合宿に向けた準備

 ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅二〇一二年八月一二日 午後一〇時〇〇分

 少し早い夕食を食べ終えた香澄たちは、明日の準備があるため先に部屋に戻る。香澄とジェニファーもマーガレットの合宿に参加することになり、彼女たちも一週間分の着替えや忘れ物などがないか入念にチェックする。


 そしてすべての準備が終わった後、各自順番にお風呂に入り今日の疲れを流していく香澄たち。その後彼女たちは真っすぐとトーマスの部屋へ向かい、明日の合宿に向けた準備を手伝う予定。香澄たちは“まだトムの準備が出来ていない”と心配していたが、トーマスの準備はすでに完了しているようだ。

「どうしたの、みんな? もしかして、明日の準備のお手伝いに来てくれたの?」

「えぇ、そう思って来たんだけど……その様子だと、すでに終わっているみたいね」

「うん。ご飯食べてからすぐに始めて、ちょうど今終わったところだよ」

続いてマーガレットはトーマスに、“本当にこれで良いの?”と再確認する。

「誘った本人が言うのもなんだけど――トム、本当にいいの? 約一週間、お家を離れることになるけど」

「本音は少し不安だけど……でもみんなが僕と一緒にいてくれるんだよね? だったら、僕寂しくないよ」


 本当はハリソン夫妻の元を離れるのは少し寂しいが、その代わり香澄たちが一緒にいてくれるならと話す。それを聞いた香澄たちは、安心してと彼の面倒を見ることを約束する。

「私たちはこれで部屋に戻るわね。明日は早いから夜更かししないで、早く寝るのよ。……お休みなさい、トム」

「うん。香澄、メグ、ジェニー、お休みなさい!」

 

 明日の準備も終わった香澄たちは、その後ハリソン夫妻が待つ一階リビングへと向かう。夕食後改めて話す機会が欲しいというハリソン夫妻の要望に応えるため、香澄たちは午後一一時〇〇分ごろに、リビングで話し合おうと約束したのだ。

 約束の時間通り、香澄たちがリビングへ向かうと、そこには彼女たちを待っているハリソン夫妻の姿があった。

「やぁ、お疲れ様。フローラが特製の紅茶を淹れてくれたから、それを楽しみながら話をしようか」


 香澄やマーガレットとは異なり、数ヶ月前に来たばかりのジェニファーは、フローラも紅茶に詳しいことを知らなかった。コーヒーではなく紅茶が多いことに少し疑問に思っていたが、ケビンから大の紅茶好きであることを聞きジェニファーは思わず納得する。

「ごめんなさい、ジェニー。もしかしてあなたは、紅茶よりコーヒーの方が好きかしら? 一応コーヒーもあるけど……どうする?」

「いえ、大丈夫です。私も紅茶好きなので」

ジェニファーの言葉を聞いて微笑み浮かべたフローラは特製の紅茶を淹れるため、彼女たちのティーカップへ順番に注ぐ。


 フローラが全員分の紅茶を注ぎ終わると同時に、香澄たちは一口飲み干す。そして一同がカップをソーサーへそっと置くと、紅茶を淹れ終えたばかりのフローラが質問をする。

「私もさっきまで主人とお話ししていたのだけど……あなたたちは一体、どんな魔法を使ったのかしら? トムの性格がのようになるなんて、まるで夢のようだわ」

「あの時……と言いますと?」

フローラの言葉の真意が分からなかった香澄たちへ、トーマスがご両親を亡くす前のことを少しだけ語る。

「あぁ、ごめんなさい。トムがご両親を亡くす前の話よ。今思えば……あの頃があの子の一番幸せな時間だったかもしれないわね」

「そうだね、フローラ。カスミ、メグ、ジェニー。君たち三人のおかけで、トムに再び笑顔が戻ったよ……本当にありがとう」

「いえ、これもみんなのサポートがあったからですよ」

“私たちはあくまでも、あなたたちの言うとおりに行動しただけです”と、香澄たちは謙遜する。


 だがこれで安心するのではなく、これからも彼女たちに出来る範囲で良いのでトーマスの側にいて欲しいと再度お願いする。

「……だけどこれで終わりじゃないよ。トムは今歩き始めたばかりだから、間違った方向へ行かないためにも、再度君たちの力が必要なんだ。と言っても君たち三人が力を合わせれば、それも大丈夫かな!?」

再びトーマスの顔に笑顔と光が戻ったことから、いつになく上機嫌なケビン。

「それよりも、トムのことよろしくお願いね。あなたたちが付いているとはいえ、初めての遠出になるから……」

「任せてください、フローラ。必ずトムに“楽しかった”と思わせる合宿にしてみせます――ワシントン大学演劇サークル部員兼次回の主演女優 マーガレット・ローズの名にかけて!」

と右手でVサインを出し、アピールするマーガレット。


 だが真面目な性格の香澄には、マーガレットの言っていること意味が分からない。

「どうでもいいけど、メグ。そのVサインには、一体何の意味があるの?」

「……事細かく相手の行動を分析する癖を直せば、このサインの持つ意味が分かるかもしれないわよ?」

「まったく……あなたとは学生時代からの付き合いになるけど、本当につかみどころがない性格しているわね」

マーガレットのつかみどころのない性格に呆れながらも、この時の香澄はなぜか笑みを浮かべていた。

「それが私の長所だもの。さーて、明日は早いから私ももう寝るわ。お休みなさい、ケビン、フローラ」

「あぁ。お休み、三人とも。それから……今日は本当にありがとうね」


“昔からメグの性格は変わっていないな”と笑みを浮かべつつも、ハリソン夫妻はマーガレットたちへお休みの言葉を返す。そして彼女たちは明日の合宿に備えて、部屋のベッドで各自眠りに就く。

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