些細な誤解
ワシントン州 トーマスの部屋 二〇一二年八月九日 午後一〇時〇〇分
少し遅い夕食を終えた後、香澄はマーガレットとジェニファーと三人で、トーマスへ贈るプレゼントについて、彼女の部屋で話し合う。その結果、彼女たちが各個人でトーマスへプレゼントを贈ることになった。
だが夜の一〇時〇〇分ということもあり、彼女たちは“ひょっとしたら、トム君はもう寝ているかもしれないわ”と思っていた。“その時はそれでもいいわ”と思いつつ、いつものように“コンコン”と優しくノックする。
すると奥からトーマスの声が聞こえてきたので、香澄は“まだ起きている?”と問いかける。すぐに“どうぞ”という声が聞こえてきたので、“入るわよ”と一言声をかけて入室する。パジャマ姿に着替えており寝支度をしていたことから、“もうすぐ寝る予定だったのね”と香澄たちは思う。
「あっ、これから寝るのね? だったら明日にするわ」
「ううん、まだ大丈夫だよ。それで僕に何か用なの?」
トーマスが大丈夫だと言ってくれたので、香澄たちは彼の部屋で少し話をする。マーガレットとジェニファーは話をしつつ、そしてトーマスもいつもと同じように会話を楽しんでいた。
そんな中で香澄は、トーマスの机の端に置かれている一枚のパンフレットを見つける。遠くから覗きこむと、表紙には【Lake View Cemetery】と書かれていた。
『……これって、ワシントン大学の近くにあるレイクビュー墓地のことよね? でもどうしてトムが、墓地のパンフレットを持っているのかしら?』
香澄がトーマスの思惑を考えると同時に、マーガレットも彼の机から一枚のパンフレットを見つける。“再びトムが何かのイベントに参加するのかしら?”と、どこか心が
「これって、レイクビュー墓地のパンフレットですよね? 一体どうして、トムがこれを持っているの?」
「そ、それは……」
この時トーマスは、“自分の本心は、絶対に知られたくない”という気持ちが先張りし、必死にその場しのぎの作り話を考える。するととっさに気点を利かしたマーガレットは、“もしかして偉人のお墓を見学していたの?”と彼をフォローした。
「もしかしてトム、レイクビュー墓地の偉人のお墓を見学していたの?」
「えっ!? う、うん。まぁ……」
「もぅ、しょうがないな。友達と遊びに行くなんて嘘ついてまで、お墓参りに行くなんて。でもトムもやっぱり男の子なんだね。そっか、こういう可愛い理由だったのね」
完全に偉人のお墓参りと勘違いしてしまったマーガレットは、珍しく動揺しているトーマスをからかい始める。そこで勢いをつけたことをいいことに、さらにトーマスをおちょくる。ここでもまた、マーガレットの悪い癖が出てしまう。
「けれどトムも冷たいな。いくら偉人とは言っても、他人のお墓参りへ嘘ついてまで行くんだから。大学の近くにあるんだから、私たちに一言言ってくれれば一緒に行ってあげたのに。そもそも他人のお墓参りって、私はあまり興味がないけど、香澄とジェンはどう思う?」
マーガレットの“他人のお墓参りには興味がないわ”という発言を聞いた瞬間、トーマスの心のどこかで波風がなびく。事情を知らないとはいえ、自分の両親をバカにされたと思った、トーマスのショックははかりしれない。
「……まぁまぁ、マギー。トムにとって、偉人のお墓参りは嘘ついてまで行かなければならないほど、重要なことだったんですよ」
「逆にあなたはもう少し、故人を弔うという言葉を知った方がいいんじゃない? そんなことばかり言っていると、今に祟りがあるわよ?」
「上等よ。その時は私が悪霊を、みんなの代わりに退治してあげるわ!」
「……私幽霊は苦手だから、その点はあなたに一存するわ。メグ」
などと香澄たちは、何気ない世間話のように盛り上がっている。
しかしトーマスの心境は複雑。悪気はないにしろ、香澄たちが何気なく発した言葉一つ一つがナイフのように深く突き刺さる。同時に香澄たちへ強い敵意という感情が、ここにきて芽生え始める。だがその感情を抑えるため、唇を強くかみしめながらパジャマの袖口を強く握りしめる。
その一方で世間話に夢中になっていたためか、そんな彼の心境を香澄たちは知り得なかった。
「悪いけど、今日はもう疲れたから終わりでいいかな? 続きはまた明日にでも……」
「あっ、もうそんな時間よね。ごめんね、トム。……お休み」
「うん、お休みなさい……」
どこか不機嫌そうな顔をしながらも、トーマスは笑顔を繕いながら香澄たちを部屋の外まで見送った。そして香澄たちが静かにドアを閉めると、トーマスはそのまま勉強机の椅子にもたれかかる。
『いくら事情を知らないからって、あんな言い方ひどいよ。か、香澄たちの……バカ!』
枕を強く抱きしめながら、一人さびしそうに泣くトーマスの姿があった。
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