ダニエルの苦悩
ワシントン州 病院受付前 二〇一一年一二月三一日 午前一時三〇分
ダニエルからの連絡を受けてから数時間後、ハリソン夫妻は彼が勤務するワシントン大学 メディカルセンターへ到着する。不幸中の幸いか自分たちの職場がワシントン大学ということもあり、ワシントン大学 メディカルセンターへの道のりも事前に把握している。自宅だけでなく職場からも近いこの病院は、ハリソン夫妻にとって絶好の場所にある医療機関。
ハリソン夫妻が病院へ向かっている間に日時が変わり、今は一二月三一日の午前一時三〇分。駐車場に車を停車させた後、何ともやりきれない気持ちのなかでハリソン夫妻は病院の受付へと向かうのだった。
「すみません、ダニエル・エバンズ医師と約束をしているハリソンですが……」
二四時間体制で治療や手術を行っているため、深夜の時間帯であったものの受付には事務員が待機している。だが病院側には話がついていたようで、身元確認を確認した後
「……ご本人確認が取れました。お待ちしておりました、ハリソン様。ただいまエバンズ先生をお呼びしますので、しばらくお待ちください」
事務スタッフが電話でダニエルを呼び出した。
ハリソン夫妻は受付前のベンチに座り、ダニエルが到着するまでじっと待つ。深夜という時間帯もあり、日中に比べて医師やナースなどの職員が少ない。だがまったく職員が常駐していないというわけでもなく、数名の医療スタッフは待機している。
時間にすればほんの数分足らずだったのだが、ハリソン夫妻には何分にも何時間にも感じてしまうほど重苦しい空気が漂っている。
そしてハリソン夫妻が待つこと数分後、廊下の奥からコツコツという小さな足音が聞こえてくる。
「……すみません、お待たせしました。先ほどお電話致しました、医師のエバンズです」
事前に面識があったためフローラは軽く会釈を交わし、ケビンも簡単に自己紹介をする。
「お部屋をご用意しておきましたので、こちらへどうぞ……」
込み入った話になることから、ダニエルは自分の診察室ではなく来客用の部屋を用意してくれた。道中彼は二人を気遣う言葉をかけるものの、ハリソン夫妻は終始うつむいている。
来客用の部屋に招かれたハリソン夫妻。ダニエルが飲み物を二人の目の前にコトンと置くと、自分も席に座り一呼吸してから本題に入る。
「突然のお知らせでさぞおつらいと思いますが、どうぞよろしくお願いします。なおお話の途中で気分が悪くなったら、遠慮せずにおっしゃってください」
ダニエルの問いかけに、二人はただ頷くことしか出来なかった。
「本来なら“明日の明け方以降にご連絡しよう”と思ったのですが、今回は事情が少し異なりまして。……実はご子息のトムはまだご両親が亡くなったことを知らないのです」
まだ小学生のトーマスにとって、突然両親が他界してしまったことを聞かせるのはあまりに酷だ。そうとっさに判断したダニエルはいきなりトーマスに知らせる前に、サンフィールド家と親交や交流があった知人のハリソン夫妻へ連絡を試みる。
そして自分勝手だと思いながらも、ダニエルはハリソン夫妻へある提案を持ちかける。
「今後トムが取るべき選択肢は、大きく分けて二つあります。一つめはこのまま病院で治療を受けてもらい、心が落ち着くまで当院へ入院してもらいます。ただ年齢が年齢なので……両親を失った哀しみが大きすぎて、精神や心が崩壊してしまう可能性も十分考えられます」
突然愛する両親を失っただけでなく、“こんな
「た、確かにトムがおかしくなってしまう可能性が高いですね。……それで先生、二つめの選択肢とは?」
「えぇ。仮に退院出来たとしても、トムは一人ぼっちになってしまいます。……本来は親族に話すべき内容なのですが、病院や市役所の記録を調べた限りだと彼らには他に身内や親戚がいません。……大変お手数ですが、お二人でどなたかトーマスを引き取ってくれる方を紹介していただけませんか?」
サンフィールド家はアメリカでも有数のお金持ちでもあり、それにつけこんで悪い
「もちろん今すぐでなくて構いません。お二人も今回の
だがダニエルの問いかけに対し、フローラはただ顔を下に向けたまま。彼女の代わりにケビンが“わかりました”と静かに答えるだけ。
トーマスの今後について話を一通り終えたところで、“お二人も後で、サンフィールド夫妻に挨拶をしてください”と口を濁す。その後の段取りについても説明を行うが、ハリソン夫妻は唇をかみしめている。
そして頭が真っ白になってしまったことによるためか、ケビンとフローラの二人はダニエルの言葉をすべて聞き取ることは出来なかった。
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