心の鏡に写されるお互いの姿

 ワシントン州 ワシントン大学正門前 二〇一二年八月九日 午後五時三〇分

 マーガレットが来るまでの間、香澄は隣にいるジェニファーのことを考えていた。遠くの空を見上げつつも、彼女はジェニファーの性格、そして初めて出会った時のことなどが、走馬灯のように思い浮かべている。

『ジェニファー・ブラウン。私の親友で、同じ心理学を学ぶ大学二年生の後輩。歳は私より一つ下だけど――ジェニーって童顔だから、大学生には見えないわね。普通に町を歩いていたら、高校生って言っても誰も疑わないと思うわ。……実際に私が彼女と初めて会った時にも、“何で高校生がいるの?”って思ったのよね』

 心の中で一人笑みを浮かべつつ、彼女はそれを表情に出すことなく、ジェニファーの顔をそっと見つめる。体つきや顔立ちもどこか少女らしさが残っており、綺麗というよりも可愛いという表現が似合う女性だ。そんなジェニファーを見つめる香澄の表情は、まさに穏やかな笑みという表現がぴったり。

『ジェニーの性格だけど――私たち三人の中で、一番大人しいわね。さっきも思ったけど、何かを決める時には、自分より他人の意志を尊重するってタイプね。でもまったく自己主張をしないわけでもないから、完全に周りに流されるって感じではないわね。けれどもう少し……自己主張して欲しいわね』

 そんなことを思いつつも、最後に香澄はジェニファーについて、こう考察する。

『ジェニーは私にとってだけど、でもあるわね。実際に大学でも上級生や先生たちに人気があるみたいだから、多くの人に可愛がってもらえることが彼女の長所ね』

時折笑みを浮かべながら、香澄はジェニファーの性格について考えていた。


 まるで香澄の気持ちが以心伝心したかのように、ジェニファーも隣にいる彼女のことを考えている。彼女なりに、香澄の性格や長所などを分析する。

『高村 香澄。私より一つ年上の上級生で、同じ心理学を専攻している先輩。とてもフレンドリーに接してくれるから、私みたいな引っ込み思案な性格でもすぐに仲良くなれた。それで頭も良く品があって……香澄みたいな女性を日本では大和撫子やまとなでしこって言うのかしら?』

 香澄の女性らしい性格や気品に憧れながらも、考察を続けるジェニファー。

『元々香澄は日本人でだけど、そんなことを感じさせないほど英語が上手。学校内では才女で評判の香澄だけど、私もそう思うな。さらに努力を怠ることを嫌う性格みたいで、非常に真面目で努力家。あとさっき上手にピアノを演奏する姿も見たから、まさに非の打ちどころがないわね』

自分にはない長所を香澄は持っていると思いながらも、ジェニファーは夕暮れ時の空へまなざしを送る。

『それに加えて、香澄には決断力や行動力もあるわ。まさにって感じよね。私も香澄の妹だったら、毎日楽しいだろうなぁ……』

 

 そんなことを考えてしまうジェニファー。マーガレットが来るまで後一〇分くらいかかりそう。そこでジェニファーは、マーガレットについても考え始める。

『マーガレット・ローズ。香澄の中学時代からのルームメイトで、二人は“一〇年以上の付き合いになる”って言っていたわ。歳は確か香澄と同じで、私は半年ほど前にマギーと出会った。性格も香澄とは正反対で、常に明るくムードメーカーという言葉がピッタリね』

香澄とは別の魅力を持つマーガレットの考察について、さらに続けるジェニファー。

『マギーはワシントン大学の演劇サークルに所属していて、今度の学園祭で演じる『オペラ座の怪人』という作品の主役に抜擢されている。香澄から聞いた話だと、マギーは“子供の時からお芝居や演劇が大好き”とのこと。高校時代も演劇部に所属するほどのお芝居好きな彼女。に関しては、を感じるわ。……でも私はまだ、彼女がお芝居を演じる姿をまだ見たことがない。今度の学園祭、必ずチェックしないと!』

 頭の中で学園祭の日程やスケジュールについて思いだしつつも、ジェニファーは最後にマーガレットが好きなものを考えていた。

『……本人も隠すつもりはないみたいだけど、マギーってホラーやオカルトに関する話が好きなのよね。それも子供の時からだったみたいで、香澄も時々うんざりするわって愚痴をこぼしていたっけ。毎月第一月曜日に発行される人気ホラー・オカルト雑誌を購読しているみたいで、香澄いわく、“彼女の知識量は相当なものよ”と言っていたわ。……演劇好きな彼女とホラー好きの彼女、どっちが本当のマギーなんだろう?』

 ジェニファーは両手で即席のカメラを作り、レンズの焦点をオレンジ色の光を放つ暖かな空へと合わせる。


 二人してそんなことを考えていると、遠くから誰かが校門へ向かって歩いてくるシルエットが見えた。二人は片手で日陰を作って目を細めて見ると、どうやら香澄とジェニファーと約束をした、マーガレットのようだ。“おーい”っと右手を大きく振るマーガレットに対して、左手で軽く合図を送る二人。

「……おまたせ、二人とも。それじゃ帰りましょう」

「ううん、ちっとも待っていないですよ。……だよね、香澄?」

「あなたにしては珍しく、最近は時間通りに行動しているわね。……今日は雨でも降るのかしら?」

まるで言葉のキャッチボールをするかのように、彼女たちは言葉を受け止めては投げ返す。

「そうかもね。あっ、二人とも……ちゃんと折りたたみ傘は持っている? 万が一雨が降っても、入れてあげないからね」

 三人は冗談を言いつつも、笑いながら帰路へと向かっていく。そんな何気ない時間を過ごすことが、彼女たちにとって非常に心地よい時間。


 帰路へとつく中で、香澄たちはトーマスへ贈るプレゼントについて、軽く打ち合わせをしていた。一応今夜に話をする予定だが、彼女たちにとって非常に重要な課題でもある。

「……というわけで、私は各自の判断に任せるべきだと思うのよ。だって考えてもみてよ? プレゼントって何が贈られるか分からないからこそ、受け取る側はその瞬間を楽しみにするんじゃない!?」

 いつも陽気でおおらかな性格のマーガレットにしては、今回ばかりは珍しく論理的な意見を述べる。そんな彼女の言動を聞き、“メグ、あなた頭でも打ったの?”と香澄は気を使う。

「ちょっと何よ、その言いぐさ!? あなたたちがプレゼント選びに頭を抱えているから、心優しいこの私がアドバイスしたのに」

「……ある意味トムへのプレゼント選びよりも、もっと困難な謎解きがここに残っているわね」

「相手に対しさらっと嫌味を言う癖に、ますます磨きがかかったわね。ジェン、あなたも気をつけなさい。香澄って実は、かなり根に持つタイプなんだから」

 さりげなく、横にいるジェニファーへ忠告するマーガレット。だが笑顔をつくろいつつも、首を横にかしげている。

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