道化師公演 Ⅰ




《――全世界へ通達します。これよりあなた方の時間単位にして12時間後に、我々のメッセンジャーより全世界への配信を行います。あらゆる映像媒体に同じ映像と音声が流れますので、しっかりと観れるよう事前に準備することを推奨します》



 突如として脳内に響く、『天の声』と呼ばれる有名なそれは、つい先日新たに【勇者】と【魔王】についてを通達してから沈黙を貫いていた。

 そしてようやくこの日、続報を待つ人々へと告げられた内容に、ありとあらゆる業界に激震が走った。


 まず第一に、そもそも『天の声』が声だけではなく映像付きの配信という方法を選んだということ。そして『天の声』が自分のことを〝我々〟と複数の存在を示唆するような物言いをしたこと。

 さらには、メッセンジャーなる存在が現れるという事に対する驚きの声などだ。


 言葉数が多かった訳ではないというのに、これまで未知の存在であった『天の声』が齎した情報を吸い上げた人間社会に広がる波紋は大きかった。


 各国では緊急の会議に追われ、民放のテレビ局はもちろん、国営のテレビ局ですら該当する時間帯の番組の取り止めを即座に発表。

 放送すると宣言された6時間後には、異例の早さで国側から『該当の時間帯及び前後2時間以内の全ての営業活動、車やバイク、自転車等の乗車停止命令』が発令される国もあった程だ。


 一方、SNS上でもこの騒動に対する反応は大量に溢れていた。


 かの『天の声』は、人間社会の動きというものを把握しているのではないかという推察。

 宗教関係から『天の声』は悪魔だの、やはり偉大なる神の一柱だのという声。

 ダンジョンこそが神のお膝元へと繋がる道だと騒ぎ立てる、『ダンジョン教』を名乗る怪しげな集団の声明発表。


 もっとも、こんな時であってもタグ付けしておきながら全く関係のない投稿をバズり狙いで投稿するような類もいるにはいたのだが。




 ――――配信開始予定時刻の10分前。




 ダンジョン庁の会議室。

 モニターを幾つも用意するのは難しく、映像媒体があるのであれば再生できるという事もあり、プロジェクターでテレビ映像を映し出している場所もあったが、そこから離れて座る者たちはそれぞれに自分のタブレット端末やスマホを手に取って待機していた。


 指定された時間の30分前にはテレビの放送も環境映像に切り替わっており、いつ放送が始まってもおかしくはないような状態だ。

 12時間後と言われていたが、数分程度の誤差も充分に有り得るため、時間ちょうどから始まるという保証もないため、こうして早い時間から待機する者も多い。

 そんな映像とピアノ音楽を流している室内では、多くの職員らが口々に推測を語り合っている。


 そんな中には崎根の姿もあったが、彼の表情は暗かった。

 というのも、今回の『天の声』の発表に、ついに来たかという想いとは裏腹にどうにも嫌な予感がしてならなかったのだ。

 先日通達のあった【勇者】と【魔王】というシステムは、ダンジョンの戦いを後押しするために人間の欲を掻き立てるように見える、というのが崎根の正直な感想であった。


 事実、すでに国のお偉方からは【勇者】に選ばれる者が現れ次第、積極的支援を命じており、逆に【魔王】についてはもしも発覚したら、【魔王】専用ダンジョンなるものを作られる前に捕らえてしまえ、などという無茶苦茶な話まで下りてきている。


 もっとも、こういった話はこの国だけのものではない。

 どこもかしこも【勇者】の支援を宣言し、一般人らもSNS等を通してダンジョン攻略による平和がどうのと、対岸の火事に向かってさも自分が正しい事を口にしているかのように騒ぎ立てている。


 探索者、そして特区内の事実を知る崎根からすれば、胸糞の悪い話だった。

 何も知らない一般人が、どの面を下げて宣っているのか、と。


 ――しっかし、どうにも『天の声』に踊らされてるようにしか思えねぇんだよなぁ……。

 そんな事を思いながら会議室を後にした崎根は、一人夜の屋上へと向かい、ポケットから煙草を取り出した。禁煙して10年以上にもなるというのについ思わず買ってしまった、かつての煙草と同じ銘柄のものである。


 懐かしくも慣れた様子で封を空けると、煙草を咥えて火を点ける。

 夏の熱せられたコンクリートから立ち上る特有の街らしい匂いを、懐かしい香りが上書きして、顔を顰めた。



「……こんなにマズい代物だったかねぇ、コイツは」



 そんな事を独りごちながら、ポケットからスマホを取り出す。

 そこには放送開始予定時間の2分前であることが表示されていた。






「――そろそろ始まるな」


「はい」



 一方、『大自然の雫』のクランホームとなっている建物の一室には、クランマスターの大重と丹波の姿があった。


 お互いに口数も少なく、環境映像を流しながら沈黙する二人。

 それは傍から見れば奇妙な光景であったが、始まったタイミングでご丁寧にオープニングムービーや挨拶のような、テレビ番組のような構成がなされているとは考えられないため、このような形になってしまう。


