日本の流行に疎い香澄
ワシントン州 書店入口前 二〇一二年六月一二日 午後四時三〇分
待ち合わせ場所に一番先に着いたのは香澄で、その後すぐにジェニファーが到着した。そして最後にマーガレットが到着をして、三人は時間内に無事合流する。ここで香澄は、マーガレットが時間通りに集まったことを驚いている。
「珍しいわね、メグ。あなたが時間通りに集まるなんて……」
「ふふん、ちょっと本気になれば私だって出来るんだから」
「はいはい、それは失礼しました……」
そんないつものやりとりを終えた二人をよそに、“みんなは何を買ったんですか?”とジェニファーが尋ねる。最初に答えたのは香澄で、心理学に関する本を購入したと語る。
「……相変わらず堅苦しい本が好きなのね、あなたは。そんな本ばかり読んで、よく頭が痛くならないわね」
真面目な香澄の性格を褒めつつも、軽く眉間にしわを寄せて言葉を返すマーガレット。
「余計なお世話よ。そういうあなたこそ、何を買ったの?」
「それは野暮な質問ね? 第一月曜日といえば、あの本しかないでしょ!?」
「あぁ、そうだったわね……」
いつものことながら、“変わった雑誌が好きね”と、香澄は少し呆れてしまう。
「そうそう、雑誌のことで思い出したけど……香澄、この話について何か知らないかしら?」
「えっ、何のこと?」
マーガレットは今月の雑誌の特集として、“最近日本で、現代版エクソシストと噂されるある人物が注目されているのよ”と香澄へ説明する。途中雑誌の特集記事を見せながら説明をしていき、マーガレットは“この一件について、香澄は何か知らない?”と尋ねる。
「へぇ、それは興味深いわね――でもごめんなさい、メグ。あなたも知っていると思うけど、私は中学時代にアメリカへ留学してから、まだ一度も日本へ帰国していないの」
香澄は“もう一〇年近くアメリカに住み続けているから、メグが知りたい質問の答えは知らないわ“と謝る。“なら仕方ないわね”と、ため息交じりに肩を下ろすマーガレット。一方で横にいたジェニファーは、“日本でもそんな事件があるのね”と知る。
「そう、知らないなら仕方ないわ。……おっと、もうこんな時間だわ。そろそろお家に帰りましょう」
そう言ってマーガレットが何気なく時計を見ると、時計の針は午後一七時三〇分。二人は“そうね”と頷き、三人は自分たちの自宅へと世間話をしながら歩いて行く。
帰路へと向かうさなか、ジェニファーは二人に知らせたいことがあると言う。
「あの……香澄、マギー。二人に知らせたいことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「どうしたの、ジェニー。改まって」
香澄とマーガレットは“何かしら?”と思いつつも、その内容は何となく想像がつく。
「実はね……私も来月からあなたたちと一緒に暮らすことになったの!」
「…それって本当なの、ジェン!? やったね!」
「ありがとう、マギー。思っていたより早く日取りが決まって、私もホッとしているわ」
具体的な引っ越しの日程、および新しいルームメイトが加わることを、嬉しそうに話す。
「そうだわ、ジェニー。アパートの大家さんには、きちんと伝えているわよね?」
「大丈夫だよ、香澄。大家さんにも先週挨拶したから、あなたが考えているようなトラブルはないわ」
真面目な性格のジェニファーのことなので“その点は心配する必要はないわね”と、香澄は苦笑いを浮かべる。
「それでね、私の部屋はマギーの隣になると思うわ。ちょうどあなたの横の部屋って、今空き部屋みたいだから」
「へぇ、そうなんだ。……これからはもっとたくさんお話や夜更かしが出来るようになるね、ジェン」
「……お話はともかく、夜更かしは程ほどにしなさい、二人とも。ケビンやフローラ、そして子どものトムだって一緒に住んでいるんだから」
「はいはい、分かっていますよ。……もう、本当に心配性なんだから、香澄は」
その後も彼女たちはジェニファーを中心に、引っ越しの段取りや流れについて色々と話を聞いていた。
ワシントン州 香澄の部屋 二〇一二年六月一二日 午後九時〇〇分
夕方にマーガレットとジェニファーと一緒に談笑を終え、夜に一人の時間を満喫している香澄。夢心地な時間だったと思い出に浸りながらも、香澄は自分のノートパソコンを開きあるレポートを作成していた。そのレポートとは、今回ハリソン夫妻に依頼されたカウンセリングについて。
『……ふぅ、とりあえずこんな感じでいいかしら?』
テーブルに置いてあった紅茶を一口飲みつつ、香澄はトーマスのカウンセリングシートの内容を軽く見直す。ハリソン夫妻はレポートのサイズや書式などについては、基本的にすべて香澄に一任している。むしろそれは“真面目な香澄なら言わなくても分かるだろう”という、長年の付き合いがある彼女への信頼とも呼べる。
講義のまとめとは異なる作業が加わったことで、香澄の苦労はさらに増えてしまう。だが同時に“トムの心の悩みを解決出来るかもしれないわ”と、香澄は出来るだけポジティブに考えようとしているのかもしれない。
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