道化師公演 Ⅱ




《――さて、じゃあ【勇者】と【魔王】について説明させてもらうねー。キミたちの言うところ、『天の声』さんからすでに話は少しだけ聞いたと思うんだけど、キミたちが知っているのは、この【勇者】と【魔王】は要するに、【魔王】が専用ダンジョンを作って防衛して、【勇者】がいるパーティがそれを踏破するってことになる、ってところだよね?》


:そうそう

:あ、勇者がいればいいの? 勇者ソロじゃなくていいならよかた

:お願いします! 息子を治してください!

:魔王専用ダンジョンってどこにできるんだろう?

:今までの特区に指定されているところが変わったりとかしてくれない?

:さすがにいきなり目の前にダンジョンできたら困るんだよなぁ


《いやいや、新しいダンジョンは今までのダンジョンとは別だよ! 今あるところを再利用なんてしないからねー。良かったね、新しい遊び場ができるよ!》


:それ安心じゃねぇのよ!?

:マジかよ

:特区のダンジョンでいいと思います!

:すぐ動けるように荷物捨てとくか……

:場合によっては引っ越しだなー

:新しい特区できるまで油断できないな

:お願いします! 息子をどうか! 悪気はなかったんです!


《――ぷふっ、あっははははははっ! ダメだ、我慢できないや! ひぃーっ、お腹痛くなっちゃうよ!》



 この放送を見つめていた養成校の教師である水都と、そんな水都に最近付きっきりで訓練を受けており、訓練を切り上げて水都と共に放送を観ていた御神の二人は、突然大声をあげて笑い出した道化師の姿を見て眉をひそめた。


 特に何かおかしなところはなかったはずだ――と、そう思ったところで道化師がカメラへと顔を向けて肩をすくめてみせた。



《あー、もー。おっかしー。どいつもこいつもバカなこと言ってるよねー。どこの国もどこの人間種も、引っ越しだとか特区とやらに出してほしいとかさ。ボクらがキミらの都合を考える訳ないじゃん。それで魔物に襲われてキミらが死ぬとしても、それはキミらが戦わないという愚かな選択をしただけ。いつまで仮初の平和に浸っているんだい? 生きたければ、守りたければ戦えばいい。愚かにも逃げ場がなくなるまでひたすらに怯えて逃げたって、何も変わりはしない。でも、それを選ぶのはボクじゃあない、キミたちだ。もしもどっちもできないよう、怖いようって言うなら、今、ボクが、キミたちを終わらせてあげてもいいんだけど? それに、家族を助けてください? あははっ、じゃあ一人ぼっちは可哀想だから、キミも家族として一緒に正気を失ってみるといいよ。良かったね、一人じゃないよ。ってことでさよーならー!》


:ひぇ

:すみませんすみません

:なんていうか、自分勝手なコメント多かったからなぁ……

:ダンジョンは自分には関係ない、みたいな連中が多いのは事実だろ

:俺探索者養成校出身の探索者だけど、正直ちょっとスカッとする

:不謹慎だろ

:これだから探索者は

:温度差あるからな、一般人と探索者は

:ほら、そういうとこやぞww


「――生きたければ、守りたければ戦え、か。正直に言えば、私もこのフザけた道化師に同意だな」


「……私は、なんとも言えません。一般人にとってダンジョンが遠い存在であるのもまた事実ですから。コメントを打っているであろう一般人が、軽い気持ちで逃げること、避難することを選んだのも、分からなくはないです」



 特区で育ち、ダンジョンという環境で生き抜いてきた水都。

 物心ついて、外の常識を理解しており、かつ特区に順応してみせた御神。


 探索者にとってはすでに日常であるもの。

 一般人にとっては危険で、遠ざけたいもの。


 その二人の感想は、まさにこの世界の在り方を、意識の違いを浮き彫りにさせるような会話のようであった。


 そんな会話など聞こえていない道化師が、改めて続けた。



《さて、コメントもだいぶ落ち着いたみたいだし続きだねー。まず、【勇者】と【魔王】が何人ずついるかについてだけど、正直これは『複数ずつそれなりに存在しているし、減りもすれば増えもする』んだよねー。だから、今いる人数をボクが語っても意味がないと思うんだけどー、今のところ、世界で【勇者】は4人、【魔王】は17人だね! つまり、全世界でとりあえず17のダンジョンがすぐに生まれるってことだねー》


:え

:ちょ、勇者すくな!?

