利用するということ
「――――だから、キミたちを助けたのに大層な理由なんてないんだ。ただそれっぽい秘密結社を作りたかったから、という訳だね」
一通りの話を終えて、言葉を区切る。
僕が元々は特区で育っただけの至って普通の人間であったこと。
ただその強さが人間のカテゴリを飛び越えてしまっていたようで、それが気に入られ、一気に神格化する際に引き上げられ、〝外なる神〟にカテゴライズされる存在になったこと。
そして、そんな僕が、この世界を面白可笑しく生きるという目的と、ヨグ様やニグ様、それにラトの目的である人類のステージを引き上げることを合致させ、ダンジョンの調整なんかを行う一方で、秘密結社と秘密基地という僕の趣味全開のものにみんなを巻き込んでいるということ。
それらを語っている間、誰も何も話そうとはしなかった。
ただただ静かに話を聞いているだけのみんなに、僕は淡々と、滔々とこれまでの出来事を語った。
――これで僕という存在を見限るのであれば、それでもいい。
語り終えた僕の胸の内にある想いは、ただそれだけだった。
僕には壮大な野望がある訳でもなければ、復讐に駆られて燃えている訳でもない。
僕という存在が、いかに自分勝手で好き勝手やっているかを知れば、きっとみんなも僕にドン引きして、自分たちなりの道を探すかもしれない。
もちろん、僕だってみんなには思い入れというか、できれば眷属として僕と過ごしてほしいとは思うけれど、それはあくまでも彼ら彼女らの意思を尊重してのことだ。
僕は自動的に沼に引きずり込むような形で眷属を作っていきたいとは思わないし、選んでくれればいい。
――――なんて、思っていたんだけどなぁ。
「ぷ……っ、あっははははっ! お兄様面白すぎーっ」
「最高」
「なんというか、主らしいというか……」
リーナが爆笑して、エリカは肩を震わせて俯きながらサムズアップ。
ヴィムはむしろ肩の力が抜けたように苦笑――というよりも納得した様子で笑った。
「……よもや、神の一柱にまで上り詰めた存在であるとは……想定外でございますなぁ」
「さすがですわーっ!」
「だな! それでこそ俺らの大将よ!」
唖然とした様子で話を聞いていたハワードが感服した様子で呟けば、クリスティーナが何故か称賛して高笑い。ドラクも誇らしげで、ジンもそれに合わせてこっちをキラキラと目を輝かせながら頷いている。
……なんか、思ってたのと違うんだけど。
「……えぇと、だからキミたちは僕に利用されていた訳だけど?」
「それはお互い様というものでございましょう?」
「へ?」
「先程も申し上げました通り、我らは貴方様に拾われ、救われた者でございます。もしもあの地獄のような日々の中、救いがないままであったなら、こうして今のように笑っていることもございませんでした。それどころか、感情を殺し、道具として扱われている未来もあったのではないかと思います」
それは……まあ、有り得たかもしれない。
僕が魔王ムーブをする形になった、『燦華』メンバーを襲った奇妙な研究者が使っていた、魔物を操っていたあの奇妙な首輪。
あれは、人間にだって使える可能性もあったし、もしもそうなっていたとしたら、以前の探索者ギルドならやりかねないとも言い切れない。
もっとも、僕が【
「我らは貴方様のおかげで自由を謳歌できている、笑える程に、気ままに過ごせているのです。我らは貴方様の気まぐれに便乗し、この自由を謳歌しているのでございます。故に、お互い様でございます」
「そうですわね。わたくしたちもそういう意味では利用させていただいていると言っても過言ではありませんことよ?」
「はい。ですが、そんな我らであっても貴方様の御役に立てているのであれば、それに異論などございません。むしろ、我らが役立てているというのであれば、それは重畳というもの。それに、今後はそのような面白いことに便乗させていただけるとなれば、必然、我らも愉しめるというものでございましょう?」
「まあそれはそうかもしれないけれど……、そういうものかい?」
「リーナは楽しいから全然オッケー!」
「肯定。人間は嫌い。そんな人間を手玉に取って遊ぶなんて、面白い」
「おーっほっほっほっ! 愚民共を玩具にしてやるのは高貴なワタクシの務めというものですわー!」
「それは違うと思うが……まあ、悪くはない」
「いいじゃねェか! かたっ苦しいのよりは断然歓迎だぜ!」
「――そういうもののようでございますなぁ」
……なんていうか、うん。
あっさりと受け入れちゃうものなんだね、こういうの。
唖然としている僕に向かって、ハワードがにっこりと微笑んでみせた。
「貴方様は貴方様の思う通り、我らをお使いください。我らもまた自らの意思でそれに付き従うのですから」
