お見送り




 しっかりと任務は完了した。

 これは『特級探索者』という肩書きに恥じない活躍と言っても過言ではないのではないだろうか。

 ちょっとやり過ぎな感がなかった訳でもないけれど。


 いや、ほら。

 なんか結界ばっかりでイラッとしたんだよね。

 遠距離攻撃対策の結界、この神殿の内側にも結界って、どんだけ守ろうとしてるのさ、って。


 しかも雑魚ばっかり大量に出してくるし。

 僕、基本的に作業的な戦いって好きじゃないんだよ。

 もっとこう、本気まではいかなくても真剣にならなきゃいけない程度の力を持っていてくれたりしないと、やる気が出ないんだよね。


 だからちょっとぶっ壊そうかなって思って。

 本気でやるとこの神殿もろとも吹っ飛ばすことになるから、分かりやすく穴を空ける程度にしてあげた。


 正直、こんな程度の戦いなら、さっさと殴り込みに行って全滅させてしまっても良いぐらいではあるのだけれど、〝古ぶるしきもの〟が出てきてくれないことにはそうもいかない。

 なので、この趣味の悪い神殿の中に攻め込む真似はできないのだ。

 意趣返しに穴を空けたせいか、なんか内側から怒気みたいなのが溢れてきたけど、残念ながら僕の出番ではない。


 という訳で、何故か疲れた顔をしている水都先生たち一行を待つついでに、座布団を置いて一休み。

 ここまでの『ルートを確保する』という任務を完遂したので、あとはあなたたちの仕事だよという気分でゆったりするつもりだ。


 なんならもう、この近くには〝666〟の子たちも集まっているしね。


 真の敵を前に、これまで敵寄りの姿勢を見せていた謎の組織との共闘!

 そんな胸熱な展開をあの子たちが演出してくれるのだ!


 その勇姿は、一旦帰ってニグ様ヨグ様、それにラトと一緒に観戦予定である。


 ほら、ソラで参加したいけど、ソラだと勝てちゃうからね。

 でも今は『ダンジョンの魔王』のノアが負けたっていう演出をしているし、そのノアを殺した相手がいる場所にソラが来ないっていうのも違和感があるんだよね。


 まあ、ぶっちゃけここまで来たら他の方向にシフトする予定だからいいんだけどさ。


 そう考えていると、みんながこちらに歩いてきた。



「……あー……なんというか、あれだ。任務、完璧にこなしてもらって助かった、如月殿」


「いえ、お気になさらず。『特級探索者』の〝斥候〟として、依頼をこなしただけです」



 狐のお面で判らないだろうけれど、キリッとした表情を浮かべて答えておく。

 その場にいる水都先生や御神さんたち。それに大重さんや、なんかイケメンな感じのリーダー風な男性、他の探索者たちが一斉に微妙に表情を強張らせ、遠い目をしている気がする。


 あれか。

 もしかして、『特級探索者』でもここまではそう簡単にできないとか?

 ちょっとペース早過ぎたかな?


 僕の中では、ここにいるメンバーは全員〝666〟に入る前のルフィナになんとか勝てる程度、という認識だ。

 だからそんなに驚くようなこともしなかったし、僕も結構抑え気味にやったつもりなんだけどね。


 ……ま、いっか。



「とは言え、私もさすがに疲れましたので、お先に進んでください。しばらく休憩させていただいてから帰りますので」


「えっ」


「え?」


「マ?」


「本気で疲れてんの? なんかめっちゃ涼しい顔してる気がするんだけど。お面で判らないけど」



 一斉に向けられた「何言ってんだこいつ」みたいな目。

 解せぬ。



「斥候役としてちゃんとルートを確保しましたので、もう私の役目は終わったと言っても過言ではありません。そんな私に、サービス残業を要請しよう、と? とんだブラックですね」


「いや、おまえさん……これもうそういう次元の状況じゃねぇからな? この中にいる連中をぶっ倒して止めねぇと、人類ヤベーからな? サービス残業とかブラックとか、そんな悠長なこと言ってられる状況じゃねぇからな?」



 大重さん、ド正論である。


 とは言っても、僕が中に入って行ったら色々マズい。

 何がマズいって、実際に目の前にいるのに手加減とかして戦うのが面倒臭くなって、とりあえず全部殺そうって気分になりそうだから。

 あと、〝666〟の勇姿を観れなくなるのもいただけない。

 領域で状況を確認したりっていうのはできるけど、それよりもニグ様やヨグ様、ラトなんかと観戦気分で楽しみたいのだ。


 なので、僕も譲る気はない。

 帰るのは確定だ。


 ……だからって一回帰ると言って許されるような状況じゃないし、適当に時間を稼がせてもらおう。



「……はあ。しょうがありませんね。ただ、疲れはしたので休憩はさせていただきます。下手に無理をして進んで足を引っ張る訳にもいきませんので。お先にどうぞ。後から追いつきます」



