秩序崩壊




「――クソがッ! 止まらねぇッ!」


「魔王のダンジョンは『魔物氾濫』が常態化するなんて、聞いてねぇぞッ!」



 世界各地に姿を現した巨大な門は、まるで地獄に通じる扉のようなおどろしい骨の集合体を思わせるような意匠が凝らされていた。

 その扉を発見した数時間後、世界各地の門の幾つかが開き、妖しく紫がかった輝きを放つダンジョン入口のポータルから次々と魔物が飛び出してきたのである。


 アメリカ、ニューヨークのパーク・アベニュー。

 広い道路のど真ん中に突如として出現した【魔王】ダンジョン付近では、突然姿を見せた魔物たちと、それらを抑え込むよう命じられた警察や、国からの依頼を受けて探索者ギルドから派遣されてきた探索者の面々が夜通し戦い続けており、野次馬たちがスマホを構えてそれを見物するという異様な光景が繰り広げられていた。



「――クソッタレ、こんなんやってられるかッ!」


「な……ッ、ブレンドン! 何を!?」


「見りゃ分かるだろ、帰るんだよ! なんで俺たちが命をかけて一般人なんざ守らなきゃなんねぇんだ!? あ!? ピエロの配信を見てハッキリしただろうが! 俺らを見下してバカにしてきた卑怯者の差別主義者共を、俺たちが命を懸けて守る義理なんてねぇんだよ!」


「ッ、それは……」


「――動くな! 隊列に戻れ!」



 苛立った様子で叫ぶブレンドンと、そんな彼を止めようとした女性探索者のベティに向かって、警察官が命令するような強い口調で腰元に手を寄せて言い放つ。


 しかし、この状況でそれはやるべきではなかったのだ。

 ブレンドンは苛立った様子でその警察官を睨みつけ、止まる様子もなく一瞬で間合いを詰め、その首を片手で掴んで持ち上げた。



「が……ッ、ぁぁ……っ!」


「ブレンドン!?」


「フザけんじゃねぇぞ、クソ一般人風情がよぉ。テメー、これ見よがしに銃を抜く素振りを見せてやがったな。どういうつもりだよ、あ? つか俺らにそんな玩具が効くと思ってんのか?」


