ジェニファーとの再会
ワシントン州 ワシントン大学 二〇一二年五月一九日 午後五時〇〇分
香澄は色々と質問をしてみたが、やはりこの場で答えを出すことは出来なかった。“少し考える時間をください”とケビンへ伝えると、彼はすんなりと納得する。
「――あぁ、もうこんな時間か。ごめんね、遅くなって。この後の予定は大丈夫かい?」
「はい。今晩メグと久々に外で食事する予定ですが、時間的には大丈夫です」
その後も今回の教育実習の内容を確認した香澄は、答えを保留にしたままケビンの教員室を後にする。そして頭の中では彼から依頼された案件について、どうすべきか整理していた。
『私一人で結論を出すには、ちょっと重いお話だったわ。後でメグに相談してみようかしら?』
そう決心した香澄はワシントン大学を後にして、彼女と待ち合わせている大学近くのレストランへ向かう。だが約束の時間まで早かったため、香澄は大学近くの書店バーンズ&ノーブルで読書をして、時間をつぶそうと考えている。
「も、もしかして香澄……よね!?」
“誰か私の名前を呼んだかしら?”と思いつつも後ろを振り返ると、そこにはエプロン姿のジェニファーが立っていた。お店のロゴ入りの緑色のエプロンを着用していたことから、ジェニファーはここでアルバイトをしているのだろう。まさか大学の外でジェニファーと出会うと思っていなかったのか、香澄の目は軽く見開いている。
「こんにちは、ジェニー。……でも驚いたわ、あなたここでアルバイトしていたのね。もうお仕事は終わったの?」
「いえ、まだです。でも少しぐらいなら、お話しながらでも大丈夫です」
ふとしたことから香澄と再会したジェニファーは、“何か欲しい本があるの?”と尋ねる。“ただ見ているだけよ”と伝えると、彼女は少し残念そうな顔をしていた。だがせっかく香澄に出会ったジェニファーは、“夜の七時くらいにアルバイトが終わるので、その後にお食事でもどうです?”と勇気を出して、香澄を誘う。
『今日は夜の八時から、メグと一緒に食事をする予定があるわ。でもお店の予約はしていないし、ジェニーは“遅くても夜の七時ごろには終わる”って言っているし。……どうしようかしら?』
大学構内では内気な性格という印象が強いためか、普段は香澄からジェニファーへ話しかけることが多い。だが今はプライベートという環境にいるためか、今回はジェニファーから香澄へ誘いの言葉をかける。
そしてマーガレットとの出会いが少なからずジェニファーを変えているのか、少しずつだが彼女の性格も変わってきているのかもしれない。そしてジェニファーの誘いを断る理由がなかったこともふまえ、彼女に時間調整についてお願いすることにした香澄。
「メグと八時から一緒に食事を食べる約束をしているんだけど、それでもいいかしら?」
「八時ですか? その時間なら、私も大丈夫だと思いますけど。でもいいんですか、香澄。先約があるなら、そちらを優先しても」
「大丈夫よ、メグには私から説明しておくから。……そうね、アルバイトが終わったらメールくれる? そうしたら、私が迎えにいくわ」
お互いの距離は近くなったものの、相変わらずどこか他人行儀さが抜けないジェニファー。
「……分かりました。ではお言葉に甘えて、私もご一緒します」
だがアルバイト終了後でも良いと聞き、ジェニファーは彼女たちと食事することに同意した。“それでは香澄、私は仕事に戻りますね”と一言断った後、彼女は売り場へ戻っていく。
その後ろ姿を見送ると、香澄は書店ではなく近くの喫茶店に向かう。アイスティーを注文すると、香澄はスマホのメール画面を開き、マーガレットにジェニファーもメンバーに加わることを連絡する。
メールを送信し終えると同時に、アイスティーがテーブルの上に並べられる。事前に用意されたガムシロップを入れ、マドラーでかき混ぜて、紙に包装されたストローを取り出しコップに入れて一口飲む。“カラン”という氷の音が香澄の耳に鳴り響き、その余韻に浸りながら時の流れに身を置く。
喫茶店で読書をしながら待っていると、スマホがブルブルと震え、彼女が確認するとジェニファーからの連絡。“今お仕事が終了したので、お店まで来てください”という内容だった。
ちょうどアイスティーも飲み終えていたので、彼女は席を立ち、ジェニファーが待つお店へ足を運ぶ。香澄がバーンズ&ノーブルへ向かうと、お店の前には私服に着替えたジェニファーが彼女を待っていた。香澄を見つけると案の定ジェニファーは微笑みを浮かべながら、彼女へ合図を送る。香澄もそれに応じるように、ジェニファーに軽く右手を上げて送り返す。
「お待たせ、ジェニー。メグにはもう連絡してあるから、早速行きましょう」
「はい」
本当の姉妹のように仲が良い二人は、マーガレットが待つ待ち合わせ場所へ向かう。そこでマーガレットと合流して、三人は前回と同じように世間話をしつつも料理を堪能する。
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