新たな同居人

  ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一二年六月九日 午後七時〇〇分

 あっという間に四人を乗せた車は、自宅へと到着した。“ワシントン大学から結構近くにあるのね”と、ジェニファーは一人思う。

「ちょっと遅くなったけど、これから夕食の支度をするからね。あぁ、三人はそれまでのんびりしていいからね。それとお家の灯りは点いているってことは、トムはもう帰っているみたいね」

 家にトーマスがいることを前提にしたうえで、先頭を歩くフローラはドアノブに手をかける。すると案の定ドアの鍵は施錠されていなかったので、フローラが先に家の中に入り、トーマスへ声をかける。

「ただいま。トム、いるかしら?」


 後ろの三人もフローラと同じように挨拶をすると、それを聞いたであろうトーマスが一階のリビングから駆けつけてきた。どうやらお腹を空かせて待っていたようで、彼の表情はどこか不機嫌そう。

「僕はここにいるよ。おかえりなさい、フローラ」

「トム、ただいま。ほらっ、香澄たちにもご挨拶なさい」

「おかえりなさい。香澄、メグ。それから……どちらさまですか?」

「……あぁ、トム。こちらは香澄とメグのお友達のジェニーよ。近いうちに彼女も家に引っ越す予定だから、今日はそのご挨拶に来たのよ」

「そうなんだ。……はじめまして、トーマス・サンフィールドです」

 

 表向きは挨拶をするが、その表情はどこかジェニファーを警戒している。だがフローラたちは、まさかトーマスが自分から自己紹介するとは思っておらず、内心驚いていた。

「は、はじめまして、トム。私は香澄とメグのお友達で、ジェニファー・ブラウンといいます。“ジェニー”とか“ジェン”って呼んでください」

トーマスは無言で自分の部屋に戻ろうとしたが、マーガレットは彼の手を握り強引にリビングへと向かう。

「ち、ちょっと……メグ」

恥ずかしさと気まずさを感じたトーマスだったが、そんな彼を無視して彼女たちはリビングのソファーにそれぞれ座る。


 ソファーに座った後でマーガレットが手を離すと、少しムッとしながらもトーマスは彼女を睨む。そんなトーマスの視線に気付きながらも、マーガレットはあえて指摘することはなかった。

 食事が出来るまでの間、香澄たちは他愛のない世間話や学校での授業などの話で盛り上がっていた。一方でトーマスは自分から会話に加わることはなく、ただ彼女たちの話を横で聞いているだけ。


 それから三〇分ほど経過すると、キッチンで夕食の準備をしていたフローラが、

「……みんな、お待たせ。それじゃ、そろそろ夕食にしましょうか」

四人へテーブルに座るように伝える。

 今日のメニューはビーフシチューで、ジェニファーをはじめ香澄たちは彼女の手料理を満喫している。トーマスも同様だが、ジェニファーという新しい来客がいるため、いつもながら口数が少ない。その様子を見たフローラは、

「あぁ、そうだわトム。さっきも言ったけど、近いうちにジェニーも新しいになるのよ。だから香澄やメグと同じように、ジェニーとも仲良くするのよ?」


 トーマスを安心させるため、近い将来ジェニファーも家に同居することを伝えるフローラ。それを聞いたトーマスは表面上は“分かった”と言うものの、その表情はどこか困惑気味。急に同居人が三人も増えたことから、“もっと賑やかになるのかな?”と思っている様子。


 とりあえず食事を終えたトーマスは“ごちそうさま”と言って、自分のお皿を台所へ持っていき洗剤を使って洗う。その後何も言わずに自分の部屋へと戻る。どこか素っ気ない態度を見せるトーマスに対し、一人落ち込んでしまうジェニファー。

「あの……もしかして私、何かトムを怒らせるようなことしました?」

「気にしなくていいわよ、ジェン。あの子って、食事中はほとんど会話しないの」

“自分たちが初めてトムに出会った時も、同じ反応だったから問題ないわ”と、彼女なりにフォローする。


 香澄たちもビーフシチューを食べ終わると、いつものようにフローラがお皿を片づけると言ってお皿を台所で洗い始める。

「さてと食事も終えて一息入れたところで、本題に入りましょう。今日はどうする?」

「そうね、改めてジェニーを紹介するって流れでいいんじゃないかしら?」

「うん、分かった」


 二人が話を進めている一方で、ジェニファーには何を話しているのか理解出来なかった。頭にクエスチョンマークを浮かべているジェニファーを見て、香澄はあぁっと思いながら説明する。

「夕食後はトムのお部屋に行き、そこでいつもあの子とお話をしているのよ」

「えっ? でも夕食の時は何もお話しなかったのに、大丈夫なんですか?

