香澄とマーガレットの道

ワシントン州 ハスキー・スタジアム 二〇一四年六月一四日 午後一時三〇分

 二〇一四年六月一四日 午後一時三〇分……この日はワシントン大学の卒業式が行われた特別な日で、ハスキー・スタジアムで多くの卒業生が歓喜の声をあげた。マーガレットが主演する卒業公演をはじめ、色んなイベントが主催されていることが特徴。

 だが少し前にトーマスを弔ったばかりこともあり、とてもお祝い事を受けるような気持ちではなかった。しかしジェニファーやハリソン夫妻らの説得により、何とか気持ちを抑えて卒業式に出席する香澄とマーガレット。


 当初の予定通り、マーガレットは卒業公演で学生として最後のお芝居を演じることになった。この時の彼女の表情はまさに主演女優そのもので、自分に起きた不幸をまったく感じさせない笑顔を見せてくれた。そんなマーガレットのお芝居に心からの拍手と声援を送る、満面の笑みを浮かべる香澄たちの姿があった。


 ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一四年六月一五日 午前九時〇〇分

 盛大な形で行われた、先日のワシントン大学主催のハスキー・スタジアムでの卒業式。無事卒業証書を受け取った香澄とマーガレット。これから彼女たちには、彼女たちが目指した明るい未来に向かう……はずだった。


 皆の心が晴れないまま卒業式を終えた翌日、香澄とマーガレットはハリソン夫妻・ジェンファーをリビングへ呼び出した。時期が時期なだけに、誰もが彼女たちの今後についてだと直感していた。

「ごめんなさい、みんな。突然リビングに集まってもらって。実は今日……あなたたちにどうしても伝えたいことがあるの」

「どうしたの、香澄? 急にあらたまって……」

いつになく他人行儀な香澄の対応に、首をかしげながらも様子をうかがうジェニファー。

 そんな彼女の疑問に答えようと、マーガレットの口から驚くべき発言を聞く……

「実は私……少しの間アメリカを出て、で暮らそうと思うの……香澄と一緒にね!」


 てっきり所属する劇団やお芝居のことだと思っていたジェニファーは、“な、何を言っているんですか!?”とあっけにとられる一方で、まるで状況が読めない。

「ちょ……ちょっと待ってください。何でマギーがいきなり、香澄と一緒に日本へ行くんですか? 大体マギーは卒業後、“舞台女優になる”って言っていたじゃないですか!?」

てっきりジェニファーは、マーガレットが劇団員になる夢を諦めたのかと思い、必死に彼女を説得し続ける。


 いつになく熱の入ったジェニファーの態度を見て、思わず大声を出して笑いだすマーガレット。続けての予想外の言動や行動に、完全に頭が混乱してしまうジェニファー。

「……大丈夫よ、ジェン。私の将来も香澄の将来も、しっかり考えているんだから。そうだよね、香澄?」

とっさに香澄に説明役をパスしたマーガレット。”相変わらずの性格ね”と呆れつつも、香澄はジェニファーに、詳しく事情を説明した。


一 マーガレットはベナロヤホールで働く支配人、アレクサンダー・バーナードが主催している劇団員になることが決定。ちょうど数ヶ月後に、劇団員全員で日本公演に向けて来日する予定だった。

 そのため日本でお芝居の練習中は、香澄の家に住むことが許された。


二 香澄は現役臨床心理士フローラの元で、ワシントン大学で大学院生として通学することが決定。だが香澄の心の傷が完治していないことから、ハリソン夫妻の特別の計らいとして、一年間の休学という形で大学側へ処理してくれた。

 また当初から日本に戻るつもりだったことから、いずれにしても一度はアメリカを離れる予定だったようだ。


 香澄の説明をただ聞いているジェニファー。実はジェニファーにこのことを伝える前に、香澄とマーガレットはハリソン夫妻に一度相談をしていた。この話を聞いた当初はジェニファーと同じような素振りを見せた。だが同時に彼女たちも気持ちを察したのか、こころよく二人の提案を受け入れることにしたのだ。

 香澄とマーガレットの二人から、“ケビンとフローラには正式に承諾を得ているわ”と聞かされた瞬間、緊張していたジェニファーの顔に初めて笑みがこぼれる。

「……よかった。いきなりそんな話をするから、香澄までトムみたいになったのかと思って……心配したんですよ!?」

「ごめんなさい、ジェニー。でも、安心して。本当にだけよ」

 香澄の言葉を聞いてジェニファーはやっと納得したのか、大きく息を吐きながら肩に入っていた力を抜く。

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