があるので、トムと一緒に遊べないと断りました」

「そう……実は私や主人の所にも、珍しくトムの方から“遊びに行きたい”という話があったわ。でも“二人とも仕事で忙しいから”と言って断ったのだけど……」

ハリソン夫妻にも同じ内容の話があったことを知って、ジェニファーは彼女なりにトーマスの心情を考え始める。

「フローラのところにも、同じ内容の話があったんですね。電話でトムは“お友達も旅行でいない”、と言っていました。フローラ、もしかしてトムは今……寂しいのでは?」

「……かもしれないわね。でも頭の良い子だから、きっと私たちのことも分かってくれるわ。でもすぐには無理だと思うから、近いうちに時間を作ってみんなで旅行にでも行きましょうか?」

「そうですね。でも、当分先になってしまうとは思いますが」

 みんなで旅行に行こうという話になったが、二人の声にはどことなく覇気がなかった


 話の内容が一時的にそれてしまったが、一息入れた後にフローラは話の本題に入る。話の本題とは、ジェニファーの将来について。だが結論を急ぐようなことはせず、フローラはジェニファーの気持ちの整理が出来るまで一息入れる。

 場所や時期などを考慮しても、“おそらく将来に関することね……”と直感はしていたが、やはり自分の思惑通りだった。だが具体的にどの道に進むべきか迷っており、ジェニファーはその気持ちを正直に伝えるべきか苦悩する。

 なおジェニファーの成績は、GPA換算すると三.五。香澄ほどではないが、ジェニファーの成績もまた優等生クラスだ。そのためフローラもジェニファーの成績について、何も心配することも追及することもなかった……


「……お恥ずかしい話なんですけど、実はまだ具体的に進路をどうするか決めていないんです」

 個人的な内容なので心配させたくないと思いつつも、正直な気持ちを話さないことにもジェニファーはどことなく抵抗を感じる。そこで彼女は、“自分自身の将来について、まだ決めかねています”と自分の気持ちを正直に伝える。

「そうなの、今が一番難しい時期よね」

 将来について悩んでいるジェニファーをフォローしつつ、フローラは彼女が心理学を専攻していることに着目する。心理学を学んでいるということは、自分と同じように人の力になりたという気持ちを持っているはず。また優しい性格でもあるジェニファーなら、自分の提案を受け入れてもらえるのではと思い話を持ちかけた。

「例えば……の話なんだけど。もしよかったらになってみない?」

「……えっ!? フローラの助手に……私が!?」


 ワシントン大学でも有名講師なフローラの助手をするという選択肢は、ジェニファーの頭の中にはまったくなかった。なのでフローラ本人の口から“助手になって欲しい”と言われて、ジェニファーは自分の耳を疑うと同時に困惑してしまう。

「そ、その気持ちは嬉しいのですけど……わ、私なんかがフローラの助手が務まるでしょうか? 現に私は、フローラの授業を受けているだけの生徒ですし」

謙遜けんそんしつつも戸惑っているジェニファーに対し、フローラは自分が思っている気持ちを率直に伝えた。

「大丈夫よ、ジェニー。助手といっても、いきなり難しい業務を押しつけるつもりはないから。最初は出来ることから一歩ずつ覚えてもらって、そこから少しずつステップアップしていけばいいのよ」

「は、はぁ……」


 だが混乱してしまっているジェニファーの姿を見て、フフと微笑みを浮かべながら、“すぐに答えを聞くつもりはないから安心して”と返す。

「ごめんなさい、いきなりこんなことを言って。……とにかく現段階では、選択肢の一つとして考えてくれればいいから。ジェニーは、今まで通り就職活動を続けて。それでも上手くいかなかったら、私の助手になることを候補に入れる……という形でも構わないわ」

「わ、分かりました。少し考えてみます」

 フローラの助手になるという選択肢が増えたことに安心しつつも、ジェニファーはどこか落ち着きがない。しかし同時に確実な就職先が見つかったことで、ジェニファーの心はどこか安堵あんどを見せる……


 ジェニファーの将来について話を進めていき、二人の話が終わったころには午前一一時四五分を指していた。教員室の時計を確認しつつも、ジェニファーをランチへ誘うフローラ。

「あら、もうこんな時間ね。今日は話が聞けて良かったわ。……もしよかったら、この後一緒にランチでもどう? 少しなら時間取れるかしら?」

「は、はい。ありがとうございます。お店の場所は、フローラにお任せします」

「決まりね。……なら早速行きましょうか。大学の近くに、美味しいレストランがあるのよ。ちなみにレストランで食事を済ませた後は車で職場まで送ってあげるから、安心してね」

 ジェニファーは午前一一時五〇分ぐらいにフローラが運転する車に乗って、大学校外にある彼女おすすめのレストランで、ランチタイムを満喫する。そこで世間話を楽しみつつも、二人は充実したランチタイムを過ごした。

 そして少し手短にランチを終える二人。その後フローラは自分が運転する車で、ジェニファーをバーンズ&ノーブルへと送迎する。

「この辺でいいかしら? ……えぇと、帰りは何時頃になる?」

「一応予定では八時までですが、残業がある場合は帰りは夜の九時から一〇時くらいになると思いますので、夜ご飯は先に食べてください」

「夜の九時から一〇時くらいね、分かったわ。その時間帯だと……多分メグと同じくらいね」


 ジェニファーの帰宅時間を確認したので、フローラは仕事の続きをするためワシントン大学へ戻ろうとした。すると彼女を引きとめるかのように、ジェニファーはフローラへランチをご馳走になったこと、および送ってもらったことのお礼を言う。

「あっ、フローラ。ランチご馳走様でした。……それとわざわざ送っていただいて、ありがとうございます」

「気にしないで、ジェニー。今日は私が無理言って、大学へ来てもらったのだから。……それじゃ、お仕事頑張ってね」

「はい。フローラこそ無理をせずに、お仕事頑張ってくださいね」

 白く整えられた綺麗な歯を見せて微笑みを浮かべつつ、ジェニファーはそのままバーンズ&ノーブル店へと入っていく。その後ろ姿を確認したフローラは、パーキングブレーキを下げて車のギアをPからDに切り替えてワシントン大学へ向けて発進させる。

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