「ぐ……、やめ、ろ……!」


「――その手を離せ、探索者! 撃つぞ! ――なっ、ぐぁっ!」


「ッ、チィッ!」



 騒動に気が付き、応援にやってきた警察官が銃を構えて声をあげる。

 同時にベティがその警察官へと間合いを詰め、その銃を蹴り上げ、回転しながら腹部に蹴りを入れて吹き飛ばした。


 その光景にブレンドンが口角をつり上げた。



「ハッハー! ナイスキックだぜ、ベティ!」


「……私だって、こんな事までされていいように使われるつもりはないわ」


「だろ? バカみてーにスマホ掲げて撮影なんざしやがって、やってられるかってんだ。――おい、テメーらはどうすんだ!? こんなクソッタレ共を守り続けんのかよ!?」



 ブレンドンの声を皮切りに、探索者の一人で筋骨隆々の男がにやりと笑い、魔物の一体を鷲掴みにした。

 そしてニヤリと笑うと同時に――一般人たちが見学しているその場所へと投げた。



「きゃあああぁぁぁっ!?」


「やばい、狂ってやがる! 逃げろ逃げろ!」


「やりやがった、クソッタレ!」



 野次馬をしている者たちの元へと投げ飛ばされた魔物は、仕返しに投げてきた男へと戻るような真似をせず、人集りとなった民衆へ襲いかかる。

 しかし団子状態と化した人の群れが突然一斉に動けるはずもなく、人が人の壁をして道を塞ぎ、目の前にいる者たちから順に襲われていた。



「――な、何をしている、貴様ッ!」



 その光景を見ていた警察官の一人が魔物を投げ飛ばした探索者に向けて発砲。

 まだ位階があまり高くなかったためか、身体に穴は開かなかったものの、しかし強い衝撃と痛みに顔を顰めた。


 だが、その行動がこの状況の推移を見ていた他の探索者たちの心を決心へと押しやった。



「撃ちやがったぞ、あの野郎!」


「やってられるか! 魔物に喰われちまえ!」


「偉そうにさっきから命令してやがったヤツはどこだ! 一発ぶん殴ってやるよ!」



 決壊する防衛線。

 探索者たちが警察官に対して敵対行動に出て、魔物を避けて素通りさせて撹乱しながら、自分たち諸共を包囲する警察官らへと殴りかかり、攻撃を始めてしまう。


 道化師による配信で公となった、一般人と探索者の扱いとそれに伴う政策の数々。

 そして探索者を見下し、そうやって扱うのが当然とでも言いたげな態度であった警察官たちや、自分たちは高みの見物をしていて許されると思い上がった一般人たち。


 それらが今、こうして完全なる対立を生み出してしまったのだ。




 ――――こうした動きは、世界各地で引き起こされた。

 わざと野次馬、警察が巻き込まれるような魔法を放つ者もいれば、直接野次馬に罵声を浴びせ、言い返されて暴動になった者も珍しくはなかった。


 結果として、『魔物氾濫』が起こった【魔王】ダンジョンの近くは、どの国であっても一般人と探索者との間で騒動が起こり、魔物たちが跋扈する街へと様変わりし、一般人と探索者との溝をさらに深める事になったのであった。







 配信が完了してすぐの騒動でさえこれだったのだ。

 このように、全世界に向けて配信された【勇者】と【魔王】のシステム、及びその導入の影響と効果の説明は、世界各地に大きな影響を与えた。


 為政者、政治家らがこれまで大義名分としてきた『特区支援のための増税』という名目が根底から崩れ、増税を繰り返してきた政府に対する糾弾の声は大きく、配信サイト、SNSではここぞとばかりに騒ぎが大きく炎上。


 しかしマスコミはそれらの騒動を大きく取り上げようともしなかった。

 そうしたテレビ、新聞でそういった情報を取り沙汰さないのは、有権者であり、票の獲得に影響する世代に対して情報を遮断しようとする政治家らの工作だとSNS上では大きく炎上が広がり、若い世代を中心としたデモ活動を動画で呼びかける者も多く現れた。


 だが、今回ばかりはマスコミの対応は悪手だったと言える。

 そもそも全世界に配信され、これからの生活に直接関わってくる『天の声』による配信はそういった世代にも注目を浴びていたのだ。

 必然、情報を遮断される形となった世代もおかしな点に気が付くというものだ。


 これにより、民衆の声はさらに大きなものとなり、さすがにマスコミも手のひらを返さずにはいられなかったのか、徐々に騒動は公的な放送でも取り扱われるようになり、政治家、為政者らへの追求の声は強まった。


 同時期、『D-LIVE』の配信の注目度も非常に高まった。

 これまではダンジョンでの戦いを危険だの怖いだのと視聴を拒む者も多く、視聴者数はそうそう膨れ上がる事もなかったのだが、道化師の配信によって一般人と探索者の間に奇妙な乖離が浮き彫りになった結果、多くの探索者、またはその探索者予備軍とも言える若い世代が、自分たちの日常を暴露する配信を行い始めたのである。


 常識の違い、教育制度の大きな隔たりといったものが世間に知られる事になり、さらにそれらが注目のネタであると考えた、動画の切り抜きなどを生業とする層によって、一般人層の間で拡散される事になった。


 中でも注目度が高かったのが、一般人層と探索者層のアクセスできているウェブページ、SNSが全く異なるものだった、という点だ。

 一般人層、探索者層に対し、お互いがお互いの実状を把握できないよう、完全に分けて制限されているという事実が『D-LIVE』の配信の中で発覚し、その一件もまた騒動の一因となって世間を大きくざわつかせる事になったのである。


 過激化するデモ活動。

 政治家らに対する追求の声。


 あの放送から10日。

 政治家らは苦い表情を浮かべてマスコミの対応を続けていた。






 ◆ ◆ ◆






「――とまあ、こんな調子で人間種共の社会は崩壊の一途を辿っているわね」


「わーお、大惨事だね。というか、【魔王】組も『魔物氾濫』の常態化設定オンにした人ってそんなにいるんだね」


《9名がオンにしましたね。しばらくはダンジョンポイントを稼ぐ事を優先するつもりで、探索者たちを引き込むつもりだったようですが、あなたの配信を見て、容赦なく魔物を放逐する事を決定したようです》



