シアトル水族館で過ごした想い出
ワシントン州 シアトル水族館 二〇一一年一二月二九日 午後三時〇〇分
医務室で一人眠っているはずのトーマスだったが、そっと意識が目覚めた時、誰かが自分を呼ぶような声が聞こえてきた。
「……るのかい? ……! トム!」
どこかで聞いたことがある声が聞こえてきたのでとっさに振り向くと、そこには両手にソフトクリームを持った男性が立っていた。すぐに意識を取り戻しはじめたトーマスは、
「……大丈夫かい、トム。疲れたのなら、もう少し休むかい?」
「う、うん。ありがとう、パパ。僕はもう……大丈夫だよ」
まるでタイムスリップしたかのように、自分の父親と会話を始めるトーマスの姿があった。
トーマスの頭の中は何故か瞬時に切り替わる。そして今自分の目の前にいるこの男性こそ、最愛の父親 リースであることを思い出す。少し不思議そうな顔をしつつも、
「はい、トムが欲しがっていたソフトクリームだよ。バニラ味とイチゴ味があるけど……どっちがいいかな?」
「う~ん、僕イチゴ味が食べたいな」
と言ったトーマスを見て笑みを浮かべながら、左手に持つソフトクリームを手渡すリース。
そしてトーマスの容体を横で心配していた妻のソフィーには、バニラ味のソフトクリームを渡す。だがソフトクリームが二つしかないことに気がついたトーマスは、
「あれ、何でパパのソフトクリームないの? ……僕の分もあげるよ!」
食べかけのソフトクリームを満面の笑みでリースへ渡す。
「ありがとう、トム。……でもごめんね。パパは甘いものが苦手だから、残りのソフトクリームも食べていいよ」
先ほどと同じようにリースが満面の笑みを返すと、トーマスは口を大きく開け“パクリ”とソフトクリームを一口で平らげてしまう。
一度に食べてしまったためか、トーマスの口の周りにはソフトクリームがいっぱい付いている。即席のピンク色の
「あらあら、一度にそんなにたくさん食べるから、口の周りがベトベトよ。……動かないで。ママが綺麗にしてあげるわ」
持っていたハンカチで彼の口周りを優しく拭く。“エヘへ”と照れくさそうに笑いつつも、
「ありがとう、ママ。……さぁ、早く次のお魚さん見よう。ほらっ、早く早く!」
“待っている時間がもったいないよ”と休憩用のベンチを立ちあがり、勢いよく二人を誘導する。
「待って、トム。そんなに慌てなくても、お魚さんは逃げないわよ」
すると突然“ピンポンパンポン”という園内アナウンスが鳴り、“今日のメインイベントのラッコのショーが、まもなく始まります”というお知らせが入る。
「ほらっ、パパもママも早くして。ラッコさんが逃げちゃう」
いてもたってもいられないトーマスは、“先に会場で待っているね!”と言って行ってしまった……
トーマスの元気に走り回る背中を目で追い呆れつつも、そんな元気な息子の姿を見ているリースとソフィーは、最愛の息子と過ごす一秒一秒が最高の幸せであることを実感している。
一時間ほどでラッコショーが終了となり、時刻は午後一七時三〇分。太陽がコートを着込む時間となり、変わりに月が少しずつ目を覚まし始める……そんな中で三人はシアトル水族館へ遊びに来た記念品を買うため、家族連れやカップルらに人気の売店で商品選びをしていた。
「さぁ、トム。どれでも好きなもの選びなさい。パンフレットでもマグカップでも……パパたちが何でも買ってあげるよ」
「うん、わかった。……うわぁ、どれも欲しいなぁ。どれにしようかな?」
目をキラキラさせつつも、トーマスは売店で販売している商品選びに夢中になる。
するとトーマスの視線には、シアトル水族館で限定販売されているラッコのキーホルダーが目に留まる。だが限定販売であると同時に人気商品のようで、キーホルダーの在庫も残り数個しかない。それに加えてキーホルダーにしては値段が高く、一個一〇ドルで販売されている。
