【トーマス編】

記憶の片隅にある想い出

              【トーマス編】

    

 今から二ヶ月ほど前に、僕はある夢を見た気がある。だがその内容がいまだ思い出せない一方で、僕の頭の中から消えることがない。その内容が気になって仕方ないけど、それは思い出してはいけない出来事のような気もする。思い浮かべてはいけない記憶とは、一体何なのだろうか?


    ワシントン州 シアトル水族館 二〇一四年六月一日 午後一時〇〇分

『ゆらゆらとお魚が泳いでいる。みんな仲良く、みんな楽しそうに……』

 六月一日は学校がお休みということで、トーマスは一人でシアトル水族館へ出かける。本来なら香澄をはじめ、大人と一緒に入場してもおかしくない年齢。そのため入口前では受付の人に“一人で来たのかい? パパとママは一緒じゃないのかい?”と尋ねられたが、“うん、僕のパパとママはすでに中にいるんだよ”と初対面の相手にも嘘をついてしまうトーマス。

 以前は絶対に初対面の人に嘘を言うような少年ではなく、むしろ純粋に自分が思っていることをそのまま伝えていた。だが孤独と不安がトーマスの心を深く蝕んでいき、少しずつ彼の性格や人格を破壊している。別の言い方をすれば、重度のガンに侵されているような状況だ……

 またトーマス自身も香澄とマーガレットに対し、どこか距離を取っていることは確か。“今月の一四日に卒業を控えている香澄たちの邪魔をしたくない”という気持ちも入り交ざっている。

 そんな想いと優しさから、トーマスの足取りは香澄たちと歩幅を合わせることに抵抗を感じる。しかしそれが皮肉にもトーマス自身の孤独や不安といった色を濃く染めてしまうという、悲しい結果になりつつある。

『色々歩き回ったから、少し疲れたな。どこか休める場所は……ないかな?』


 シアトル水族館の特徴として、実際に動物と触れ合うことが出来るタッチ・タンク・水面下から動物や魚の泳ぐ姿を確認出来る、ドーム型水槽などがある。だが今日は日曜日ということもあり、周りには家族連れやカップルを中心とした人たちが多い。

 色々と歩き回ったためか、途中で疲れてしまったトーマス。“どこか休憩出来そうな場所はないかな?”という期待を秘め、医務室や休憩室を探す。すると来園者用の医務室が設置されていたので、

「すみません。ベッドが空いていれば、少し休んでもいいですか? ちょっと疲れてしまったので……」

と常駐している医師にお願いする。なおここでも“両親はどこにいるんだい?”と尋ねられたが、入園時と同じ口実を使いその場をごまかしたトーマス。

 

 シアトル水族館のパンフレットをバッグの中へ入れると、“ありがとうございます”と一言声をかけて、トーマスは静かに目を閉じる。

『何だか最近疲れやすいな。それも数ヶ月前にあの夢を見てから、僕の体や心に何か異変が起きている。もしかして僕はなの?』

 数ヶ月前にあの夢を見てから、トーマスの心はさらに少しずつ不安定になってしまう。その初期症状として体に疲労が貯まりやすく、軽度の不眠症に悩まされていた。そしてその原因について、まさか自分の過去と関係しているとはこの時トーマスは知るよしもない。それはどこまでも楽しく、そしてどこまでも哀しい想い出たち……

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