ハリソン夫妻が提案する解決策とは!?

 ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一二年八月九日 午後一一時〇〇分

 ハリソン夫妻に相談するという結論が出たところで、香澄たちはもう一度リビングへと向かう。“もう自分たちの寝室へ戻ってしまったかもしれない”と思っていた香澄たちだが、ハリソン夫妻はリビングのソファーで何やら真剣な顔をしている。

「ケビンにフローラ。ちょっといい? さっきのお話の続きなんだけど……」


 マーガレットが率先して、一息入れたばかりのハリソン夫妻へ話のきっかけを作る。彼らもどことなく香澄たちが不安そうな表情をしていたので、話の内容について何となく予想がついていた。

「もしかしてメグたちは、を言ったのかな?」

「ど、どうしてそのことを――」

「――お話が終わっても暗い表情のままだったから、何となくそんな気がしたんだよ」


 隠し通そうと彼女たちは思っていたが、どうやらハリソン夫妻にはすべてお見通しだった模様。すぐに香澄たちは謝罪するが、ケビンは気落ちしている彼女たちを必死になだめる。

「いや、君たちは悪くないよ。事情を知らずに言ってしまったのだから、仕方ないよ。むしろ謝らなければならないのは、今まで秘密にしていた僕たちの方かもしれない――悪いね、色々と気を使わせてしまって」

 彼らから怒られるのではと思っていた香澄たちだが、逆にハリソン夫妻の方が謝ってきた。まさかの展開に慌てた彼女たちは、とっさに“二人が謝らないでください”と必死に説き伏せる。


 だが詳しい事情や話の内容が一向に見えず、フローラは香澄たちに“差し支えなければどのような発言をしてしまったのか教えて”と尋ねてきた。

「まさかトムが両親のお墓参りに行っている……なんて夢にも思わなくて。ちょうどレイクビュー墓地の話題が出たので、私はてっきり“あの子が偉人のお墓参りに行っている”と思ったんです。ただその時に、あの子を傷つけるような発言をしてしまったんです」

「……言いづらいと思うけど、メグ。どんな発言をしたか、教えてくれるかしら?」

 

 フローラに優しく説得されたものの、マーガレットとジェニファーは首を振って答えようとはしない。だがそれでは何も解決しないと思い、香澄は二人の反対を押し切って、正直かつありのまま伝える。

 その内容は口にするのも心苦しいもので、さすがのハリソン夫妻たちも顔を少しゆがめてしまう。だが“その原因は自分たちにもある”と思ったのか、ハリソン夫妻は香澄たちの言動について、これ以上追求することはしなかった。

「そうか。いや、つらいことを思い出させてしまったね。……ありがとう、良く話してくれたね」

「……いえ。今までのトムのつらさに比べれば、これくらい大したことありません」

暗く沈んでしまった香澄たちを責めるのではなく、あくまでもフォローするハリソン夫妻。

 

 だが香澄たちが口走った発言は、ハリソン夫妻が思っていた以上につらく残酷なもの。その場でしばらく考え込むケビンとは別に、横にいたフローラは彼女たちへ“あなたたちは、今後どうしたいの?”と問いかける。

「何よりも先に、トムへ謝りたいです……それも早急に。あの子が素直に許してもらえるか分かりませんが」

瞳に涙を浮かべつつ、“この後もしくは明日にでも謝る予定です”とマーガレットは伝える。だがそれを聞いたフローラは、“今すぐ謝るのは効果的ではないわ”と三人を再度なだめる。

「どうしてですか、フローラ? こういう時って、すぐに謝るべきでは……」

ジェニファーは家族や友達と喧嘩をした時などは、実体験も踏まえてすぐに謝るべきだと言う。


 しかしフローラは、“今回のような複雑なケースの場合、手順が少し異なるのよ”とジェニファーを優しく諭す。

「……これがただの喧嘩やトラブルなら、確かにジェニーの言うとおりね。けど事情を知らないとはいえ、あなたたちはトムをひどく傷つけてしまった可能性が高いわ。だから今日明日にそのことを謝ったとしても、多分あの子にはその気持ちは伝わらないと思うの。だから今のあの子の心の中はおそらく、あなたたちに対する憎しみでいっぱいのはずよ」


