『燦華』と闖入者






 薄暗い、けれど視界を確保できる程度には光源のある広い洞窟の中。

 その場所では先程から激しい戦いが続いていた。



「――紗希!」


「分かってるッ、はああぁぁぁッ!」



 明るく天真爛漫さが売りの明るい茶色の髪を持つ少女、りんが叫ぶ。

 紗希と呼ばれた黒髪をポニーテールにした少女はすでに動き出しており、太刀を構えて肉薄、下層へと続く門を守る『試練の門番ゲートキーパー』へと迫った。


 一閃、常人では見切れない速さで振るわれた太刀が放ったそれは、しかし『試練の門番ゲートキーパー』である黒い大狼が反射的に距離を取ったため、前足を掠めるに留まった。



「浅い……ッ!」


「この……っ、大人しくなさいませっ!」



 後方で魔力を練り上げていたもう一人、夏純かすみが眼前に浮かべた3枚の手のひら大の長方形の紙――術符を操り、黒い大狼の上へと飛ばし、そして魔法を発動させた。

 術符が輝き、上空に散らばったそれらから光り輝く鎖が伸び、大狼の身体へと巻き付く。動きを止めるための拘束系の呪符魔法――【戒鎖結界】と呼ばれる、上位呪符魔法だ。


 獣が叫ぶにしては、さらに大きく野太い声が響き渡る。

 その中で、この瞬間を待っていたと言わんばかりに燐が双剣を手に、紗希が太刀を手に一斉に駆け出し大狼へと迫る。


 下層へと続く門を守る『試練の門番ゲートキーパー』を相手に、長時間の拘束は期待できない。それどころか、ほんの数秒程度が関の山というところか。

 それを理解しているからこそ、この好機を逃す訳にはいかなかったのだ。


 燐も紗希も、信頼している夏純ならば必ずやってくれると信じていた。

 夏純もまた、二人ならば魔法の完成にかかる詠唱時間を必ずしっかりと稼いでくれると信じていた。

 3人は、言葉はなくとも互いに互いを信じて動いていたのだ。

 

 ほんの一瞬。

 僅かな一瞬の隙であったが、戦いにおいてそれは致命的なものだった。

 上位者の戦いともなれば、なおさらに。


 黒い大狼が光の鎖に繋がれ、無防備に首を曝け出した。


 僅かな時間、ほんの一呼吸程度の空白。

 しかしその空白が、大狼の命を刈り取るには充分過ぎた。


 燐と紗希が交差するように左右からその首の付け根を斬り裂き、そして後方――夏純が杖を大地へと突き立て、黄色く、夏純の身体を覆う程の大きさをした魔法陣が夏純の眼前に展開され、雷が放たれる。

 その雷撃は大狼の首、二人の斬り裂いたその場所を一直線に穿ち、その体内を食い荒らすかのように暴れ回った。


 そして、大狼はゆっくりと倒れた。

 煙を立てながら倒れる大狼に、しかし3人は未だに警戒を解かず、残心を忘れない。


 そして大狼そのものが煙となって消えていき、ようやく3人が息を吐いた。



:うおおおおぉぉぉ!!

:すげーーー!

:中層突破おめでとー!

:これは若手最強!

:めっちゃいいもん見れた、ありがとー!



 3人の視界の隅、コンタクトレンズ型の『Augmented Reality』――AR技術によって浮かび上がるコメントには、称賛するコメントが次々と流れていく。


 ダンジョン配信。

 動画投稿サービス、『D-LIVE』と呼ばれる投稿サイトを通じて、ダンジョンという不思議な空間での戦い、冒険を配信するというのは、近年では人気のコンテンツである。

 燐と紗希、夏純の3人パーティ、「『燦華さんか』はこの『D-LIVE』配信をしながら攻略をする新人ながらも実力派の若手女性パーティとして名を馳せつつある、Dライバーであった。