「……そっか。じゃあ、そうさせてもらおうかな」
……うん。
本人たちがそう言ってくれているのなら、迷うことはないだろうね。
「ねーねー、お兄様ー。そのニグ様とかヨグ様とかって、あっちの建物にいるの?」
「あぁ、うん、そうだね。もっとも、さっきも言った通り本体がいる訳じゃなくて、ただの肉体端末だけどね」
「わたしたちも挨拶とかした方がいいんじゃなーい?」
「あー……どうだろう。会う気あったりするのかな。ちょっと試してみようか」
「試す?」
とりあえずお試しということで、腕を伸ばした先で虚空に円を描くように場所を指定し、転移のために空間を繋ぐ。
すると、即座にそこからヨグ様がぴょんと跳んできて、続いてニグ様、そしてニヤニヤしたラトが歩いて出てきて――みんなが固まった。
……いや、ラトあたりなら出てきてくれたりするかなって思ったら、全員来たのはちょっと予想外だった。
ニヤニヤしてるのは、全員で来るかもなんて想定もしていなかった僕にサプライズが成功したから、というところかな。
「ちょっとヨグ、抑えなさい」
ラトに言われてヨグ様が「がってんっ」といった顔文字を出してから領域を狭めていく。
そこでようやくみんなも呼吸を思い出したようで、慌てて息を吸っていた。
……あー、まだ耐えられないんだね。
ちょっとずつ進化しているって話だったし、迷わず呼んでみたんだけど、早まったかもしれない。
ともあれ、そんな訳で僕が説明していた3人――……3柱? まあどうでもいいけど――を紹介していくと、まさかこんな気さくに姿を現すとは思ってもみなかったのか、全員固まった。
そんな中で、何故かエリカだけが目を輝かせていた。
「〝這い寄る混沌〟様……!」
「あら、あなたはエリカだったわね。ふふ、そうよ」
「ふぁ……!? い、色気が凄まじいですぅ……!」
エリカが何故かラトに恍惚としていて、くねくねしてる。
何アレ、僕も見たことのない反応なんだけど。
「何この子、面白い反応するじゃない。颯、この子ちょうだい」
「何言ってんのさ、ダメだよ」
「そうですよ、ラト。あなたが手を出したら収拾がつかなくなります」
「何よ、ニグだってそっちのハワードだったかしら。それを気に入ってるみたいじゃない」
「わ、ワタクシめでございますかな?」
「颯の眷属としてちょうど良い存在として、ですよ。私は眷属を増やすつもりはありません」
ラトとニグ様の会話に巻き込まれたハワードが震えながら声をあげた。
うわぁ、動揺するハワードとか初めて見た気がする。
そんな中、ヨグ様が突如、リーナに抱き着かれ――そうになって、その場から転移して僕の膝の上に逃げてきた。
「あれっ!? あっ、いた! かわいーっ! お兄様、その子かわいい! ちょうだい!」
「いや、この子がヨグ様だからね? 僕の上司みたいな存在だからね? いや、ニグ様とかラトとかもそうだけどさ」
「えーっ!」
「ほら、ヨグ様も嫌がってるじゃん」
ヨグ様が半透明の板に表示したのはバツ印の口をした顔文字。
まあ本当に怒ってたり拒絶してたりって訳でもなさそうだ。
本当に嫌がってたらリーナがどこかに飛ばされたりしていただろうし。
リーナが止まらずに突進してきて、ヨグ様に触れる寸前でヨグ様がリーナを転移させ、ヨグ様の後ろに移動させる。
飛びつこうとした慣性も消えないままで飛ばされたらしく、リーナが慌てて着地して振り返れば、ヨグ様がドヤ顔の顔文字を見せつけている。
「えーっ、すごい! お兄様と同じ力っ!?」
「いや、というかヨグ様から与えられたのが僕だからね。むしろオリジナルはヨグ様だから」
「オリジナル! すごいすごい!」
リーナはリーナで目を輝かせてるし、ヨグ様はヨグ様で僕の膝の上でおちょくって楽しんでる節があるっぽい。
アホ毛っぽいのが出てきてふよんふよん揺れてる。
……尻尾か何かなのかな?
それやるなら表情とか声とか、他に動かすトコあると思うんだけど。
「――颯」
「ん?」
「良かったですね」
ラトがエリカや他のメンバー、ヨグ様がリーナに構っている中で、ニグ様が僕に近づいてきて声をかけてくる。
その言葉に、僕はただ、小さく頷いて――そして、改めて口を開いた。
「あ、ルフィナ忘れてた」
「……ぇ?」
僕の右腕になると公言したヤベーヤツ、【魔王】ルフィナ。
しばらく待つように言ったまんま放置してたや。
彼女もそろそろ面通ししてあげないとなぁ、なんて思いながら、僕はひっそりとため息を吐いた。
あの子、カロリー高いんだよなぁ……。
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