 一人の臨床心理士として、そして一人の母親として述べるフローラの意見には、香澄たちの出した答え以上に重みがある。そんなフローラが語る言葉の重さに、香澄たちには何も言葉を返すことが出来なかった。


 最初は自分たちが正しいと思っていた香澄たちだったが、ハリソン夫妻が出した答えはまったく異なっていた。正反対の意見が聞けたことで、“やっぱりケビンとフローラへ相談して良かった”と、心の中で安堵あんどする香澄たち。

 話し合いの結果、少し時間を置いてからトーマスへ謝罪することになった香澄たち。だがあまり間を置きすぎるのも問題があり、香澄たちは謝るべきタイミングについても意見を求める。

「そうだね……今日が八月九日だから、二日後から四日後くらいにトムへ謝るのがベストじゃないかな!?」

ケビンは壁にかけてあるカレンダーに目を通しながら、“数日以内が一番良いだろう”と意見を述べた。フローラもまったくの同意見のようで、彼女は香澄たちへ“ここ数日以内の予定はどう?”と質問する。


 香澄たちは“そうですね、ちょっと確認してみますね”と、手帳を見ながら伝える。その中で彼女たちが指定した日時は、もしくはとなる。彼女たちから日程を確認したケビンは、

「一二日か一九日か……難しい問題だね。数日後にするか来週末にするか……フローラはどちらが良いと思う?」

横にいる妻のフローラへ意見を求める。

 基本的にフローラもケビンと同意見だったが、彼女はマーガレットの合宿が始める時期を考慮しつつこう答えた。

「……私は来週の半ばくらいがベストだと思っていたけど、それだとメグが合宿でいないのよね。……だとすると、メグの合宿が始まる前に問題を解決した方がいいと思うわ。悩み事を抱えたままだと、演劇サークルの練習に支障が起きる可能性が高いわ」


 フローラの考えによると、数日後では少し早いかもしれないが逆に時間を置きすぎるのも良くないと語る。そこで彼女はある条件付きで、“八月一二日の午前中にトムへ謝るべきよ”と持ちかける。その条件とは、明日と明後日は今まで通り彼に接し、これ以上警戒心や不信感を与えないようにする。

 そして最も重要なこととして、トーマスや両親を傷つけるような発言はしないこと。“この二点が守れるなら、八月一二日の午前中に謝ることが出来るよう手配する”と、ハリソン夫妻は約束した。


 だがいち早く詳細を知りたいと焦る気持ちが先走り、マーガレットは彼らに詳細を尋ねてみた。

「それは今の段階では、知らない方がいいかな。それから……メグにジェニー。八月一二日にシフトや練習などが入っていたら、悪いけどお休みをもらってくれないかな? もしかしたら……一日中付き合ってもらうことになるかもしれないから」

「分かったわ、ケビン。明日ベナロヤホールへ電話して、支配人にお願いしてみる」

ジェニファーも“分かりました”と言い、予定を開けてくれることを約束する。

「……あっ、香澄は予定とか大丈夫? どうしても抜けられない用事があったら、そっちを優先してもいいわよ」

「いえ、私も大丈夫です。それにこの問題はみんなで解決しないといけないので、私も是非協力させてください」


 香澄もハリソン夫妻の提案やプランに、心から賛同する。それと同時に、マーガレットとジェニファーに気を引き締めるよう、念を押した。

「もちろんよ、香澄。これ以上トムを悲しませるなんて失態は、絶対にしないんだから」

「わ、私も頑張ります。と、ところで……私たちが話しかけてもトムが無視した場合にはどうすれば?」

「そうね、その場合には――」


 フローラは“みんなが数日間困ることがないように”と万が一の場合に備え、トラブルが置いた時の対処法をしっかりと教える。そしてそれでも明日以降分からないことがあれば、“いつでも相談してね”と笑みを浮かべながら言い残す。

