犯人確保に向けた救出劇!?

ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅前 二〇一二年八月二〇日 午後七時一五分

 外では警察官と交渉人が準備を進める中、香澄とジェニファーはホワイト警部が用意した車の中で待機中。ジェニファーの顔色は次第に悪くなっていく一方で、一人平静を保とうと気を張る香澄。だが心の中では、誰よりも二人のことを心配しており、本当なら今にも飛び出したいという状況。

 

 そんな緊迫した状況下の中、ダッシュボードに置いてある通信機が鳴りだし、香澄は慌ててスイッチを入れる。

「もしもし、こちらホワイト警部です。お嬢さん方、聞こえますか?」

「はい、こちら高村です。どうしました、ホワイト警部?」

“これから本格的に犯人交渉が始めるのは?”と思っていた香澄たちとは裏腹に、ブルースからは意外な答えが返ってくる。

「実は先ほど“トムらしき少年が家から出てきた”と、部下から連絡がありまして」

「そ、それは本当ですか!?」


 トーマスが家から出てきたと聞いて、二人は耳を疑う。“今そちらへ向かうので、車の中で待っていてください”と言い残し、通信を終えた。

 それから間もなくして、ブルースが彼女たちの車へ到着する。

「お待たせしました、二人とも。念のため警察官や爆弾処理班を待機させつつ、トムを救出したいと思います。お二人はどうしますか?」

「……お邪魔でなければ、私たちも同行させてください」

「わかりました。ただ先に、我々警察官が現場に向かいます。……言いにくいことですが、体に爆弾や不審物などが取り付けられている可能性もあります」

「そうですね、お願いします」

二人の言葉を聞いたブルースは犯人に注意しながら、香澄とジェニファーは自宅近くへと誘導する。


 その後彼らが自宅近くへ到着すると、庭からトーマスらしき少年が姿を現した。彼が外に出ると本当にパトカーが停まっていたので、

「……わぁ、本当にパトカーが停まっている。やっぱりドラマや映画の撮影かな!?」

間近でパトカーを見たトーマスの興奮は、最高潮に達したようだ。

 その様子を遠くから暗視スコープで確認していたホワイト警部は、近くに犯人や不審人物がいないことを部下へ確認する。

「……こちらアルファ。大丈夫です、異常ありません」

「同じくこちらブラボー。不審人物は見当たりません」

「ホワイト警部、こちらチャーリー。問題ありません。今なら救出可能です」


 三部隊に確認を取ったところ、“いずれも問題ないという答えが返ってくる。“チャンスは今しかない”と思ったブルースは、

「よし、アルファは少年の保護、および身柄確保に向けて取り組んでくれ。ブラボーとチャーリーは、引き続け警戒を続けろ」

「了解」

三部隊ともに準備出来たことを確認したブルースは、“全員、行動開始”と合図を送った。

 

 外でそんなことが起きているとは夢にも思わず、トーマスは好奇心という糸につられて、どんどん歩み寄る。トーマスが自宅からどんどん離れていき、警察の保護エリアまで、何の疑いもなく足を踏み入れてきた。

 するとアルファ部隊の一人が姿を現し、“こちらにおいで”と子供目線になりハンドシグナルを送る。彼らが着ている制服にはワシントン州警察のロゴマークがあり、それを確認したトーマスは何の疑いもなく警察官のもとへ向かう。


 そして警察官が急いでトーマスを保護すると、小さな体に爆弾が仕掛けられていないか確認する。だが爆弾をはじめ不審物などは一切確認出来なかったので、警察官はすぐにホワイト警部、および全警察官に任務報告する。

「こちらアルファ。ただいま少年を保護しました。調べたところ、爆弾や不審物などは発見出来ませんでした。また外傷も見当たりません!」

“怪我をはじめ、爆弾なども巻きつけられていない”と知って、警察官たちは歓喜の声をあげる。周辺に不審者がいないことも、すでに他の部隊が確認済み。

「……こちらホワイト警部。保護した少年と話がしたいので、至急私のところへ連れて来てくれ」

「了解」


 ブルースは不安に押しつぶされそうな香澄とジェニファーにトーマスを会わせるため、彼をここへ連れてくるように指示する。

「横で聞いていたと思いますが、トムはおそらく無事だと思います。……詳しい話は、本人の口から聞きましょう」

「はい。……本当にありがとうございます、ホワイト警部」

涙ながらにお礼を言うジェニファーに対し、両手に力を強く込めながらも心の中でトーマスの無事を祈る香澄だった。

 

 警察官に保護されたトーマスは、彼らの会話の一部始終を小耳に挟む。 “ドラマや映画の撮影ではないの?”と思いつつも、両親の知り合いでもあるホワイト警部の名前が出たことに対し、どこか疑問に思っている。

『……さっきからおまわりさんたちが“爆弾とか外傷がない”って言っているけど、これって一体どういうことなの? それにみんな“ホワイト警部”って言っていたけど、もしかしてブルースのことかな? ……一体どういうことだろう?』


