天才か……?




 ニグ様から依頼された、メッセンジャー兼進行役の話。

 そちらも一段落ついたため、僕はラトと今後の活動における設定、それに〝縛り〟について話し合っていた。



「――クローン設定は私やニグの計画にも組み込めたから問題ないわ。問題は、あなたの言う白勇者ムーブの立ち位置ね」


「立ち位置? どういう意味?」


「要するに、積極的にダンジョンに介入するのかしないのか。または、人類に敵対する秘密結社にするのか、それとも敵対はしないのか、といったところかしら。具体的に秘密結社の活動方針や目的は決めていないのよね?」


「うん。……ッスゥーー……えーと、ごめんなさい」



 じとりとした目を向けられたので謝罪しておく。


 ラトって盲目なはずなんだけど、それを感じさせないように動くんだよね……。

 領域で把握しているから問題ないっていう感じなんだとは思うけど、それにしたって盲目でジト目をしてくるとは。


 そんなことを考えている内に、ラトがしょうがないと言わんばかりにため息を吐いて肩をすくめてみせた。



「まあいいわ、これから同じような事を繰り返さなければ、ね。とりあえず、どういう事がやりたいの?」


「んー、ざっくりとした展望だけど、白勇者に関しては『消極的味方』って感じで考えているんだけど、どうかな?」


「消極的?」


「うん。ダンジョン攻略に関しては積極的に人間の味方はしないし、『魔物氾濫』が起きても白勇者で人間を助けたりもしない。でも、逆に攻略の邪魔もしないし、人間側に攻撃もしたりしない。その辺りはニグ様の目的を考えれば選別でもあるから、僕が手を出すのもおかしいし。けれど、ダンジョンとは関係のないところであれば、人間の秩序は守る。だから人間にとっての消極的味方」



 今後の事を改めて考えると、僕の役割は今のところ二つ。

 要するに、表を担当する〝【諧謔】の道化師〟と、裏を担当する〝黄昏の調停者〟だ。


 白勇者風ムーブについては、できればそれらとは全く違うところで、かつ背景設定――つまり、クローン技術によって生み出された人工魔人であり、キメラ計画とやらの被害者――として行動理念が繋がっている事が望ましい。

 さらに言えば、僕が目指しているのは『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』枠になることだ。


 で、そのムーブをする以上、やっぱりというか、当然ながらに観客というか人が近くにいたりして、場合によっては人間種と手を取り合える第三勢力的な立場であることは外せないよね。

 だって、やっぱりやるからにはこう、何も知らない人たちに「一体何者なんだ、アイツは……ッ!?」とか言われたいじゃん。じゃなきゃただの一人芝居になっちゃうし。


 そんな事をつらつらと取り留めもなく喋って言語化していくと、ラトが顎に手を当てながら頬をその指先でトントンと叩き、思考を整理するかのように逡巡してから口を開いた。



「なるほどね。……そういう事なら、あなたの秘密結社は対探索者系犯罪者――うーん、紛らわしいから〝能力持ち犯罪組織〟と敵対している、というのはどう?」


「〝能力持ち犯罪組織〟?」



 なんかこう、そういう言い方をするとラノベのかつての王道、現代異能バトルみを感じるよね。

 いや、位階をあげて魔力を蓄えたり力を持ったり、っていう意味で能力持ちっていう表現なのは分かるんだけど、なんかこう、魔法じゃなくて超能力とかそっち系っぽいイメージでわくわくしてきちゃう。



「えぇ、そうよ。この組織の木端構成員として利用する予定だった連中たちは、あなたの組織とは完全に切り離すわ。私の方であちこちでそういう集団をまとめて作り上げ、それをダンジョン探索の強化を提唱する強硬派の政治家に支援させるのよ。一般人を襲わせて、探索者に対する恐怖を植え付けるついでに、あなたの政敵やその関連施設を襲わせて、都合のいい手駒にすればいい、とでも唆して、ね」



