サンフィールド家の肖像画

 オレゴン州 サインフィールド家の自宅 二〇一四年六月四日 午前〇時五〇分

 ジェニファーとフローラが一階西側を探索しているころ、香澄とマーガレットは一階東側を調べていた。香澄は怖いものや不気味なものといった、ホラーっぽい雰囲気を連想させるたぐいのものが大の苦手。幽霊屋敷のように静まり返っている雰囲気は、香澄にとって居心地が悪い。

「大丈夫、香澄? あなたは確か、こういう場所って苦手よね? 無理しなくていいからね」

「わ、私は大丈夫よ。ありがとう、メグ――でも何だかおかしいわね。普段なら私があなたをフォローするのに、今回はあなたに私がフォローされる。……でも、たまにはこういう気分もいいかもしれないわ」

冷静沈着な香澄にしては珍しく独り言が多く、“香澄、大丈夫かしら?”と一人不思議そうに思ってしまうマーガレットだった。


 そんな不思議な気持ちになりつつも、二人は一階東側にある客間を調べている。客間といってもインテリアなどはほとんど置かれておらず、テーブルと椅子およびソファーがセットで置かれている程度。その他に火をくべる西洋風の暖炉が設置されており、お金持ちが住む豪邸や屋敷にふさわしい雰囲気。


 だが部屋中が埃っぽかったので、マーガレットは鍵が開いている客間の窓を、香澄の許可を得ず勝手に開けてしまう。

「ちょっと、メグ。何やっているの!?」

「この部屋とても広いのに、何だか埃や湿気が多いのよ。エアコンも使えないみたいだから……こうやって窓を開けて空気の入れ替えよ、香澄」

「やれやれ。本当にしょうがないわね、この子は……」


 気を取り直して懐中電灯を使い部屋の中を調べてみるが、どこにも不審な点は見当たらない。そんな一瞬の気の緩みもつかの間、二人はある一枚の絵を見つける。

「……何よ、ただの絵じゃない!? もう、びっくりしたわ!」

突然大きな声を出すマーガレットに、状況反射で身を引いてしまう香澄。だがすぐにいつもの冷静さを取り戻し、恐る恐る彼女に声をかける。

「……いきなり大きな声を出さないで。でも大丈夫、メグ? も、もしかして何か見つけたの? ま、まさか幽霊なんて言わないでよ……」

「あっ……ごめんね、驚かせて。香澄、ちょっとこれを見て」

と言ってマーガレットは自分が見つけた物へライトを当てる。


 マーガレットが照らした先には、品の良さそうな中年男性の絵が飾られている。一瞬驚いてしまった香澄だが、マーガレットが光を当てた絵に再度視線を送る。そこには長年放置されていたためか埃をかぶっていたので、二人はその埃を手で軽く払う。

「この人ってもしかして……トムのお父さんのリース? 年齢もケビンやフローラと同じくらいだし……」

「間違いないわね。ということは、かもしれないわ。探してみましょう!」

 周辺をさらに調べてみると、案の定妻ソフィーの絵も飾られている。その横にはトーマスの絵も残っており、絵の中の三人は満面の笑みを浮かべて幸せそうな顔をしている。

「三人とも幸せそうな顔をしているね。……見て、香澄。こっちには三人一緒に写っている写真もあるよ!」


 そう叫ぶマーガレットがライトを当てた先には、一枚の絵画が飾られていた。リースとソフィー、および一人息子のトーマスが被写体として写っており、右下にはサンフィールド家のサインが記されている。写真の背景には太陽の光とおしゃれなカフェテーブルが写っており、その上にはれたての紅茶とビスケットが描かれている。

「トムにとってこの家、……いえ、だったのね。だけど突然の不幸によって世界で一番大切な両親、そして一番大切な宝物を突然失ってしまう。……子供のトムには過酷すぎる現実ね」

っていうことは、私たちにとってすれば当たり前のことだけど、ことなんだね。正直トムと出会う前までは、そんなこと意識したこともなかったわ。……もし私がトムと同じくらいの年齢で突然両親を失ったら、頭がおかしくなっちゃうかもしれない」

「今までは“不幸な事故でご両親を失った、可哀想な子供”とだけ思っていたけど……わね」


 二人はこれまで、“一生懸命トーマスと接してきたので、少しは彼の心が救われたのでは?”と思っていた。しかし実際にはそうではなく、彼女たちの屈指の努力を持ってしてもトーマスの心を救うことは出来なかった……

「香澄、私思うの。家ではいつもトムは笑っていたけど、本当はあの子は心の中でいつも一人で泣いていたんじゃないかしら? それも夜がくるたびに一人でずっと……私、そんな気がするの」

「……そうかもしれないわね。苦しみ続けて……泣き続けて……助けを求めていた。そんなあの子の一番近くにいたのに、私たちはそれに気付きすらしなかった。まったく、自分が情けなくなるわね」

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