「確かに夕食時は会話をしないことが多いわね。……でもあの子が自分の部屋にいる時だったら大丈夫よ。トムと色々と話をしたことがあるもの」

「そういうことなら構いませんが、でも何をお話すればいいんですか?」

「そうね……とりあえずトムの好きなものや趣味について、お話を進めるといいんじゃないかしら? 実際に香澄が話を切り出してくれたおかげで、私たちもあの子と仲良くなることが出来たんだから」

「あの子の好きなものや趣味……ですか?」

香澄がトーマスの趣味は何だったかと必死に思いだし、自分が知っている情報をジェニファーに教える。

「確かトムの好きなものは……」


 トーマスの好きな物や趣味などを香澄が考えている間に、我先にとマーガレットが割り込んできた。

「トムの好きなものはね……これよ、ジェン」

 そう言って彼女がバッグの中から取り出したものとは、レンタルビデオチェーン店で借りたであろう、一枚のDVD。

「トムは日本文化に興味があるのよ。だからこれがいいと思って!」


 彼女が自信ありげに取り出したDVDのタイトルは、【最凶! 雪女vsろくろ首】と書かれていた。舞台は戦後数十年が経過する日本が舞台で、若い男性の謎の凍死現象が話題を集めている。一方で山奥の地方では、ろくろ首が男女関係なく襲いかかり絞殺死体が次々と発見される。

 そんなろくろ首がふとしたことから都会へ進出し、同じ妖怪である雪女と対決をするという話。アメリカで人気のvsシリーズとなっており、日本でもその恩恵を受けて作られた作品として評価されている。


 ホラー好きのマーガレットなりに考えた末に、トーマスと仲良くなるために気を利かしたようだ。だがそれを見た香澄とジェニファーの二人は、おもわずあっけにとられてしまう。何とかマーガレットをフォローしようとしたジェニファーとは反対に、あきれた表情を見せる香澄。

「とりあえずその作品はトムには見せないこと。……いいわね?」

 表面上はあくまでも穏やかな香澄だったが、心の中では彼女のマイペース振りにどこか怒りを覚えているのかもしれない。しかしマーガレットはトーマスが日本文化に興味があると知っていたので、

「でも私は今日のためにこのDVDを買ったのよ。……これもあの子と交流を深めるために必要なのよ」

真っ向から反論する。“そこは力説するところじゃないわ”と一人思うジェニファーだが、香澄は自分の言葉をくつがえすことはない。

「もう一度言うわよ? その映画はあなたがで見なさい! 間違ってもトムを変な方向に連れて行かないで」


 いつもは冷静沈着な香澄が珍しく声を荒げたことにより、気迫に圧倒されたマーガレットはすっかり意気消沈してしまった。

「……分かったわ」

 横から二人の会話を聞いていたジェニファーは、“マギーよりも香澄を絶対に怒らせてはいけないわね”と心に誓っていた。


 マーガレットのせいで話が脱線してしまったが、香澄はトーマスの好きなものについてジェニファーに説明する。

「ごめんなさいね、ジェニー。えぇと、トムが好きなものは音楽なのよ。ジャンルは確か、クラシックやミュージカルだったと思うわ」

“小学生にしては、随分おしゃれな音楽が好きなのね”と、ジェニファーは意見を述べる。

「私もあなたと同じことを思ったわ。でも色々と話をしていると、すぐに感じたの。……あの子の好きな音楽に対する熱意は本物よ」


 香澄のお墨付きをもらったと知ったジェニファーは、“トムとクラシックやミュージカルについてのお話をしよう”と思っている。だがその一方で“他にあの子がどんなことに興味あるのか、私も知りたいわ”と話す香澄。

「それじゃ決まりね。行きましょう、ジェニー」

「うん、香澄」

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