香澄のカウンセリングレポート(三)
『心に傷を残した少年の心理状態および行動記録(三)』
[二〇一二年八月九日 午前一〇時〇〇分……この日は賞を受賞したトムやメグたちと一緒に、ワシントン大学へ賞状とトロフィーを受け取りに向かう。この時のトムはいつになく嬉しそうな素振りを見せる一方で、どこか緊張していた。途中トラブルもあったが、トムは無事賞状とトロフィーを受け取ることが出来た。これで私たちの努力も少しは報われる、そう思った時のことだった……
二〇一二年八月九日 午後六時〇〇分……午後に外出したトムが、何の連絡もなしに帰宅しない。事前に“友達と遊びに行く約束をしている”と本人の口から聞いたので、最初は心配していなかった。だが何度彼の携帯に連絡しても、一向に通じない。
そのことが私たちに強い不安と恐怖を抱かせ、
だが私たちが外へ探しに行こうとした矢先、トムは帰ってきた。しかしその様子はどこか違和感が残り、午前中に見たトムとはまるで別人。“隠し事をしている”と、相手に不信感を思わせるような素振りが見られた。私の思い違いであることを
私はその真意を知るべく、今回トムのカウンセリングを依頼したケビンとフローラに事情を話す。すると彼らは頑なに閉ざしていたある真実を、私たちに語ってくれた。その内容はトムの過去についてで、“トムの父親リース・サンフィールド(以下リース)と母親ソフィー・サンフィールド(以下ソフィー)たちがレイクビュー墓地に眠っている”とのこと。
だが私たちはそのことを知らず、“トムの機嫌を逆なでするような発言をしてしまった”と彼らに再度事情を説明する。口を濁すような素振りを見せるものの、明らかに不機嫌そうだった。
彼らはそんな私たちに救いの手を差し伸べ、“後日、トムとの仲直りの機会を取り繕ってくれる”と約束してくれた。他になす術がない私たちには、彼らの言葉に
二〇一二年八月一二日 午前一〇時〇〇分……私たちはケビンとフローラの言われるがままに、ある場所へと案内された。その場所とはリースとソフィーが眠るレイクビュー墓地。私はその時初めて訪れた場所でもあり、日本の霊園や墓地とは雰囲気が異なっている。レイクビュー墓地には緑や木々がたくさんあり、とても明るい雰囲気だ。
その後私たちはトムのご両親が眠るお墓へお花を添える。その後一時は仲直りをするのだが、それでもトムの心はどこか遠くを見つめている……気がした。
二〇一二年八月一二日 午後二時三〇分……ランチを終えた後、トムは煙のようにどこかへ消えてしまった。しかしトムの行き先に、私は心当たりがないわけではない。
私の思惑通り、トムは亡きご両親のお墓の前にいた。悲しい光景のはずだが、私には何故かその表情がとても穏やかに見えた。メグやジェニーと事前に相談をした結果、最初に私がトムを説得する役目を引き受ける。
最初はリースやソフィーと話をしているようにも見えたが、私が声をかけると彼はトムはすぐに振り向いてくれた。だがその表情はとても悲しげで、今にも泣き出したいという顔をしている。そこで私は打開策として、トムの心に寄り添うように静かに様子を見ることにした。
すると少しずつ心を開いてくれるようになり、自宅では見せることのない本心を語ってくれた。それは聞くのもつらくなるような、九歳の少年が背負うにはつらすぎる現実を目の当たりにする。
トムの気持ちに答えるため、私は心理学を学んだ者としてではなく一人の少年の友達・家族として、その問いかけに答えることにした。最初はトムもなかなか本音を語ろうとしなかったが、私は諦めずにその傷ついた心に触れ続ける。
すると不思議なことに、そこからトムの本心とも呼べる部分が少しずつ見えてきた。その答えはとても単純でシンプルなもので、ありのままの自分をさらけだす――それだけのことだった。
突然の両親の死後心が錯乱し精神が崩壊し……そして心を閉ざしてしまう。一度は精神が正常に戻るものの、それ以降トムは心の本音を見せることにひどく怯えるようになる。元々生真面目な性格であるが故、そのことがトムの心に重りのように強くのしかかってしまったのだろう。
私はトムに“泣きたい時には泣いてもいいのよ、無理に気持ちを殺さないで!”と強く呼びかける。その呼び掛けに答えてくれるかのように、仮面を着けていたトムは普通の少年に戻り、私の首元で感情をあらわにしながらこれまで抑え込んでいた感情を吐きだす。
その後不思議なことに、霧のように暗雲が立ち込めていたトムの心は、雨模様の空が突然快晴に変わったかのように変化する。その姿を見た私たちは驚きの色を隠せなかったが、“あれが少年の本来の姿だよ!”と、私の知人は教えてくれた。今まで抑え込んでいた感情を爆発させたことで、トムの中で何か迷いが消えたのだろう。
私はトムのカウンセリングを行っていく過程の中で、“人の心はとても一言では説明出来ないほど複雑だが、同時にそれは簡単に壊れてしまうもの”と、改めて痛感する。“時が経てばつらい想い出もなくなる”という一般論があるものの、私はそうは思わない。むしろ“時が経てば経つほど、つらい想い出の傷口は深くなる”ばかりなのだ……
現段階においては、心のケアはとりあえず成功したのかもしれない。だがこれで安心するのではなく、今後もトムの様子や心境について私は注意深く見守っていくつもりだ。一人の友達として……一人の家族として……]
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