【香澄・マーガレット・ジェニファー編(二)

今後の対応策について

        【香澄・マーガレット・ジェニファー編(二)】

 ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一二年八月九日 午後一一時〇〇分

 トーマスといつものように世間話を楽しんだ香澄たちは、お風呂に入った後“お部屋でお話の続きをしましょう”と言う。だがここで香澄だけはマーガレットとジェニファーを呼び止めて、いつもより少し強めの口調であるお願いをする。

「何、そんなに改まって? 私たちは別にいいけど、どこに行くの? 香澄」


 いつになく強引な香澄の態度に疑問に思った二人だが、特に不審に思うことなく彼女について行くことにした。何か考え事をしている香澄が向かった先は、ハリソン夫妻が夕食後に二人で会話を楽しんでいるリビング。マーガレットとジェニファーは、“邪魔しないで様子を見ましょう”と思っていた。


 だが香澄が取った行動は二人の意に反し、リビングのソファーで団欒を楽しむハリソン夫妻へ話しかける。

「お話中すみません。ケビン、フローラ……ちょっとお聞きしたいことが」

香澄に声をかけられて、フローラは“どうしたの、香澄”と優しく問い返す。

「あぁ、心理学のお勉強の件ね? 悪いけど今日はもう遅いから、明日にしてくれる?」

「い、いえ。今回は違います」

「そうなの? だとすると……何かしら?」


 珍しく香澄が真剣な顔を見せたので、“何かしら?”とフローラは彼女の目をじっと見つめる。だが彼女の横にいたケビンは、香澄の微妙な心の変化を見逃さなかった。香澄の異変に気付いたケビンはとっさに気を利かせ、何も言わずに彼女をリビングのソファーへ誘導する。

「ありがとうございます。では失礼します……」

フローラと同じ疑問を抱きつつも、マーガレットとジェニファーも同じように座る。

 一方で少し長くなる話だと直感したケビンは、“紅茶を淹れるから待ってね”と言い、席を立つ。何も言わずに彼の後ろ姿を見送る香澄。一方のマーガレットとジェニファーは“何かしら?”と思いながら、香澄の顔をじっと覗いていた。

「どうしたの、香澄? いつになく真面目な顔だよ。ケビンとフローラに進路相談でもするの?」

「……メグ。お願いだから、少し黙っていて」


 ポットにお湯を沸かしてから数分が経ち、“ピュー”という音が聞こえ、ハリソン教授は人数分のコップと茶葉を用意する。そして先に茶葉をカップの底に入れてから、湧いたばかりの熱湯を注ぐ。出来たての紅茶をトレイに置き、それを香澄たちが待つテーブル席へ順番に並べていく。一言お礼を言ってから紅茶を口にすると、ケビンがゆっくりと口を開く。

「……さてと、カスミ。僕の勘だと、何か大切な話があるみたいだね」


 普段は温厚で、どこか抜けているという印象が強いケビン。だがその一方で冷静かつ客観的な視点で、物事を把握する能力も持っている。香澄たちには持ちえない洞察力とも呼べ、これも人生経験が関係しているのか?

「単刀直入に伺います。について、お二人は何か知っていることはありませんか?」

 

 トーマスとレイクビュー墓地の関係について――その言葉はケビンとフローラの動揺を誘う。その証拠として、ケビンのマグカップの手の動きが一瞬止まる。そしてそれを聞いたフローラも目を見開きながらも、“どうしてそんなことを聞くの?”と尋ねた。

「さっきトムの部屋にお邪魔した時に、レイクビュー墓地のパンフレットがあったんです。……そしてあの子が帰って来た時に汗の臭いがしませんでした。それで私は、“何らかの理由で彼はレイクビュー墓地へ行った”と私は思っています」

「ちょ、ちょっと待ってよ、香澄。あれはトムがレイクビュー墓地に眠る、偉人のお墓参りって言っていたじゃない!?」

「でもね、メグ。そう考えると、あの子が嘘をついてまで私たちに隠したことの説明がつかないのよ。……ケビン、フローラ。トムとレイクビュー墓地の関係について、知っていることがあれば教えてください!」