 あらまあ。

 それはまたなんていうか、一般人にとっては災難だったね。知らんけど。


 ともあれ、無事に【魔王】ダンジョンはオープンしたという訳だね。

 ヨグ様の力のおかげで、【魔王】として開花した後、彼ら彼女らはニグ様から諸々の説明を聞いて体感時間で一ヶ月のダンジョン作成期間が設けられていた。

 そうして僕の配信が始まるタイミングで現実時間に戻ってきた訳だけれど、僕の放送を観て色々と思うところがあったらしく、殺意マシマシになっちゃったっぽいね、これは。


 基本的に【魔王】ダンジョンは常時拡張型というか、探索者や一般人が入ってくる数に応じてポイントを稼げるらしくて、そのポイントを使ってダンジョン内の設備だったり仕掛けだったり階層だったりを拡張していけるのだとか。


 初期設定は10階層。

 上層や中層というようなこれまでのダンジョンとはちょっと違う感じで、1階層ごとにボスがいて、それを倒して進んで行く、みたいな感じみたい。


 なんか楽しそう。

 僕もダンジョン作ってみたいかも。

 まあミステリアスムーブするからそんな暇はないんだけど。



「ラト」


「なに?」


「そろそろキミの商品が売れる頃合いじゃない?」


「……あはっ。えぇ、あなたのおかげよ、颯。商機をしっかり生み出してくれて助かるわ」



 ラトには短い言葉でも理解できたらしく、嬉しそうだ。


 商機というのはつまり、この世の中の混乱のおかげで、手持ちの戦力を欲しがる政治家、お偉方からの需要が増えた、ということだ。


 今回、僕が放送の中で一般人と探索者の間の違いを浮き彫りにさせて、世間では色々なところで対立が生まれた。


 政治家、一般人、探索者。

 薄氷の上、砂上の楼閣であった平和。

 表現方法はなんだっていいけれど、もはやそれらは灰燼と帰した。


 それぞれの間で「全てなかった事にして平和になりましょう」なんて、そんな寝言を口にできるとすれば、それは面の皮が厚すぎて現実まえが見えなくなった政治家か、本当に人間の善性というものを信じ切った夢見る子供ぐらいなものだろう。


 特にこんな世の中を作った政治家ら為政者は、過激化した動きで己の命さえ危ぶまれる状況だ。

 となれば、彼らを守れるのは、自分たちを狙う元探索者連中と同等、それ以上の力を持った存在になってくる。


 実際、世界各地の【魔王】ダンジョン前で起こった暴動騒動と、それに伴う被害の拡大は誰の耳にも入っている。

 もはや警察や身辺警護なんて存在を近くに置いていたって、それが一般人出身というだけでは心許ないという事は充分に理解できたはずだ。


 けれど、正攻法で探索者を雇おうにも、探索者側からの信頼が彼らにはない。

 いくら大手クランで多少付き合いがあるところに依頼できるとしたって、そういうクランは名前が売れている。

 そんな存在を連れて歩いていれば、「世界が大変だと言うのに自分を守らせるために実力者を私物化している」、だのなんだのとマスコミ、一般人からの叩く格好の餌食にしかならない。


 となれば、少しでも戦力を補充したいと考えるのは至極当然の成り行きだ。

 それがたとえ、獅子身中の虫になりかねないような存在だとしても、背に腹は代えられないのだから。


 それ故の、商機だ。


 あわよくばそのままキメラ計画の再始動や、様々な計画が持ち上がる可能性も高い。

 これまでは人道的がどうのと言った体裁があったかもしれないけれど、こんな世の中の状況になってしまった以上、綺麗事なんて言っていられるはずもない。


 そこにラトが上手く介入して戦力を売り込みつつ入り込めば、ラトも動きやすくなり、それは延いては僕のミステリアスムーブの完成に繋がるという事でもある。

 せっかくの白勇者風ムーブを活かす舞台が完全に整うまで、そんなに時間もかからないだろう。



《ラト。計画通り、〝凶禍の種〟を位階Ⅷ以上の者たちに蒔く事もお忘れなく》


「分かっているわ。そっちは私の分身体の方でもすでに動いているから、問題ないわよ」



 位階Ⅷかぁ。

 そういえば前に僕に喧嘩売ってきたイキり男性さんも位階Ⅷだったよね。

 ま、もう死んじゃったけどね。



「ところで、ニグ様。【勇者】陣営はどうしてる?」


《えぇ、そちらはそちらで面白い事になっていますよ》





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