乱入
――なんか出るタイミングなくしたんだけど……?
目の前で何やらシリアスっぽいやり取りをしている、『燦華』の3人と謎の男を見て、僕はそんな事を察した。
いや、さっきから僕もここにいたし、あのヒョロヒョロの病弱そうな感じの男がコソコソしていたのも、天井に
ただの変態か何かなのかなって思って放置していたんだよね。
たまにいるし、ほら、変態って春になって暖かくなると出てくるって言うし。
今は梅雨だけど。
それにしても、『
というか、僕が倒してから隠れて入ってきたって事は、つまり僕を利用したってこと?
ちょっとムカつくから蹴りたい。
ともかく、あの変態さん、ストーカーか何かだと思う。
ほら、『燦華』のメンバーって美人系、可愛い系な感じで顔も整っているものだから。
そういうのの過剰な追っかけって出そうだし。
ネットニュースに載るぐらいには有名らしいし、あの3人。
見た目と若さで人気があるんでしょ。知らんけど。
「さて、
「――ッ、あなた、そんな真似をしたらどうなるか分かっているの!?」
「えぇ、もちろんですとも。ふふふ、ですが、何も問題はありませんねぇ。むしろ好都合とも言えますとも。何せ、魔物を操れるという証明として、あなた方ほど利用価値の高い獲物はそうそういませんからねぇ」
利用価値、ねぇ。
いや、ここで殺しちゃったら宣伝も何もないと思うけど。
あの変態さん、やっぱりちょっと頭おかしいのかな。
さっきもコソコソ動いてた時に一人で転びそうになってたし、なんかちょっと残念な人なんだと思う。
「――さあ、行きなさいっ! ワタクシの可愛いペットよ!」
変態さんが叫んで右手を振りつつ、左手をポケットの中で動かした。
同時に、首に嵌められた機械チックな首輪が光り、
苛立ち、怒りを込めたそれはビリビリと大気を揺らし、そんな咆哮が途切れると同時に大地を蹴り、飛び出した。
「――な……ッ!? うぐ……っ!」
「紗希!?」
先手、
紗希と呼ばれた女性は反応が間に合わずにギリギリで太刀を構えて防御したものの、超重量級の巨躯、ギチギチに詰まった筋肉の化身みたいな
どうやら『燦華』の面々も他の探索者たちと同じように、身体強化を施すのが下手というか、遅いらしい。
魔力を練り上げて体内を循環させれば、あれぐらいの体当たりなら抑えられるというのに、その反応も遅いし、循環も下手すぎる。あれじゃあ下層でしばらく停滞するだろうなぁ。
あの練度じゃ深層にも辿り着けないだろうし。
「夏純、紗希の回復を! 時間は私が稼ぐッ!」
「わ、分かったわ!」
「ふひっ、ひははははっ! いつまで耐えられますかねぇ!? 遊んであげなさい、ワタクシのペットよ!」
再び、変態さんが左手をポケットの中に入れたまま何かを操作して、それに呼応するように
明らかにあのポケットの中に何かがあるって分かるんだし、『燦華』の面々もそっちに攻撃を絞ればいいのに。
目の前の
正直、魔物を使役する技術なんて僕も聞いたことはない。
十中八九あの変態さんを縛り上げて左ポケットをまさぐれば種も割れると思うのだけれど……やる余裕は彼女たちにはないらしい。
うーん、助けた方がいいのかな。
でも、僕ってば『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』になりたいのであって、決して正義の味方になったり、女の人を助けてチヤホヤされたり懐かれたりしたい訳じゃないんだよね。
ダンジョンで戦う事を選んでいる以上、全ては自己責任だ。
強者は生き残り、敗者はその命を捨てることになる。
そこに綺麗とか汚いとか、正義とか悪とかなんてものを諳んじたところで、なんの意味もない。
気にする人は気にするかもしれないけれど、少なくとも、僕にとっては強者こそが絶対でしかない。
だから、変態さんが魔物を使役してあの3人を殺したとしても、僕としては「変態さんが強者だった、ただそれだけの事」としか思わない。
それが魔物の使役というイレギュラーな手法であったとしても、それもまた知恵や武器が違っただけの話だ。
もちろん、僕だって人殺しは良くないとは思っているけれど、悲しいかな、ダンジョン内で人同士の殺し合いというものは、証拠が見つからない以上は事故として処理される。
だから、ここで彼女らが殺されてしまったところで、ダンジョンにいる以上、ありふれた悲しい事故として処理される。
ありふれた悲劇ではあるかもしれないけれど、僕には関係のない話だ。
――――でもさぁ、それって僕があの3人を目当てに今日ここに来たのが、無駄足になるってこと、なんだよね。
僕の力を利用して潜んでおいて、さらには僕がわざわざここに来たのに、それさえも徒労に終わらせる?