 うふふふ、と笑うラトの表情から察するに、そういうの好きなんだろうなぁ。

 僕にはそういう策謀を巡らせる系の趣味はないから任せるし、触れないようにしておくけどさ。



「それで、あなたの秘密結社は、その集団を狩る――謎の組織」


「――ッ、謎の組織……ッ!」


「そう。為政者らの手によって研究所で生み出され、地獄のような日々を過ごしていたあなたは地獄を抜け出し、謎の組織を結成したの。そして探索者を利用するバックの存在とそのやり口から、その裏を辿っていけば自分のいた研究所の関係者に辿り着けるかもしれないと考えた。だから、その首謀者である政治家たちを追いかけている、という設定よ」


「おぉ……! それっぽい……っ!」


「そんな組織と敵対する警察や真っ当な探索者たちの前に忽然と現れ、犯罪集団と敵対する謎の組織。あなたと中枢メンバーでそいつらをあっさりと無力化して、意味深に一言を残して去っていく」


「おおおぉぉぉ……っ!」



 それやりたい、すごくやりたい。

 なんかこう、僕がイメージしていた『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』枠とか、まさにそのムーブじゃん……!



「でも、そんな都合良く悪の組織的なサムシングが見つかるの?」


「まあ、キメラ計画も含めて、似たような計画を行ってる連中がいるのは私も知っているもの。まずはそっちにも〝能力持ち犯罪組織〟を売り込みつつ、似たような研究所の場所を洗い出しておくわ」


「おぉ、なるほど……っ」


「どうせあなたの秘密結社の中枢メンバー探しのために情報を探るしね。そのついでに裏で警察やらと敵対しそうなことをやっているような政治家、あるいは権力者を洗うつもりよ。その子飼いの勢力があればその情報をあなたに渡す。もしもそんな子飼いがいなければ、子飼いの勢力として〝能力持ち犯罪組織〟を私から売り込めばいい。ついでに警察や探索者たちの情報を手に入れられるようにしておけば、そいつらが踏み込んだその場所に、再びあなたが颯爽と現れる事も可能になるわ」


「そして始まる共闘ムーブ!?」


「そういう事よ」


「ラト……天才だったんだね」


「フッ、任せなさい」



 いや、ホントすごい。

 僕がふんわりとイメージしていて、確実に進むべき道筋がなかなか見つからないミステリアスムーブへの道がいきなり確実なものになった気がする。



「あ、でもさ。特区のビジネス街とかに逃げ込んでるような連中が、外に出てまで犯罪なんて起こしたがる?」



 特区の中には現金というものが存在していない。

 そうする事である程度のコントロールができるように、というような背景があったりもすると思うけれど、特区の外では現金という存在は今もまだ根強く残っている。


 特区の外で金が稼げるなら、別に犯罪に走らなくても暮らしていけるかもしれないし。

 それを考えると、犯罪をしないで普通に暮らそうとする人だっているような気もするんだけど。


 なんて思ったけれど、ラトから返ってきた答えは――――



「それはないわ。止まらない理由は大きく3つ、というところかしら」



 ――――具体的な理由を伴った回答だった。



「3つもあるの?」


「えぇ。まずは現実的な話、まともな仕事に雇用されるには身分証明書が必要になるわ。でも、ビジネス街に逃げ込んだような連中はそんなものを持っていない。持っていたとしても、本人だと知られれば良くて連れ戻し、悪くて罰金つきの借金塗れの奴隷生活。炭鉱夫ならぬダンジョン夫にでもされるでしょうね」


「あぁ、それもそっか」


「2つめは、元探索者連中は外の一般人を妬み、憎んでいるわ。何不自由なく暮らし、馬鹿みたいな借金も課されず、平和に日常を謳歌している。だから、壊してやりたい。同じように不幸にしてやりたいとさえ思っているわ」


「……なるほど?」



 別に赤の他人がどう過ごそうが、何をしていようが、自分には関係ないじゃんって思わないのかな?