「――さぁ、これでこの話は終わりにしようか。今日はもう遅いから、後は私たちに任せて君たちはもう寝なさい。夏休みだからって、あまり夜更かしをしては駄目だよ!?」


 ケビンが“この話はこれで終わり”と打ち切ると、香澄たちはリビングにかけられている壁時計をチラッと確認する。すると時刻は午前〇時〇〇分を指しており、ちょうど一日が入れ替わったばかり。彼らの言う通り、彼女たちはこれ以上遅くならないように、自分の部屋で寝ることにした。

「……それでは私たちはこれで寝ます。ケビンにフローラ、色々とありがとうございます。そして、お休みなさい」

「えぇ、お休みなさい。香澄、メグ、ジェニー」

「あぁ、お休み。……みんな、あまり気を落とさないようにね」

ハリソン夫妻へ挨拶を済ませた後、香澄たちもお互いに挨拶を終え、各自自分たちの部屋へ戻っていく。


 ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一二年八月一〇日 午前一時〇〇分

 皆が寝静まった八月一〇日の午前一時、トーマスは目が覚めふとベッドから起き上がる。そして尿意を催したため、部屋を出て一階にあるトイレへと向かうトーマス。いつものようにトイレで用を足した後に洗面所で手を洗い、その後自分の部屋へ戻る。だがふと部屋の電気を点けた時に、机の置いてある一枚のレイクビュー墓地のパンフレットが映る。

 そこで今日一日の出来事を思い出してしまい、心の中で一言では伝えきれないほどの冷たい孤独や不安といった気持ちが芽生えていく。


 寂しさや切なさを紛らわせようと、トーマスは自分の机にかけられている引き出しの鍵を開け、何度も両親の写真を手にする。当初“パパとママのお墓参りを続ければ、いつかこの気持ちも癒えるかな?”とトーマスは一人思っていた。だがその純粋な気持ちとは裏腹に、亡き愛する両親への想いが一層強くなってしまうばかり。

 そして一度は香澄たちと距離を縮めたかに見えたが、ふとしたことがきっかけで再び心を閉ざしかけてしまう。その結果トーマスは、ハリソン夫妻や香澄たちとも少しずつ距離を取るようになってしまう。

『僕は今後、香澄たちへどんな顔をして接していけばいいんだろう? ……教えてよ、パパ、ママ……』


 夜の闇や月明かりが、トーマスの心の孤独や不安をさらに深く照らす。トーマスは両親が写る写真を抱きながら、一人すすり泣いている……


 そんなトーマスの様子を部屋の外からそっと見守る、一人の女性がいた。彼女も突然喉が渇きを覚え、一階のリビングへ行きお水を飲もうと思っていた。だがその時トーマスが一階から上がってくるのを見たので、とっさに廊下の隅へ身を隠す。

トーマスが自分の部屋に戻ったことを確認すると、後をつけるように彼女も後を追いながら、静かに部屋の様子をうかがう。

 するとちょうど部屋のドアが少し空いていたので、悪いとは思いつつもその女性はドアに耳をあて、そっと会話を盗み聞きしてしまう。普段自分たちには決して見せることのない強い哀しみに打ち浸れ頭を抱え、そして苦悩し続ける少年の姿があった。

『……トム』


 だが今の自分に、トーマスを励ますことは出来ない。むしろ“トムがひそかに苦しむ姿を見なければ良かった”と思えるほど、後ろ髪を引かれる思いとなる。

 そしてトーマスの苦しむ姿に触発されるかのように、気を病んでしまった夜のシルエットが月夜を照らす廊下に浮かび上がる。

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