最高のベストパートナー

 ワシントン州 シアトル・タコマ空港 二〇一四年六月三〇日 午後一時〇〇分

 ジェニファー・ハリソン夫妻へ正式に承諾を得た香澄とマーガレットは、その後思い残すことがないようにと、数週間のアメリカの日々を満喫する。それは今まで以上に楽しい時間となり、暗い陰が残っていた二人にも少しずつ笑みが戻り始めている。

 

 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、香澄とマーガレットがアメリカを出国する日となる。日本へと向かうために身支度を済ませた二人は、トランクケースに衣類や化粧品などをセットする。そして飛行機の離陸時間まで残り数十分となり、最後の別れとして彼女たちへ挨拶する。

 最初に彼女たちが挨拶をしたのは、大学で知り合ってから親友となったジェニファー。大人しい性格であることを知っていた香澄は、彼女へその場の状況に飲まれないように注意する。

「ジェニー、寂しいけどこれでしばらくお別れね。そっちにはケビンやフローラがいるから大丈夫だと思うけど、もし寂しくなったらいつでも連絡して!」

「ありがとう、香澄。……そしてマギー、きっと近いうちに連絡しますね」

時折涙を流しそうになるジェニファーを、そっとハグするマーガレット。

 日本にはあまりない習慣だが、アメリカには親しい人との別れの挨拶としてハグをすることがある。お互いに笑顔で返し、小声で“元気でね”とジェニファーが寂しそうに言う。

 

 これもすべて香澄のためと本心では分かっているものの、ジェニファーの心は彼女との別れを名残惜しく感じているのかもしれない。その証拠に、ジェニファーの瞳にはうっすらと滴が浮かんでいる。


 続いて二人が挨拶をかけたのは、大学や自宅、そして公私こうしともにお世話になったハリソン夫妻。時には自分に厳しく、そして時には優しく接してくれたことへの、感謝の気持ちを伝える。

「ケビン、フローラ。今まで本当にお世話になりました。お二人のさらなる活躍、日本でも祈っています!」

別れの挨拶にしては少し堅苦しい内容ではあるが、そんな挨拶をするのもまた香澄らしいと笑みを浮かべる。

「……元気でね、カスミ。日本へ着いたら、ご両親にもよろしくと伝えてね」

「香澄たちまでいなくなると思うと、今日からまた寂しくなるわ――」

「――フローラ、気軽にいつでもお家に電話してください。でも日本とアメリカだと時差が異なるので、すぐに電話を取れるとは限りませんが……」

真面目な性格の香澄らしくない冗談を言い、その場を和ませていく。


 続いて香澄以上に長い付き合いになる、マーガレットとハリソン夫妻たちの別れの挨拶。

「ケビン、フローラ……行ってくるわね。日本に着いたら、必ず連絡するから!」

香澄のように堅苦しい内容ではなく、まるで明日にでも帰ってくるような言いぶりだ。

「メグ。初めての日本だからって、あまりはしゃぎすぎては駄目よ」

「……もぅ、最後の最後でそんなこと言わないでよ、フローラ」

飛行機の離陸時間が迫るまで、可能な限り別れの挨拶を交わす一同だった。


 一通り別れの挨拶を伝え終えたところで、“まもなく日本行きのフライトが出発します”というアナウンスが流れる。そのアナウンスを聞き、さりげなく腕時計の時間を確認する香澄。

「あら、もうこんな時間ね――ジェニー。ケビン。フローラ。それでは行ってきますね。しばらく会えないけど……お体に気をつけてください!」

「香澄こそ、体に気をつけてね。寂しくなったら、いつでも電話して!」

香澄の後ろを歩くマーガレットは、両手でメガホンの形を作りながら、最後の別れの挨拶を投げる。

「それじゃ行ってきます。……それからジェン。しばらく私と香澄がいないんだから、その間はしっかりとケビンとフローラのこと……お願いね、約束よ!」

「はい、お家のことは任せてください。二人とも、体に気をつけてね!」

マーガレットと同じように、両手でメガホンを作り言葉を返すジェニファー。


 いつものように明るく元気なハリソン夫妻とジェニファー、そしていつものように優しい笑顔で見送られた香澄とマーガレット。この瞬間ほど、大切な人の存在を嬉しく感じた事はないだろう……


 ジェニファー・ケビン・フローラたちに見送られた香澄とマーガレットは、日本へ向かっている飛行機の中でいつものように楽しそうに話をしている。だがその楽しそうな会話とは裏腹に、心の中はどこかつらそうだ。

「ねぇ、メグ。あなたも本当にこれで良かったの? 本当はだったのに……」

「香澄、あなたまだそんなこと言っているの!? 前にも言ったけど、私一度日本に行ってみたいと思っていたから、むしろ好都合なのよ」

 そう告げるマーガレットだが、彼女なりに香澄の心身を心配している。

「それにね……今ここで香澄を一人で日本へ帰らせたら、あなたのことだもの。きっと、そしてになるって思ったの。……だから約束して、香澄。どんな小さなことでもいいから、少しでも不安や寂しくなったら、絶対に私に相談してよ!?」

 ほんの少し前のマーガレットなら、香澄のようなことを言うことなど想像出来なかった。だがトーマスの死によって、マーガレットの心の中で何かが生まれたようだ。


 いや、マーガレットだけではない。香澄・ジェニファー・ケビン・フローラたちも小さな命が消えていく姿を目の当たりにして、最初は自分の無力さや非力さを痛感したはず。

 だが同時に彼女たちは知ったはずだ。“人の心を救うことが出来るのが人の心だけで、最高の愛に答えることが出来るのは最高の愛だけ”ということを。


 自分の目の前にはマーガレットという最高の親友がいる……そんな当たり前の光景に感謝しつつも、

「もちろんよ、メグ。私たちは無二の親友……いいえ、なんだから」

明るく元気に返すのだった。


 同時に香澄たちは“好きだよ”と言ってくれたトーマスに対し、自分たちは強く生きることを心から誓った。

『トム、私たちはわ。だからトムも……大好きなご両親のリースとソフィーと、天国で幸せに暮らしてね。そして三人で……私たちのことを見守ってね』


 そう心に誓った香澄とマーガレットがふと窓の景色に目を向ける。するとそこには、家族三人仲良く楽しそうに過ごすリース・ソフィー・トーマスたちが、香澄とマーガレットたちへ手を振っているように見えた……

【行ってらっしゃい、香澄、メグ。また一緒に遊ぼうね!】


「と、トム!? ……良かった。トムは無事へ行けたんだね、香澄」

「ふふ、何を言っているのメグ? トムはこの世で一番純粋な子供……いえ、使なのよ。そしてトムのご両親のリースとソフィーは……世界で一番優しいお父さんとお母さんなのよ!」


 そんなトーマスの元気で明るい声を聞いたような気がした香澄とマーガレットの瞳からは、一筋の涙が頬を伝いながら静かにこぼれ落ちる……

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