あの変態さんのせいで?
それは、ちょっと
だって修行パートをようやく終わらせて、さぁこれからだって時に、こんな変態に邪魔されるなんて気に喰わない。
……やっぱあの変態さん、ぶっ飛ばそうかな。
それに、僕がもしここで彼女たちを助けて、彼女たちが「『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』に助けてもらった!」って周りに言ってくれれば、割と僕の存在がじわじわと広まりやすくなったりするのではなかろうか。
……む、悪くないのでは?
燐と呼ばれる女性が
「ぐ、あぁ……っ!?」
燐さんの双剣が
その光景を見ていた変態さんが醜悪な笑みを浮かべる。
そんな光景を見ながらも、僕はいそいそと【変装】のアビリティを持つ腕輪に魔力を込めて、機能をオンにする。
ただそれだけで、黒目黒髪の普通な見た目の僕の黒髪の先端が赤く染まり、瞳の色も赤みがかった金色に変わるのだ。
さらに続いて、下層の先、深層を超えて更にその先に広がる奈落にて倒した死神っぽい魔物がドロップした、『魂狩の衣』という、一見ボロボロの黒い外套を羽織る。
ちなみにこれ、『
不思議だよね。
あんな死神みたいな黒い塊が着ていたから、てっきり埃臭かったり腐臭とかしそうだなって思ったら、無臭なんだもの。一応天日干ししたけどさ。
まあそんなものに続いて、今度は同様に奈落にいた羊頭の悪魔っぽい魔物がドロップした禍々しく黒い靄を放つ大鎌を影の中から取り出す。
無駄に禍々しくていい感じ。
なんかこう、つよそう。
そうして準備を整えて――【隠形】のアビリティを解除して魔力を一気に放出した。
可視化する程の濃密な魔力が、封を切ったかのように吹き出て、暴れ回る。
魔力の奔流は、その密度が高ければ高いほどに可視化し、弱い存在にとってはそれだけで強烈な殺気に包まれたような重圧を受ける事になる。
もちろん、これを垂れ流しにするなんて威圧行為でしかないから、滅多に使うことなんてなかったけれども、「ここにいるよ、こっち見て!」というアピールには充分だ。
「さあ、殺してしまい――……ひッ!?」
「……ぁ、ぁぁ……」
僕の姿に気がついたらしい、『燦華』と変態さん、そして、
全員の視線を浴びながら、僕はふっと一歩踏み出すように見せておきつつ、彼ら彼女らに認識できないであろう速度で
唖然として言葉を失ったらしい燐さんに背中を向けたまま、
……デカいね、無駄に。
僕が立って手を伸ばしてもお腹にしか届かないんだけど??
僕が小さいからって喧嘩売ってる? 買うよ?
見下してんじゃないよ。
おっと、そうじゃなかった。
とりあえず何かこう、いい感じのセリフを……。
……なんも考えてなかったや。
え、どうしよ。
予想外な騒動が起こったせいで、シミュレーションなんて何もしてないんだけど??
……あー、このデカブツが操られてるっぽいし、それを指摘する感じをミステリアス風味で言えばいいかな?
「――可哀想に。魔物としての誇りを穢された、哀れな鬼。お前はもう、戻れそうにないね」
首輪を見て、告げる。
知らんけど、と心の中で付け足して。
なんなら首の装置を外すか何かすれば普通に使役が解除できるんじゃないかな、って思ったりもしたんだけどね。
近くで見たら、首輪の内側から何かが寄生したみたいに首に根が張っている。意外とグロいな、これ。
どう見ても外したら死にそう。
まあ、これを解除したところで恩なんてものを感じない魔物が相手だ。
すぐにこっちを襲ってくるだけだから、そもそも助ける気なんてないけど。
だから、大鎌で縦に一閃。
その身体を斬り裂いて、大鎌の柄を肩にかける。
遅れて
その先にいる変態さんと目が合った。
「……キミだね。誇りを愚弄するような、悪趣味な玩具をつけたのは、さ」
なんとなく盛り上がりそうな感じだから、その場のノリで言葉を紡ぐ。
……いや、なんか喋りなよ。
恥ずかしいじゃん、僕が滑ったみたいでさぁ。
何を目をかっ開いてこっち見てんのさ。
はよコメント。
……なんか沈黙が恥ずかしくなってきた。
けど、いまさら「失礼しました~」って引き下がる訳にもいかないし、もう止まれない……!
ここは再び魔力を一気に放出して、勢いで誤魔化してやる!
「――……ほら、答えなよ。じゃないと、殺すよ?」
やけっぱちの笑顔を浮かべつつ、僕は改めてコメントを求めて告げる。
これ以上の沈黙は僕のハートが傷つくんだから、察して?
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