 そんなことを思いながらも、トーマスは警察官と一緒に香澄たちが待つ場所へと向かう。

「あれっ……香澄たちがどうしてブルースと一緒にいるの!?」

香澄とジェニファーの二人がどうしてホワイト警部と一緒にいるのか、トーマスには不思議でならない。驚嘆きょうたんした状況とは、まさにこのこと。


 どこかこの状況に疑問を感じているトーマスをよそに、トーマスの無事な姿を確認したジェニファーは嬉しさのあまり、涙ながらに少年を抱き寄せる。

「ほ、本当に無事でよかった。トム、私すごく心配したんですよ……」

だがまるで状況が見えないトーマスは、突然抱きしめてきたジェニファーへ困惑する。

「ちょ、ちょっとジェニー……やめてよ! みんな見ているんだから……僕、恥ずかしいよ」

口では“恥ずかしいよ”と言いながらも、ジェニファーの甘く優しい香りにどこか居心地の良さを覚えるトーマス。

 

 しばらくしてジェニファーがトーマスをそっと離すと、続いて香澄が彼の無事を喜ぶ。

「もう大丈夫よ、トム。あとはホワイト警部たちが無事解決してくれるわ」

「う、うん……」


 三人の感動の再会を確認したホワイト警部は、空気を読みつつもトーマスに挨拶する。

「やぁ、トム。久しぶりだね。君と会うのも約半年ぶりかな? ……と言ってもまさかこんな形で再会するとは、私自身も思っていなかったけどね」

「……あっ、やっぱりブルースだ! ねぇねぇ、一体何があったの? ブルースやおまわりさんたちがいるってことは、もしかして事件なの? 僕はてっきり、シアトルでドラマや映画の撮影があると思っていたのに……」

 だがトーマスの口から発せられた言葉は、香澄たちが思っていたものとはまったく異なるものだった。爆弾をはじめ、外傷もまったくないことに疑問に思った香澄は、トーマスにこんな質問をする。

「……トム、メグは無事なの? 犯人に心当たりはない? 大柄な男性とかどんな武器や銃を持っていたとか……何でもいいのよ。誘拐犯のことで覚えていることを、正直に教えて。事件解決のためにも!」

「か、香澄……一体さっきから何のこと話しているの?」

二人の意見はすっかり食い違ってしまい、一向に点と点が交わりそうもない……不思議に思ったトーマスは、さらに香澄たちに問いかける。

「それにさっきから、“爆弾とか外傷がない”とか“異常なし!”っておまわりさんたちが言っているけど……あれってどういう意味なの? これってじゃないの?」


 一向に話がまとまらず、お互いの意見が食い違うばかり。香澄とジェニファーは、“まさか私たちは、とんでもない勘違いをしているの?”と疑い始めた。そう疑問に思ったジェニファーが、トーマスへ真相を確認する。

「ねぇ、一つだけ確認させて。……今日の午後七時だったかしら? 家の玄関先で、

「午後七時くらいに、黒いフードコートの人と僕が一緒に? ……それってもしかして、だと思うよ」


 無邪気に話すトーマスの言葉を聞いて、三人はただ唖然とするばかりだった。

「……!? トム、それってどういうことなの!?」

冷静沈着な香澄でさえもトーマスの言葉に耳を疑い、目を大きく見開くのだった。

「う、うん。僕もさっき知ったばかりだけど……」

トーマスの口からことの真相を聞かされ、香澄たちはただ茫然ぼうぜんとしてしまう。その内容は次の通り。


一 香澄とジェニファーが午後七時前後に見た黒いフードコートの人物の正体は、以前購入したホラー衣装を着ていたマーガレット・ローズ。コスプレ衣装を着ていた理由として、買い物帰りの香澄たちを脅かすためのドッキリ。トーマスもほんの数十分前までその事実を知らされておらず、家の中で自分も怖い目にあったと話す。


二 何度電話しても不通だった理由については、トーマスとマーガレットの二人が、ちょうど部屋へスマホや携帯電話を置き忘れたことが原因。また家の固定電話については、ホラー演出をするために、マーガレットが音を鳴らないように設定したとのこと。


三 最終的に香澄・ジェニファー・トーマス・ブルースは勘違いをしてしまったが、全面的な責任はマーガレットにある。


「……あのバカ。私たちを脅かすために、こんな茶番を用意するなんて!」

“すべてマーガレットの仕組んだこと”とトーマスから聞いて、香澄の脳裏には彼女に対する怒りがプルプルと込み上げ、その手にもいつになく力が強く込められている。その剣幕はすさまじく、綺麗に整えられた顔の眉間にシワが浮かぶ。ジェニファーもあっけにとられてしまい、ブルースも苦笑いを浮かべている。

「と、ということは、お嬢さんたちの勘違い……になるのかな?」

顔を赤くしながらも、香澄とジェニファーはブルースへ謝罪する。

「ほ、本当にごめんなさい……私たちの思い違いで、ホワイト警部や警察の皆さんへご迷惑をかけてしまって」

「い、いや。お二人が無事なら、それに越したことはないですよ……」


 あくまでも穏やかに対応するブルースだが、香澄は“念のため、家に着くまで警護してください”とお願いする。するとブルースも快く承諾してくれ、アルファチームの中から精鋭を数名動員しつつ、マーガレットが待つ自宅へと向かう。

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