 そうしてしばらくの無言が続いた後、ザザッとノイズが走り、同時に丹波が横に置いていたパソコンで画面の録画が行われている事をちらりと目で確認する。


 そうして映し出された映像に、二人は思わず目を見開いた。



《…………あー……》



 そこに映し出されていたのは、大きな丸い球に背中を預けてぐでんと伸びている何者かの姿があった。


 目元と口元がニンマリと笑っているかのような三日月型を象り、右眼の上下に伸びる赤い線と、左眼の上部に伸びる青い線が描かたマスク――道化師を思わせる仮面をつけており、表情や顔は分からない。

 髪の色は、ちょうど真ん中あたりで右が白、左が黒という色合いに綺麗に分けられているようで、服装は何故か燕尾服のようなきっちりとしたものを着こなしている。


 そんな存在が、妙に気怠そうに背中を預けた球をゆらゆらと動かしながら、その場でぐねぐねと小さく動いて仮面越しでくぐもった男とも女とも言えるような少々高い声を漏らしている。



《……めんどくさいなー、やりたくないなー。人間なんてどーでもいーしさー。メッセンジャー役とかかったるいよおおぉぉぉーーふわぁ……うべっ!?》



 伸びをしながら騒いだせいでバランスが崩れたのか、道化師が球から反転して顔から落ちて蹲った。



《顔、顔打った……っ! おおぉぉぉ……――ま、仮面つけてるから痛くもなんともないんだけど》



 そんなことを言って何事もなかったかのように立ち上がり、パンパンと服を払ってみせる道化。

 そのなんとも道化らしいやり取りに思わず力が抜ける丹波がちらりと見ると、パソコンの方ではどうやらコメントが打ち込めるらしく、様々な反応がそこには表示されていた。



:お、コメントできる

:やるねぇ、『天の声』様!

:草

:ピエロ?

:てかこれがメッセンジャーとかマ?

:早く説明しろよ!

:これもう始まってるって気付いてなくね?w

:説明は?

:ピエロさん、始まってますよー

:これが神のメッセンジャーって正気か??



「ッ、大重さん。どうやらパソコンの方は『D-LIVE』と同じようにコメントが打ち込めるようで、視聴者からのコメントが流れています」


「は? なんだって?」



 慌てて丹波のパソコンへと歩み寄ってきた大重がコメントの数々を確認する。


 その時だった。

 ピエロが立ち上がる素振りをみせたと思ったら、まっすぐカメラを見つめ、小首を傾げた。



《え? は? 始まってる……? 何が? あ、ボクの出番? えーっと、球に乗るんだっけ? ア、ハイ。もう今さら? ぁっ、ちょ、ちがうんですうううぅ! 別に文句とかある訳じゃなくってほら、その、気分でぼやいてただけなんですうううぅぅぅ!》


:草

:愚痴ってサボってた瞬間が思いっきり上司に見つかった瞬間ww

:早く始めろよ

:つまんねーネタとかいらねぇんだよ!

:こんなん見せられたら力抜けるわww

:ダンジョン消せ

:うわぁ、荒れてるなぁ……

:規約とかへったくれもないからなぁw


《あー、もうこれ絶対怒られるやつ……はぁ……まあいいけど。はいはい、じゃあ気持ち切り替えてー、っと。――やあ、人間種諸君! 初めまして! そして今暴言吐いた人たちは永遠にさよなら》


:え

:ん?

:どゆこと?

:永遠にさよなら?

:コメントできなくなったとか?

:なんか暴言コメが一気になくなった?


《あ、まずはこの配信について説明しておくねー。えっと……あれ、カンペカンペ……あった。えー、『この配信は人間種諸君がそれぞれに把握している言語で流れるようになっています。パソコンやスマホなどを通せばコメントなどもできますが、人間種諸君の母国語で打ち込まれたものだけが表示されています』……だよ!》


:棒読みで草

:もうちょっとちゃんと覚えようね?w

:早くしろっての!

:フザけてんじゃねぇよ! さっさと仕事しろや!

:そういうのいらんからはよ説明

:永遠にさよならって、どういう意味……?

:暴言コメだいぶ減ったけど新たに湧いた?