:めっちゃ不利じゃん……!

:バランス悪すぎない!?

:人数調整して!


《あっははははっ! 言っておくけどさー、これ、ボクらは調整とか一切してないからねー? 単純な話だよ。実は【勇者】と【魔王】って、今回は厳しく位階Ⅹに届いた人たちだけを対象にしてるんだよねー。次回からはもう少し下げるけどさ。で、その人たちの考え、理想、あるいは願いに応じてどちらかに割り振られるって形になるんだよねー。――つまり、要するにキミらを、『人間種を守りたい』って思った実力者が、それだけ少ないってことなんだー。あはははっ、ねぇねぇ、自業自得って知ってる? キミらがこうなるような世界にしたんだよ?》



 その言葉に、コメントの流れが止まる。



「……そういうことか。探索者は今、どの国でもこの国と同じような扱いを受けている。そうして強くなった者たちが、美辞麗句を並べて人間を守りたいだとか、そんな思想を持つ者の方が珍しい。それどころか、周りを恨んでいるような者だって珍しくはないだろう」


「だから【魔王】の方が圧倒的に多くなった、という訳ですね……」


「あぁ、そうだ。もっとも、【勇者】が本当にそんな綺麗な考えかも分からんが。他人にちやほやされたい、異性にモテたい。贅沢をしたい、特別扱いを受けたい。そんな下心があって人間の味方をしたがるような輩もいるかもしれんしな」


:フザけんなよ、探索者! 贅沢してんだから人間守れよな!

:国の政策が思いっきりミスってたってことじゃん

:税金で優遇されてんだから役目果たせよ、探索者!

:俺探索者だけど、贅沢なんてしてねーよ

:俺も探索者。優遇とかなにそれ?

:義務と借金まみれになりたくねぇから仕方なく潜ってるだけ

:正直、人間を守りたいとは思わねーし

:フザけんな! 優遇された恩恵だけ受けて知らんぷりしてんじゃねーよ!

:だから優遇ってなんの話だよ。俺らは探索者にならなきゃ生きることも難しいんだぞ?

:ちょっと待った。なんかおかしくね?

:探索者たちは最先端の教育を受けてる戦闘のプロだろ?

:は? なにそれ

:生まれた時から特区にいて、探索者にならなきゃバカみたいな金を国に返さなくちゃいけない俺らが贅沢してるとか優遇してるとか意味わからんが

:え

:ちょっと待って、ねえ待って?

:これはなんか色々ヤバくね……?



 一瞬止まっていたコメント欄は、徐々に阿鼻叫喚といった様相を呈していく。

 このコメントの流れから、国が隠し通そうとしてきた後ろ暗い部分に気付いた者が、一体どれだけいるのか。

 水都は己が養成校の教員という立場として、明日から生徒たちがどのような態度、対応をしてくるのかと考えると、頭が痛くなると言わんばかりに眉間を揉んで嘆息した。


 一方で画面の中の道化師は、まるでこれもショーの一環だと言わんばかりに静観し、それどころかカメラに背を向けて飲み物でも飲んで一息ついていたようで、いそいそとコップを下げて画面の中へと戻ってきた。



《――はーい、なんか人間種社会の闇みたいなのが暴かれちゃった気がしなくもないけど、ボクには関係ないからコメント機能切りまーっす。ぷぷぷ、あとは人間種同士でやってねー。政治家さんたち、がんばってねー!》


「……やられたな」


「やられた、とは?」


「そもそもコメントをオンにしていたことそのものが、人間に対する一種の選定と、この流れを招くためのものだった可能性がある」


「な……ッ!?」


「フザけた態度を取ってこそいるが、あくまでもそれは道化師としての役割、というところか。おかげで明日からはこれまで保ってきた秩序すら崩壊しかねんぞ。それも含めての狙い、というところだろうが……やれやれ」



