人質救出作戦

不審者を発見する香澄とジェニファー

       ワシントン州 並木道 二〇一二年八月二〇日 午後七時〇〇分

 トーマスとマーガレットが香澄とジェニファーの帰りを待つ頃、彼女たちは買い物を済ませ帰路へと向かう途中。道中他愛のない世間話を楽しみつつ、二人は和やかな雰囲気になっていた。

「えぇ~、それ本当!? それってじゃないですか!? 一見すると大人しそうだけど、トムも以外に積極的なんですね」

「変な誤解しないでよ、ジェニー。そこには私だけじゃなく、メグも一緒だったのよ。それに無邪気な子供の言ったことだから、そういう意味はないと思うわ」


 それは香澄たちがマーガレットに誘われて、演劇サークルの合宿に参加した時のこと。ジェニファーが小道具係として、他の部員と準備をしている間にマーガレットはトーマスにこんな質問をした。

「……ところでトム。もし仮に私たちが、『オペラ座の怪人』に出てくる怪人に襲われそうになったら、トムはどうする?」

演劇サークルの合宿ということもあり、クリスティーヌの役になりきっているマーガレットが尋ねる。するとトーマスはその質問に、

「……大丈夫だよ。もしメグたちが悪い怪人に襲われても、僕が一生懸命守ってあげるから……トーマス・サンフィールドの名にかけて!」

右手を胸にあてて“必ず守って見せる”と心に誓うのだった。


 そのやりとりを横で見ていた演劇サークルの部員は、不敵な笑みを浮かべてマーガレットたちを見ている。その一方でませた発言をするトーマスに対して、どこか優しい視線を送っている。

「フフフ、随分頼もしいナイトさんね。……よかったわね、メグ。が見つかって! せっかくだから、このまま付き合ったら?」

 その場にいたマーガレットを、部員たち一同はからかい始める。そんな部員の問いかけにマーガレットは気を悪くすることなく、和やかな雰囲気で会話を楽しんでいた。

 

 あくまでも“ジェニーが準備をしている間の出来事よ”と香澄は説明して、“その場のノリで言ったことよ”と笑いながら付け加えた。

「ふ~ん、私がいない間にそんなことがあったんですね……」

「そうなのよ。だからあの子も、そんなに深い意味があって言ったことではないわ」

他にも合宿で大変だったことや面白かったことなど、香澄とジェニファーは時折笑いながら一週間前の体験について語り合っていた。


 そうしている間に二人は自宅前へ到着して、いつものように家に入ろうとした。夜の七時前後ということもあり、八月でも辺りは暗くなっており所々で街灯が灯されていた。香澄が腕時計をチラッと確認すると、時刻は午後七時〇〇分。

『大体時間通りね。もうそろそろピザが届いているころ……かしら?』

などと一人思っていると、突然前を歩いていたジェニファーが立ち止まった。どうやらジェニファーは何かを発見したようで、棒立ちしている彼女に背中に香澄はぶつかってしまう。

「……イタタ。もう、急に立ち止まらないでよ。一体どうしたの、ジェニー?」

「か、香澄。あ、あれを見て……」

震えながら自分の家を指しているジェニファーの様子を見て、“何かしら?”と思いつつも、遠くから眺めてみる。


 何かしらと思いつつも香澄が視線を移すと、そこには自宅の前で黒いフードコートを着ている人物と子供の姿がまる。遠くから見たのではっきりと断定は出来ないが、子供については背格好や髪型などからトーマスである可能性が高い。だが黒いフードコートを着た人物については、香澄とジェニファーがいる位置からは顔を確認することは出来なかった。


 黒いフードコートを着た謎の人物は、トーマスの肩に手を置きそのまま家の中に入っていく。一部始終を遠くから見ていたジェニファーは、パニックになり香澄にどうすれば良いか尋ねる。

「い、今私たちが見た光景って……も、もしかして!? それとも!? ど、どうしよう香澄!?」

「落ち着いて、ジェニー。こういう時こそ冷静になるのよ。……そうだ、メグのスマホへ電話してみましょう」


 とっさに香澄は自分のスマホを取り出して、電話帳の中からマーガレットの連絡先を表示させ連絡を試みる。

 だが何度コール音を鳴らしても、マーガレットは一向に出る気配がない。まさかの事態に怯えてしまったジェニファーは、“二人が事件に巻き込まれたの!?”と、さらに動揺してしまう。

「マギーも電話に出ないってことは、ってことだよね!? 大変、今すぐ助けに行かないと」

「ちょっと待って、ジェニー。あの怪しげな黒いフードコートに加えて、二人と連絡が取れないということは……犯人は単独犯ではなく、二人以上の可能性があるわ」

 香澄なりに必死に分析をしていき、“犯人たちはおそらく、拳銃やナイフなどを所持している可能性が高いわ”と香澄は推理する。ここは銃社会のアメリカ――彼女たちの脳裏には、最悪の状況が浮かぶ。


 そんな状況下で冷静に状況判断した香澄は、“警察の力を借りた方が良い”と考える。

「この状況で私たちが下手に動くと、かえって逆効果だわ。仮に犯人を刺激でもしたら、それこそトムとメグの命が危うくなる。だからここは警察へ連絡して、彼らに判断を委ねましょう」

「わ、分かりました」


 混乱気味のジェニファーに対し、“とりあえず落ち着いて”と優しく声をかける香澄。同時に香澄は電話で、の番号をプッシュした。するとそれから間もなく、専用のダイヤルへと電話がつながる。

「はい、九一一です。事件ですか、事故ですか?」

「はい、実は……」

 香澄は今起こっている状況について、分かりやすくかつ簡潔に説明する。その間に誘拐が発生している場所をはじめ、自分たちの氏名などを名乗ったうえで、子供と友達が事件に巻き込まれていることを伝えた。誘拐の可能性が高いと確認すると、すぐに担当部署へダイヤルが切り替わる。

 

 そして改めて香澄が事情を説明した後、

「……分かりました。すぐ現場へ急行します。お嬢さんたちは犯人を刺激しないように気をつけてください。それと警察官が現場に到着するまで、電話は切らないでください」

「はい、分かりました。出来るだけ急いでください」

電話口で対応した職員が電話を切る。香澄も同じように電話を切ると、すぐに隣にいたジェニファーへ“あとは彼らの到着を待ちましょう”と言う。

「とりあえず警察には連絡したわ。警察の人が来るまで、私たちはこの辺りで待っていましょう」

「うん、分かった。……トム、マギー。もう少しの辛抱だからね」

両手で誘拐されている二人へ、必死に祈りをささげる二人の姿があった。

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