楽しいランチタイム

ワシントン州 ウッドランド パーク動物園 二〇一四年六月二日 午後〇時一五分

 数時間ほど園内を歩き回ったこともあり、お腹が空き始める香澄たち。特に人一倍歩き回ったトーマスは、時折お腹の音を鳴らしている。

「あっ……僕もうお腹空いちゃったよ。早くランチにしよう!」

お腹を鳴らしたことに頬を赤く染めながらも、園内のカフェテリアと走ってしまう。その後ろ姿を見つめながらも、

「トム、そんなに一人で先に行かないで。そんなに早く走ると追いつけないわ!」

やんわりと笑顔で彼を注意する、フローラたちの何ともほほえましい姿があった……


 カフェテリアでハンバーガーやメキシコ料理などを注文する一方で、トーマスは大好物のハムサンドを注文していた。今か今かと待ちきれんばかりに、全員がテーブル席へ揃うのを待っている。

 そしてハリソン夫妻たちがテーブル席へ来たことを確認すると、彼らは一言声をかけあいながらランチを堪能した。

「ねぇ、トム。よかったら、私のハンバーガー少し食べる?」

そう言いながらマーガレットは自分が食べる予定のハンバーガーを一口サイズに割り、トーマスのお皿に置く。

「ありがとう、メグ。それじゃお返しに……僕のハムサンドも少しあげるね!」

同じように自分のハムサンドを手でカットし、マーガレットのお皿に盛りつける。

 それを見た香澄とジェニファーも、自分たちの食事を一口サイズにカットし、トーマスへ分ける。時折笑顔や笑い声が聞こえるその姿は、まさに本当の姉弟のようだ。

「あらあら、みんなすっかり仲良しね。……まるで本当の姉弟みたいだわ」

「もちろんよ、フローラ。私たちとトムはもうなんですもの! ……だよね、トム?」

「えっ!? う、うん……まぁ……」

 みんなの前で突然『家族』と呼ばれることに、心の中で安堵するトーマス。その一方で、どこか照れ隠しする気持ちも見え隠れしている……

「ちょっと何よ、その微妙な間は!? 私はこんなにも、トムのことが好きなのに……」

どこまで本気でどこまでふざけているのか、今一つ分からないマーガレットの言葉。そんな一人有頂天うちょうてんな彼女の発言に対し、

「メグ、いい加減にしなさい。あなたが突然そんなこと言うから、トムが困っているじゃない!?」

「そうですよ、マギー。そういう発言は、時と場所を考えてください」

さりげなく注意する二人だが、その言葉の裏には笑みが溢れている。

「いやぁ……みんな青春しているね。特にトムはカスミたちにモテモテだね。 羨ましいな。僕もあと二〇歳くらい若ければな……」

香澄たちが楽しそうにしている姿を見て、つい年甲斐もない発言をしてしまうケビン。

「子どもたちの前で、そんな年寄りっぽい発言は控えてちょうだい。……あら、口元にソースがついているわよ。……じっとして、私が拭いてあげるわ」


 とっさにバッグからティッシュを取り出したフローラは、“夫の口周りについているから、ソースを拭かないと……”と思いながら、白い手を差し伸べる。

 するとその光景を見て、自分の両親の姿を思い出したトーマスは、

「あぁ……ケビンとフローラが、しようとしてる!」

いきなり大声で突拍子もないことを口走ってしまう。そのことを聞いた周りの視線も、ハリソン夫妻へ集中してしまう。


 トーマスの思わぬ発言を聞いた二人は、トマトのように顔を真っ赤にしている同時に食べ物を喉に詰まらせてしまったケビンは、息苦しそうに何度も咳きこんでしまう。そんな彼の背中をさすっているフローラ自身も視線が泳いでしまい、明らかに動揺している素振りを見せる。だがフローラは普段取り乱すことは滅多にないので、ある意味香澄たちは貴重な体験をしている。

「ちょ、ちょっとトム……いきなり何を言っているの!? わ、私はただ……主人のお口周りについているソースを拭こうとしただけで……」

「え、そうなの!? ……なんだ、つまんないの!」

事の真相を聞かされたトーマスは何事もなかったかのように、自分の好きなハムサンドを無邪気に頬張っている。

 

 子供は思ったことをすぐ口走ってしまうことが多く、今回のケースはその典型例ともいえるだろう。だが以前に比べて、自分から香澄たちへ話しかける機会が多くなったトーマス。そんな彼の様子や成長ぶりを見て、

『香澄たちが来るまでは、あんなに笑うことなんて滅多になかったのに……

本当にあの娘たちには感謝しないといけないわね』

一人心の中でほくそ笑んでいるフローラの姿があった……

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