 してられた、という感想では足りない。

 それこそ、『完全に手玉に取られた』と表現するのが相応しい。


 そもそも『コメントを打ち込むことができ、かつそれを読み上げられる』というのは『D-LIVE』を含めた様々な配信コンテンツに用いられている仕様だ。

 本来これは、配信者という発信者に対し、視聴者という受信者側からコミュニケーション、会話を成り立たせるためのもの。


 だが、あの道化師は全く異なる使い方をしたのだ。


 ――最初のフザけた態度は、『選別と警告』を目的としていたもの。


 その気になれば、いつでも自分は手を下せるのだという、分かりやすい程のアピール。

 その結果として人間がどれだけ命を落とそうとも、道化師やその上位の存在と思しき『天の声』は微塵も気にしてないのだということに、釘を刺すことも含めたもの。

 つまりそれは、人間にとって今回の【勇者】と【魔王】のシステムがどれだけ厳しいものであろうと、どれだけの数の犠牲者が出ようと、救いを与えるつもりはないという、遠回しな警告も意味していると言える。


 ――そして今度は、『人間社会に不和と混乱』を齎した。


 人間社会が隠してきた、砂上の楼閣と言える平和の形。

 その形を、全世界の人間が観ているであろうこの放送の中で【勇者】と【魔王】の人数比率とその選定理由という名の一石を投じ、あっさりと罅を入れた。


 もはやここからはどう取り繕うこともできない。

 この配信を観て違和感に気が付いた者、発信する手段を手にした探索者たちが次々に自分たちの現実を訴えるだろう。

 そうして探索者たちもまた、一般人らが受けてきた教育が、報道が、何を語っていたのかを知る事になるだろう。


 探索者らが持つ国から支給されているスマホやタブレット端末は、そもそも取得できる情報に制限がかかっている。

 そうやって徹底的に遮断し、隔離してきた様々な情報についての言及が及べば、探索者らはもちろん、一般人らからも騙すような教育をしてきた国のやり口にも言及が及ぶことは自明の理だ。


 もはやこの砂上の楼閣は、抗うことすらできずに決壊する未来しか見えなかった。


 そうして訪れるものは、ダンジョンという目に見える危機だけではない。

 真実が今、このタイミングで、全世界の人間が観ている配信で暴かれてしまった以上、対ダンジョンだけではなく人間同士の争いも引き起こされる可能性が高い。


 為政者と探索者の間にある深い溝。

 そんな為政者に騙された一般人もまた声高に批難の声をあげる。

 だが、そんな一般人と探索者の間にも溝が生まれているのだから。



「……これは、荒れるぞ……」






 ◆






「はいっ、では気を取り直して、人間種諸君の未来の英雄である【勇者】がダンジョンを攻略したら、3年間の近隣ダンジョンの『魔物氾濫』の停止と、ダンジョン資源のグレードアップ! これは【魔王】ダンジョンが攻略された、半径300キロ圏内のみ適応だね!」



 一方で、そんな道化師である颯のやり口、その手腕を目の当たりにして、ラトは己の身体を掻き抱きながら、頬を紅く染めて口元をだらしなく緩めていた。




 ――――今回の配信について、ラトは何も助言していない・・・・・・・・・

 これらは全て颯の発案・・・・・・によって行われ、颯が魔力を通してボールを投げ込んでみせたりと、たった一人でそれを成しているのだ。


 配信を真似たコメントによる仕掛け・・・も。

 最初のちょっとした一人芝居も、その筋書きは全て、颯が一人で描いて演じてみせたシナリオだ。


 唯一、配信に対して暴言を吐いた者に対する処置に対してだけはニグが干渉して手伝ってこそいるが、そもそもその案を立てたのもまた颯である。



「ダンジョンの資源は、人間種諸君が勝利を収めてから確認するといいよ。ま、それができればだけどねー、ぷぷぷ。【魔王】のダンジョンについては、この配信が終わると同時に世界中に出現するから、楽しみにしていてね。あ、ちゃんと分かるように【魔王】ダンジョンは巨大な門がどーんって出てくるから、多分見つけやすいんじゃないかな?」



 両手をぐるっと回して大きさを表現しながら、颯はわざわざコミカルな動きでぴょんぴょんとその場に飛び跳ねて門が大きい事をアピールする。


 もっとも、配信が終わった瞬間にダンジョンが出現すると聞いて、ダンジョン庁の崎根は思わず咥えていた煙草を力なく落としてしまったりだの、探索者ギルドの時野はふらっと気が遠くなるような気分で倒れかけたりと、それらに関係するような者たちにとっては死刑宣告を受けたような気分であったりもするため、そのコミカルさがかえって憎らしくも思えたりもするのだが。