 ほら、一人でルート確保なんてしたんだから、これぐらい許してくれるでしょ。知らんけど。

 もし許さないって言われたら、中ではぐれたフリして帰るしかないけどね。



「……分かった。それでも参戦してくれるならありがたい。実際のところ、ここまで道を……貫いて? いや、切り開いてくれた如月殿の助力があるのとないのでは、大きく変わってくるだろう。すまないが、協力してくれ」


「分かりました」


「感謝する」



 水都先生、先生してる頃より丸くなったというか、言葉とか柔らかくなったなぁ。

 僕の彼女に対する印象だと、他人を一定以上に踏み込ませないように距離を取っているというか、嫌われ役を買って出ているという印象だったし、自分から率先して嫌われる言動の方が多かったのに。


 時間は人を成長させるんだね。

 僕の見た目は変わってないのに。



「さて、今度こそ我々の番という訳だな。魔物が途切れている今が好機だ。進むぞ」



 水都先生が掛け声をして、みんなが頷いて中へと進んでいく。

 座布団の上に座っている僕をちらっと見てから進んだりしなくていいんだよ?

 いいからほら、さっさと行った行った。

 キミらがいつまでもいたら、僕も一旦帰ったりできないじゃん。

 しっし。


 神殿の中は、〝古ぶるしきもの〟の眷属たちによる支配領域だ。

 ただの人間種であれば取り込まれ、あるいは発狂してという具合に影響も出るだろうけれど、この人たちなら大丈夫だろう。



「――如月さん」


「あ、はい」



 最後までその場に残っていた御神さん。

 彼女が何故か真剣な面持ちでわざわざこっちに声をかけてきたので、僕もさり気なく取り出していた急須と湯呑みをそっと手元に置いて、背筋を伸ばして返す。


 しばしの無言。

 いや、声をかけてきたのそっちなんだから、さっさと話して行ってくれてもいいんだよ?

 というか早くして? 帰りたいから。


 そんなことを考えながら待っていると、何やら迷っていた様子で数回ばかり目線を彷徨わせてから、彼女は深く深呼吸した。

 なんでそんなに緊張したような表情を浮かべているのやら。


 そのまま待っている僕へ、意を決したように口を開いた。



「――の目的は分かりませんが、今回の戦いにおいては敵ではないと、そう考えても良いのでしょうか?」



 何かを見透かすように、真剣な表情でこちらを見つめて訊ねてくる御神さん。

 そんな彼女が、一体何を思ってそう口にしたのか、その真意は僕にはいまいち判然としない。


 わざわざ僕にそんな言葉を投げかける。

 それをするだけの、何かがあるんだろう。


 ここではぐらかすのは簡単だ。

 僕は探索者ギルドから派遣された一人の探索者ということになっているんだし、当然、今回の戦いにおいては敵ではないのだから。


 だから、単純に肯定してあげるだけ。

 それだけで、会話は終わる。


 ただまあ、なんとなく。

 僕も普通に答えてあげようという気になった。



「――今回に限って言えば、そうですね。もっとも、状況が変われば味方で在り続けることもなくなるでしょうけれど」



 こと戦いにおいて、常に何かの敵だとか味方だとか。

 そんなものが定まり続けるなんてことは、ほぼほぼ有り得ない。


 単純な話、利害関係が一致している間は味方でいられるだろうし、逆に、利害関係が一致しなくなって、目的も合わなくなれば、仲間であった存在が敵になることだって普通に有り得る。


 だから、僕にとっての答えはただそれだけだ。


 僕にとって、〝古ぶるしきもの〟は明確に敵である。

 人間種の新たなステージへの進化を邪魔する、明確な邪魔者。

 だから、僕は敵を排除する。

 その敵と敵対している他の勢力があるのならば、味方になるかどうかはさて置き、敵ではないという答えに行き着く。


 そんな僕の答えを聞き、正面から受け止めた御神さん。

 彼女は静かに頷いて瞑目し、ゆっくりと顔をあげて、改めて僕を見つめた。



「……分かりました。その言葉を信じます」


「信じていただかなくてもいいですよ?」


「……そうですね。私たちがどう考えようと、そういうことに頓着するような存在ではないことぐらい、理解しているつもりです。ただ、私は信じると、そう決めた。それだけの話です」


「そうですか」



 何かが吹っ切れた様子で、御神さんは小さく微笑んでそんな言葉を宣言し、踵を返して神殿に向かって駆けて行った。


 ……なんだったんだろうね、一体。

 そんな疑問を抱きつつも、ともあれ胸熱共闘シーンをしっかりと拝見するべく、僕も拠点に一度帰ることにした。





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