「カスミ……」

香澄はこれまでのトーマスの言動や行動から、彼が何らかの重要な秘密を隠しているのではとハリソン夫妻へ相談する。


 一方でトーマスが取った不審な行動の理由について、ハリソン夫妻はその事情を知っている様子。いつになく真剣な眼差しを見せるため、ため息を一つもらしつつも真相を打ち明けることにした。

「……まさか私の教え子に、こんな優秀な名探偵がいるとは思わなかったわ」

「やはり何か事情を知っているんですね、フローラ?」

「本当はもう少し後になってから、三人へ話そうと思っていたんだよ。……けれど、さすがカスミだね。そして一度疑い始めると、真実を知るまで追究を止めない……そのなどは両親譲りかな?」


 香澄の優れた洞察力や観察力を称賛しつつも、ハリソン夫妻は彼女たちにトーマスの過去について語り始める。

「君たちにはトムの病気の原因について、前にも話したと思うけど……発症原因は覚えているかな?」

「えぇ、もちろんです。したとお聞きしましたが……も、もしかして!?」


 勘の鋭い香澄はケビンがすべてを語る前に、トーマスとレイクビュー墓地の関係を先に理解してしまう。だがマーガレットとジェニファーには何のことが分からず、ハリソン夫妻に説明を求める。するとそれまで貝のように口を閉ざしていたフローラが、そっと真相を語る。

「実はね……ワシントン大学の南にあるレイクビュー墓地は、トムのご両親が眠っている場所なのよ。だからあの子にとってレイクビュー墓地は……家族に会うことが出来る特別で……神聖な場所でもあるの」


 そして昔から交流があったことを語り出し、“今でも数ヶ月に一度彼らのお墓参りに行っているのよ”ことを話す。

「私とフローラはトムが生まれる前から彼の両親、つまりサンフィールド家と交流があってね。今でも数ヶ月に一回、お墓参りに行っているんだよ。……君たちも時間がある時でいいから、お墓参りに行ってくれるかな?」

「え、えぇ。それは構いませんが……」

「ありがとう。とにかくこの一件については、僕とフローラに任せてくれ。だから三人は今後、トムの心をあまり刺激しないように注意してね」

「はい、分かりました」


 ハリソン夫妻から驚愕の事情を知った香澄たちは、トーマスの悲しすぎる過去を聞き唖然とする。最近明るい兆しを見せていたトーマス。

 だが“自分たちの母校の近くにサンフィールド家の両親のお墓がある”とは夢にも思っていなかった香澄たち。そんな重くつらい真実があるとは知らず、香澄たちはすぐに、“あぁ……トムの前で、なんて軽率な発言をしてしまったの!?”と自分たちが口走った軽率な発言を後悔している。


 香澄たちは“トムの心の傷を癒すばかりか、逆に傷口に塩を塗ってしまったのね”と、自分たちの軽率な行いをただ嘆くばかり。

「ねぇ、香澄。ジェン。どうしよう、今回の一件。ケビンは“心配しなくてもいい”って言っていたけど、トムを怒らせてしまったわよね。きっと」

「私、思うんですけど……ケビンとフローラにすべてお話した方が良いと思います。彼らならきっと力になってくれるかと」

「でもね、ジェン。そんなことまで話したら、多分私たちまで怒られるよ!? ここは私だけの力で解決するっていうのも、一つの方法じゃないかしら?」


 マーガレットはジェニファーに自分たちの力で解決すべきだと、これ以上ハリソン夫妻を心配させるべきではないと進言する。一方でジェニファーも、“トムを良く知る彼らの力を借りるべきよ”と、彼女に意見に真向から反論する。


 二人の意見は一向に平行線をたどってしまう中で、香澄にどうすべきか意見を求める。

「このままではらちがあかないわ。あなたはどう思っているの、香澄?」

「メグの言うことも分かるけど、ここはやはりトムをよく知る二人へ相談すべきよ。だから私はジェニーの意見に賛成よ」

「そう……あなたがそう言うのなら、そっちの方がいいのかもね。分かったわ、ケビンとフローラへもう一度相談しましょう」

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