 そうした説明を耳にしながらも、ラトはニグと思念のやり取りを行っていた。



《――どうです、ラト。アレ・・が、投げやりにならず、真剣になった颯という存在です》


《……ニグ、あなたは颯があそこまでの策を立てられる知恵の持ち主であることを、知っていたの?》


《いいえ、あのように策を完全に巡らせ、実践する姿を見たのは初めてですよ》


《だったら、あなただってもうちょっと驚いているはずでしょう?》



 ラトの言う通り、ニグの思念からは驚きなどは一切感じられず、むしろ自慢げなものにすら感じられた。故に、なんらかの形で見たことはあったのだろうと考えたラトの問いではあったのだが、しかしニグは見たことがないという。


 どういうことかと訊ねたラトに返ってきたのは、至極もっともな意見であった。




《――そもそも人間種程度の肉体強度で、奈落以降の踏破が戦闘における力だけで成せると思いますか?》




 ニグからの答え、それはラトにとっても盲点であった。


 戦いの実力は、なるほど、確かに颯のそれはずば抜けている。

 だがしかし、それはあくまでもの話である。


 ――颯は人間の段階で深淵を踏破していた。

 それがいつ・・なのか、どうやって・・・・・なのか、ラトは知らないのだ。




《――あの子は、常に狡猾で冷徹・・・・・でしたよ、ラト。思考を巡らせ、常に格上に挑み続ける。正面からが無理なら策を練り、トライアンドエラーを蓄積させる。結果として針穴に糸を通すような精度を求められるものであっても、それを実践し、戦い続け、踏み越え続けてきて、そうして深淵を半年前に完全踏破しました》


《……あの子が、狡猾……?》


《ふふ、意外でしょう。あなたは今の――いいえ、目を覚ます前までの颯しか知らないでしょうけれど、私とヨグは、あの子が深層を突破してきた時からずっと見ていましたから、よくよく理解しています。だからこそあの子の態度に対し、甘い言い方しかしなかったのですが……結果として、その頃の颯を知らないラトのおかげでどうにかなりましたね》


《……知ってたならそこも共有しなさいよ。てっきり私、あの子のこと実力はあるけれど頭が残念かと思ってたわよ》


《ふふふ、甘いですね、ラト。そもそも、あなただって感じ取っていたはず・・・・・・・・・ですよ。あの子の本気を見た時の、あの鋭い殺気を、研ぎ澄ました一撃を。そしてあなたにすら迫ってみせた、戦いの組み立て方を。頭が残念というのであれば、そもそもそこまでの戦い方を組み立てられない。違いますか?》



 思わず、ラトの目が丸くなる。


 確かにそうだ。

 先日行った颯との模擬戦の中で見せた、適応能力。

 はたしてラトが思うような、『頭が残念』な類の存在が、そもそもそのような適応力を発揮できるはずはないではないか、とラトは今更ながらに思い知る。



《……ま、さか……》


《はい。あの子の適応能力の高さは、そもそもの地頭の良さが関係しているのです。あなたという知恵の出どころ、その考え方、策の立て方というものを見て、話して、吸収した・・・・。その結果が、人間社会への警告、そして不和と混乱によって亀裂を走らせるという今を生み出したのです》


《……あはっ、面白い子。ホント、可愛がり甲斐のある子ね》




「――という訳で、人間種諸君! せいぜい足掻いて頑張るといいよ!」




 驚愕するラトを他所に、ついに配信は終わりを迎えた。

 そして同時に、世界各地に【魔王】ダンジョンが現れたのであった。






◆――――おまけ――――◆


ヨグ「(๑• ̀д•́ )✧+°ドヤッ」

ニグ「まあ気持ちは分かりますけどね、今回ばかりは」

ヨグ「o(`・ω´・+o) ドヤァ…!」

ニグ「…………」

ヨグ「٩(๑•̀ω•́๑)۶ドヤッ」

ニグ「いい加減くどいですよっ!?」




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