「一〇ドルか。ちょっと高いかな? でも僕どうしても欲しいなぁ……」
だが残り数も少なかったことから、トーマスはキーホルダーを手に取りそれを持って両親の元へと向かう。するとレジの前にはリースとソフィーが先に待っており、
「ねぇ、パパ、ママ。僕これが欲しいな!」
元気よく右手に握りしめていたキーホルダーを二人に見せた。
「ラッコのキーホルダーでいいのかい? あっちにラッコのぬいぐるみもあったけど……」
「うん、僕ラッコさんのキーホルダーが欲しい。でもラッコさんのぬいぐるみも欲しいなぁ……」
「……せっかくだから、両方買いましょうか。トム、あなた。早くレジに行きましょう」
よく見るとソフィーの手にもおみやげ品を一つ持っており、彼女の左手にはオルゴールが握られていた。リースは財布からカードを取り出し、お土産一式を購入する。そしてそれをソフィーへ渡すと、彼らはシアトル水族館の駐車場へと向かう。
たくさんのお土産を購入し意気揚々とする気持ちの中、リースが運転する車へと向かうサンフィールド一家。“今日はとっても楽しかったね”と話が盛り上がるなかで、助手席に座ったソフィーは
「あっ、トム。ちょっとバッグを貸して。ママがキーホルダーを付けてあげるわ」
手慣れた様子で、ラッコのキーホルダーをトーマスのバックへ取り付ける。数十秒もかからないうちに取り付けを終えて、
「はい、出来たわ。これでラッコさんとトムは、いつまでも一緒ね」
「ありがとう、ママ。ラッコさんも好きだけど、ママとパパはもっと大好きだよ」
トーマスへバッグを返す。そして息子から大好きだと言われた二人は、
「パパとママもトムのことが、世界で一番大好きだよ!」
「あれ、パパが一番好きなのってママじゃないの?」
「もちろんソフィーのことも大好きだよ。でもそれと同じくらい、パパはトムのことも大好きだよ!」
改めて夫のリースに“大好きだよ”と言われたことで、妻のソフィーは少女のように顔を赤く染めてしまう。
「……もう、あなたったら。トムが
赤く顔を染めつつも、ソフィーはリースの頬に優しくキスをした。それを見たトーマスは、
「あっ、ママがパパにチューしてる。僕もチューするの!」
ソフィーとリースの頬にそっとキスをする。
愛する息子から頬にキスをされたソフィーは、トーマスの頬にもキスで返した。そんなトーマスの顔には、いつになく満面の笑みがこぼれ溢れている……
「……ありがとう、トム。さぁ、ホテルへ戻ろう。今日は何を食べようかな?」
「僕ステーキが食べたい。でもハンバーグも食べたいなぁ……」
「トム、お肉ばかり食べるのは駄目よ。ちゃんとお野菜も食べるのよ」
「……お野菜やサラダって、僕あまり好きじゃないのに」
野菜やサラダの話になった途端、これまで上機嫌だったトーマスは軽く頬を膨らませてしまう。
「ソフィーの言う通りだよ、トム。たくさんお肉を食べたかったら、それだけたくさんお野菜も食べるんだよ」
ソフィーと同じように、“しっかりと野菜も食べるように”と優しく注意するリース。だがそれを聞いたソフィーは、
「……そういうあなたも、最近ちょっとお腹出てきたわよ? これ以上太るとみっともないから、なるべく高カロリーの食べ物はなるべく控えてね?」
“トムのこと笑えないわよ”と、リースにも食事制限を意識するように呼び掛ける。心なしか“少しお腹周りが出てきたかな……”と気にしていたようで、ソフィーにそのことを釘に刺されてしまう。
「密かに気にしていたのに……ソフィーは痛いところつくな……」
「パパも怒られてるね。やっぱりママはパパよりも強いんだね!」
「ふふ、そうよ。主人とトムのことだったら、私は何でも知っているんだから! ……さぁ、あなた。早くホテルへ戻りましょう」
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