甘えん坊の少年!?

  ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一二年七月四日 午前九時三〇分

 香澄たちは画面上に表示されている結果発表をしっかりと確認して、何度もトーマスの名前が表示されていることをチェックする。一方で受賞したトーマス本人は、“自分の名前が掲載される”とは夢にも思っておらず、放心状態となっていた……

『う、嘘でしょ!? ま、まさかが選ばれるなんて!』

「か、香澄。まさかとは思ったけど、ほ、本当にトムの作品が入賞したよ!」

「え、えぇ。参加者が二〇〇〇名以上いる中から選ばれたってことは、すごい確率……いえ、トムの力と言うべき?」

「す、すごいなぁ……」

本人も驚いていたが、彼女たちも驚きの色を隠せずにいた。


 今でも信じられないというような顔をしながら、トーマスは自分の一番近くにいるフローラに問いかける。

「ねぇ、フローラ。これって……夢やドッキリじゃないよね?」

数日前にトーマスはあるバラエティー番組を観ており、そこで今注目されているドッキリ計画のことを思い出していた。それと同じではないと不安がっていたが、フローラは“夢ではないわ”と言う。そして祝福の意味を込めて、トーマスの左頬にキスをする。


 それはあまりにも突然のキスだった――とっさに左手を頬に当てるトーマスだが、気持ちが高揚しているのか、続いて彼女は後ろに回り込み彼を優しく抱擁ほうようする。恥ずかしがり屋のトーマスは“離して”と叫ぶが、フローラは微笑みを浮かべている。

「は、離してよ、フローラ。恥ずかしいよ!」

笑顔で“だめよ”と却下すると同時に、“フフフ”といつになく上機嫌な顔をしていた。

「だ~め。これは私からトムへの、祝福の気持ちなんだから」

「……ったくもう」

 だがトーマスはフローラの女性らしい香りや温かさに身を包まれ、言葉では表現出来ない心地よさを感じている。


 特別審査賞を受賞したということもあり、この日ばかりはトーマスもご機嫌。ふとマーガレットと視線が合う。照れくさそうに見つめ合う二人だが、“一つ質問があるの”と彼女は彼に問いかける。

「そういえば、トム。前から聞こうと思っていたんだけど……今回あなたが作った詩のテーマって何? これってやっぱり?」

「メグ、あなたまだそんなことを……」

相変わらず冗談が好きなマーガレットと、冗談を真に受けてしまう香澄。


 一瞬説明するタイミングを失ってしまうトーマスだが、少し間を入れた後、詩を作ったいきさつを語る。

「うん……香澄たちからアドバイスをもらってから、僕なりに色々考えたんだけどね。“実体験や自分が思っていることを、表現した方が良い”と思ったんだ。それで今回は、そしてをテーマにして作ってみたんだよ!」


 トーマスの口から語られたテーマを知り、香澄たちはさらに絶句してしまう。トーマスが語るその説明内容は、誰もが体験するようなことがテーマそのもの。“そんなありふれた日常の中で、良くあれだけの言葉が思いつくわね”と、香澄たちはあっけにとられる。改めてトーマスの表現力や文章力の素晴らしさを知り、香澄たちは驚きを隠せない。


 顔を赤らめつつふと視線を上げると、目の前には香澄たちが微笑んでいる。最初に口を開いたのがマーガレットで、

「トムったら、すっかりフローラに甘えているわ。普段はツンツンしていても、やっぱり子供なのね――その格好と姿、なかなか似合っているわよ?」

フローラがくっついて離れないことを理由にトーマスをからかう。いつものように何か言い返そうと思っていたが、この時ばかりはトーマスもマーガレットへ反論することが出来なかった。

「あら、トム。お顔が赤いですよ? ……今度の症状も花粉症が原因かしら?」

「ち、違うよ。こ、これは……朝飲んだトマトジュースの影響だよ。そうだ、トマトに入っているトマト星人の仕業だよ!」

前回の言い訳以上に内容が幼稚であったため、ジェニファーをはじめ近くで聞いていた香澄たちも笑いをこらえるのが必死。


 一方表向きは嫌がる素振りを見せるものの、フローラの胸に抱かれているその腕は曲がっており、トーマスもまた彼女の体に身を寄せている。むしろトーマスがフローラの胸の中に、顔をうずめているようにも見える。

 以前彼女に抱かれた時には、腕をまっすぐ伸ばしていたことが多い。だが今は腕を丸めており、トーマスなりにフローラを信頼している証なのだろう。


 人間の心の変化や本音というものは、一見すると見分けがつかず分かりづらい。だが時として、ちょっとした仕草や動作に表れることがある。こうしたさりげない仕草の変化も、トーマスの心境の変化によるものなのか?

 

 そんな言い争いをしている中で、香澄は“今回の景品について取りに行く日時を決めましょう”と言う。受け取り場所は彼女たちが日々通っている大学なので、アクセス方法を調べる必要はない。その中でマーガレットが手を上げ、“学園祭に向けた練習をワシントン大学で行うので、私が行くわ!”と言う。

「えっ、そうなんですか? ということはマギー、夏休み中もお芝居の合宿ってあるの?」

「うん。ケビンとフローラには言ってあるけど、八月一三日から一七日まで演劇サークルの合宿だからいないの。だから出来れば、それまでに手続きを済ませて欲しいのだけど……」


 だがフローラは“せっかくのお祝いごとなので、全員一緒に行かない?”と提案する。彼女の話によると、夫のケビンが八月七日の夜に帰宅するとのこと。だからマーガレットの合宿が始まる時期を考慮して、フローラは“みんなで行きましょう”と持ちかける。


 しかしマーガレットは、この日は午後からはアルバイトがあるため、“出来れば午前中にして欲しいわ”と言う。ジェニファーも八月一〇日には予定が入っているので、“その日以外であれば、多分大丈夫です”と言う。そして香澄は“午後は図書館を利用して勉強したい”と述べる。だが午前中であれば今のところ予定がないため、“その時間帯であれば可能です”と伝える。

 彼女たちの意見を考慮したフローラは、八月九日の午前中に“全員でワシントン大学へ行きましょう”と持ちかける。この日であれば全員の都合がつく。むしろ香澄たちは、フローラの提案を断る理由などなかった。


 なお当日の午前中にワシントン大学の事務局へ向かい、そこで手続きを進める予定。通常であれば一時間もあれば終わるが、“万が一のことを考慮して、当日の午前中は予定を空けておいて”とフローラは皆に伝える。


 香澄たちが勝手に話を進めている中、トーマスは相変わらず顔を赤く染めている。同時にトーマスは再度“僕は一人でも大丈夫だよ”と、強く反発する。だが、何か言いにくいことがあるような顔をしている香澄。トーマスは真剣な顔で彼女の顔を覗きこむ。すると香澄は軽く唇を動かしながら、

「――トム、その姿で“僕は一人でも大丈夫”って自信満々で言っても、?」

フローラに抱きしめられているトーマスを見て苦笑いする。

「こ、これは違うよ。フローラが勝手に僕を抱きしめているんだよ!? 僕がフローラに甘えているわけじゃないからね」


 相変わらず不機嫌な顔をするトーマスの視線は、隣のマーガレットと重なる。そこで彼女は“自分の胸を貸しましょうか?”と、トーマスを再度からかうように自分の両手を広げる。ブンブンと首を大きく振りながら、“それは嫌だ”とマーガレットの提案を拒絶した。同時にトーマスは恥ずかしさのあまり、部屋全体に響き渡るほど大きな叫び声を出していた。

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