:おまえらよくこんな謎の存在にそんな暴言吐けるな……


《んー、あ、そうそう! コメントで永遠にさよならってどういう意味ってあったけど、あれは文字通り、本当に永遠にさよならしただけだよ! もっと簡単に言えば、その人達はもう死んじゃったってことだねっ! はーい、ここまでにまたくだらない暴言吐いた人間種諸君も追加でさよならー!》


「――ッ、な……っ!?」


「……相手は『天の声』の使い、神と呼ばれるような人智を超えた存在、ということか。なら、顔が見えていない、名前が分からないなど関係ないか……」


「そ、んな……」



 あまりにも簡単に人間の命を刈り取るその姿に、思わず丹波も言葉に詰まった。

 しかし画面越しの道化師は両手でお腹を抱えるように前傾姿勢になり、そして顔をあげて手を叩いた。



《あっははっ、バッカだねー、愚かだねー。ボクは人間種じゃないんだよ? 別にキミたちの顔とか声とか名前とか知らなくたって、ましてや目の前にいなくたって何かできるかもしれない、ぐらい考えないのかなー? 考えないんだろうねー。だからバカなんだもんねー、ぷぷぷ――ぐぇっ、ちょ、痛!? わ、分かった、分かったから! 進めるから投げないで、ちょっ!》



 嘲るように笑う道化師に向けて、先程まで道化師が身体を預けていた球と同じようなボールが突然画面外から投げ込まれ、それが顔面に当たり、そのまま次々と投げ込まれ、コミカルに慌てだす。

 そのコミカルさこそが、そもそも人間という存在の生死などどうでもいいと物語っているようで、丹波にはかえって恐ろしくさえ思えた。



《まったく、冗談だったのにー、もー。ボクってば優しいから、まだ死んでないよー。せいぜい正気を失って、しばらくは人間として使い物にならなくなるぐらいさ。数ヶ月もすれば正気に戻るだろうから、そんなに慌てなくても大丈夫だって。ま、正気に戻ったところで記憶がなくなってるかもだけど、暴言吐くような人格なんて消滅した方がいいだろうし、ちょうど良かったかもね? あはは、ボク優しい! ま、そんな訳で、ここまで言ったのにまだ暴言とかきたら、次はそれだけじゃ済まないと思うけど、どうしても試したかったら試してね!》


:そこまで言われて試したいと思う訳がないっていう

:酷い言い様で草生えん

:隣の弟の部屋から物音がしたと思ったら狂ったように笑ってんだけど、笑い方が尋常じゃなくて怖くて見に行けない

:その気になれば全員◯せるって、それはもうどう見ても神レベル

:ひぇ

:コメント数減ったな

:そらそうよ

:普通にコメントする分には何かされる訳じゃないけど、何が引き金になるか判らんのは怖い


《んー、そーだねー。別に暴言とかじゃなかったらボクもやり返したりしないから、人間種諸君の配信と同じレベルのものと思ってくれていいよー? ボクも別にそれをトラップにして何かしたいって訳じゃないから安心してね! ボクはお仕事をするように命じられているだけさっ! 今日はキミたちに、【勇者】と【魔王】の説明とかを配信っぽい感じでやればいいって言われてるからねー!》


:ちょっと安心した

:そういうことなら任せろ

:配信視聴者マナー程度ね、了解

:なら大丈夫そう

:なお、ツッコミが暴言と取られないとは言っていない

:ひぇ


《ん? ツッコミ? あー、そういうのは大丈夫だよー。なんたってボク、メッセンジャーだからね! 人間種諸君のそういう文化は知ってるから、安心していいよ! ただし、ノリに見せかけて調子に乗ったコメントとかあったら潰すけどねー》


:しっかり釘刺すじゃんwwww

:それはそうw

:さすがにそれはやらないでしょw

:それやって痛い目に遭うなら、まあそれは自業自得としか……

:フザけんなよ、やれるもんならやってみろや!

:あっ

:お

:勇者がおったか

:追撃ないのを確認しました……

:これはダメそうですねぇ……


《あっはははっ、バッカだねー。ご期待に応えて、やれるもんだからやってみたよ! 今度は死んでるから、永遠にさよならだねっ!》


「……こんな時にこう言うのは不謹慎かもしれんが……。禁止されていることを平気でやるとはまた、なんというか……愚かなものだな」


「自分だけは大丈夫、安全だ、いざとなれば謝ればいい、という考えでおかしな真似をする輩は一定数います。特にインターネットの世界だと、顔が見えませんから。外で車を運転して、車という凶器に守られて強気になってあおり運転をするような輩と同じようなものですね」


「……はあ。納得してしまったよ」



 仮面を被った道化師と、コメントたちとの気楽なやり取りのようで、そうではない薄ら寒い現実。

 そのあまりの温度差が、どこか現実味を失くしてしまうようで、まるで喜劇か映画のワンシーンを観ているような気分になりながら、大重と丹波は言葉を交わす。


 そんな中で、道化師は両手を大きく広げた。



《――さて、それじゃあそろそろ説明を始めるねー。良い人間種諸君も腐った魚以下の人間種諸君も、お行儀よく聞いてねー!》



 ――――そんな言葉と共に、ようやく本番が開始しようとしていた。







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