 そんな風に思って首を傾げると、ラトが苦笑した。



「あなたみたいに割り切れる性格には理解できないでしょうけれど、ビジネス街に逃げ込むような連中たちは、国に借金を背負わされたりするのが嫌で逃げているのよ?  そんな連中が、のうのうと暮らせる一般人と、泥水を啜って生きてきたような自分たちを比べずにはいられない。どうして自分たちだけ、なんでお前たちは、って具合にね。ま、そもそも割り切れていれば、別にビジネス街なんかに逃げなければいいでしょうし」


「あー、まあそれもそうだね」


「最後の一つは、単純な話ね。あなたの情報に触れた時に感じたけれど、これまでの2つを踏まえて考えれば、特区内のビジネス街に逃げ込んだ連中にとって、一般人は全員〝敵〟なのよ。見つかって通報されて、バレたら自分が追い込まれてしまう。だから〝敵〟。そして〝敵〟から奪う事に慣れきった存在が、特区の外だからって奪う事にいちいち躊躇ったりはしないわ」



 ……うん、ぐうの音も出ないぐらいの正論だね、それは。

 なるほど、確かにそれらの理由を考えれば、特区の外で暴れない理由はないと言える。


 そうなった時、きっと世間では『無辜の民が〝能力持ち犯罪者〟に襲われて死亡した』というような、一般人にとって痛ましい事件、という価値観になったりするんだろうけれど、特区の人間だったのなら大多数はそうは思わないだろう。


 価値観の違いがあるからだ。

 無辜の民なんて言うけれど、特区では相手が〝敵〟ならば自衛し、潰せばいいだけの話だから。


 ただまあ、こればっかりはそれを省いたとしても、無辜の民が、という部分はおかしな話だとも思う。


 たとえばラノベでよく見かける、主人公に対するイジメ。

 こういう時、一人の被害者が苦しんでいたとして、無言でそれを賛成も否定もしないで、ただ見て見ぬふりをするのは無罪であると言えるのか、という話と一緒だと思う。

 被害を受けた当事者じゃなければ「加担した訳じゃないのだから悪くない」なんて言えるかもしれないけれど、被害を受けた当事者から見れば、みんな同罪だ。


 では、特区内のビジネス街にいて、世界を憎んだ人々にとってみれば、何もせずにのうのうと平和を享受していただけの一般人、探索者の実状を見て見ぬフリをしていた一般人を、見逃す可能性はあるのか。


 ――――ないだろうね。


 特区で普通に生きている者であればともかく、特区内のビジネス街にいるような人が相手じゃ、それが上振れする可能性は皆無に等しい。



「ただまあ、無駄に人間種の犠牲を増やしたくないというのは正直なところでもあるのよ。あまりやり過ぎて人間種が減りすぎるというのも望ましくないの」


「あれ、そうなの?」


「えぇ。だから颯、〝【諧謔】の道化師〟としてどこまで情報を出すのかについては、ニグも私もあなたに任せるつもりでいるわ」


「どういうこと?」


「私たちの存在についてや、ダンジョンが生まれた目的なんかについては言っちゃダメ。でも、今後ダンジョンが増える可能性があること、人間種があまりダンジョンに対して積極的ではないことによって、何かが起こるかもしれない、ぐらいの情報は出してもいいというのが私たちの見解よ。逆に、ダンジョンが増える可能性とかについて何も言わなくてもいい。どっちを選んでも構わないわ」



 ……ふむ。

 つまりどうしても明かしてはいけない部分についてはともかく、他は僕の裁量に任せる、という腹積もりでいるらしい。


 そうなると、僕がどれだけの情報をオープンするかによって、犠牲者の数も結構変わりそうだなぁ。

 だからって懇切丁寧に説明して「気をつけてね」と言うつもりはさらさらないけど。


 ……〝【諧謔】の道化師〟、か。



「……ねぇ、ラト。伝えていいことと、マズいこと。それらを教えてもらっていいかな?」


「えぇ、任せなさい」



 そうして、僕らの洗い出し作業が続いていく中で、僕の脳裏にニグ様の声が響き渡った。






《――全世界へ通達します。これよりあなた方の時間単位にして12時間後に、我々のメッセンジャーより全世界への配信を行います。あらゆる映像媒体に同じ映像と音声が流れますので、しっかりと観れるよう事前に準備することを推奨します》






 ――――僕の出番は、どうやら近いらしい。





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