家族への別れ

  ワシントン州 ハリソン教授の自宅 二〇一四年六月三日 午後一時〇〇分

 楽しかったウッドランド・パーク動物園でのひと時を終えてから、今日で一日が経過……ハリソン夫妻はいつもと同じように、リビングで食事を食べて世間話をするなど何気ない日常を過ごす。そして香澄たちも同様に、各自部屋で勉強をしたり女子トークをするなど様々。

 だが本来なら今日は平日ということもあり、彼らはワシントン大学へ行っているはず。しかしということもあり、彼らは一時的に自宅待機という形を取っている。

 数週間後に卒業式を控えている香澄とマーガレットだが、すでに卒業に必要な単位、および卒論はすでに書き終えている。そして今年で大学四年生となるジェニファーだが、今は六月ということもあり夏休み中。なので実質的にワシントン大学へ用事があるのは、今のところはハリソン夫妻とマーガレットだけ。

 そしてトーマスをワシントン大学・メディカルセンターへ緊急入院させるための措置についても、これはあくまでも彼らなりの配慮と優しさによるもの。


 一方で“自分を強制入院させる”と思いこんでいるトーマスにとって、香澄たちが家にいることは苦痛でしかない。一種の脅迫概念に駆られている今の心境では、彼らの願いが真正面から受け止めるだけの余裕がないのか?

 翌日 自分がワシントン大学へ入院させられると知っているトーマスは、自分の部屋で何か身支度をしている。

「必要な道具もすべて入れたし、懐中電灯もある。……お財布の中にも、しっかりとお金が入っているよ」

時折バッグの中を再確認するなかで、トーマスはある物を忘れていた。

「あっ、いけない。を、まだ入れてなかったよ」

 そう言って彼が手に取ったのは、自分の亡き両親リースとソフィーに買ってもらった、ラッコのキーホルダーとくまのぬいぐるみ。そして写真立てに飾ってあった亡き両親が写る集合写真を、自分のお財布へ入れるトーマス。


 一通りの身支度を終えたトーマスの心は、すでに迷いはなかった。また今は日中ということもあり、堂々と正面玄関から外出することも可能。そのことも計算に入れた上で、今日のためにトーマスは色々と計画を練っていた。

『うん、ここまでは順調だね。……よし、行くよ』

 もう“香澄たちと会うことはないだろう”と心に秘めながらも、リビングにいるハリソン夫妻に外出することを告げるトーマス。そのためトーマスが外出すると聞いた時、彼らの脳裏や心の中でどこか嫌な予感は感じていた。

「そう、今日はどこへ行くの? 帰りは何時ぐらいになりそう?」

「うん、ちょっと近くまで……ね。多分帰りはいつもと同じくらいかな? ……それじゃ行ってくるね」

「えぇ、行ってらっしゃい」

お互いに心理戦を繰り広げながらも、相手の様子をうかがっている。そしてその緊張感には、どこかただならぬ空気が漂っている……


 何の問題もなく家を出た瞬間、トーマスの顔は、いつになく勝利の余韻を味わうような喜びに満ち溢れている。

「これでもうよ。……待っててね、パパ、ママ!」

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