 そんな彼女たちも、普段ならばコメントに感謝の言葉をあげたり、配信を盛り上げるためにも「みなさん、見ましたかっ!?」というように声をかけたりもするが、下層への入場を可能にする『試練の門番ゲートキーパー』討伐というのは大きな目標の一つという事もあり、喜びを噛み締め、思わず感極まってしまいそうで、コメントに反応できそうになかった。


 3人とも疲れ切った様子で、しかし満足げに頷き合い、口を開こうとした。




 ――――その時だった。




 パチパチパチ、と拍手の音。

 誰もいないはずのその部屋の中に響くその音に、3人は思わず肩を震わせ、音の鳴る方向へと顔を向けた。




「――いやぁ、お見事。実にお見事でしたねぇ。さすがは実力派と名高い方々ですねぇ」




:は? 誰こいつ?

:というかなんでいるん? 守護者部屋はパーティ以外入れないんじゃないの?

:コイツどっかで見たことあるような気がする。

:褒め言葉というより、なんか小馬鹿にしたような言い方だな。



 そこにいたのは、一人の男。

 痩せ型で背が高く、ひょろっとした印象の男は、ダンジョンの中にいるというのに戦うようには見えない、そんな姿をしていた。


 やせ細り、不健康そうな青白い肌。

 ぎょろりとした目の下には大きな隈も出来ていて、ぼさぼさの伸ばしっぱなしの髪に、よれよれの白衣だけが真新しく綺麗で、なんだか酷く違和感があった。


 どこか幽鬼を思わせる男は、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。



「……あなた、何者? この部屋は階層主部屋。中に入った探索者が死ぬか、『試練の門番ゲートキーパー』が消えて中に入った探索者が次の階層に移動するまで入れないはずよ」



 刺々しい空気を隠そうともせず、紗希が僅かに腰を落として太刀を構えて問いかける。

 その姿はおよそ一般人への対応にしては過激とも言える対応ではあるが、しかし状況が状況だ。


 コメントや紗希が言う通り、本来ならば第三者が入れないはずの『試練の門番ゲートキーパー』のいる部屋――通称階層主部屋、守護者部屋――に、いつの間にか現れたという特異性。加えて、どこか嘲笑うかのような物言いと態度の男を警戒するなという方が無理な話であった。


 その判断は何も紗希だけではなかった。

 燐と夏純も身構え、いつでも動けるように意識を切り替え、男を見つめていた。



「ま、ま、そんなのはどうでも良いではありませんかぁ。ワタクシ、ただあなた方を称賛して褒め称えているだけだというのに。そんなに警戒されてしまいますと、ワタクシ、傷ついてしまいそうですねぇ」


「攻撃されたくなければ質問に答えなさい。場所が場所なだけに、あなたに私たちが無警戒に応じるというのは、有り得ないわ」


「おほほっ、恐ろしいですねぇ。下層へと繋がる扉を守る門番を、大きな怪我もなく倒してみるような方々に警戒されるなんて。いやはや恐ろしすぎて……――殺してしまいそうですよぉ?」


「――っ、散開!」



 紗希の声に合わせて3人が一斉にその場から離れる。

 同時に、そんな3人の立っていた場所に降ってきたかのように現れたのは、人型の魔物である大緑鬼オーガであった。



:え

:オーガ!?

:下層モンスターじゃん!

:なんで階層主部屋にいるんだよ!?

:今あの男の言葉に合わせていきなり現れた?



 深緑色の皮膚を持つ、筋骨隆々の肉体に3メートル程はあろうかという背丈。

 人型のモンスターであり、凄まじい膂力はもちろん、人間には劣るものの本能に忠実な魔物に比べてはっきりとした知恵を持つ――それが大緑鬼オーガと呼ばれる魔物だ。

 強靭な肉体は生半可な攻撃を通さず、全身筋肉とも言えるその肉体をさらに魔法で強化し、凄まじい速度で動き回る化け物である。



「……なんで、こんなところに大緑鬼オーガが……」


「ふぅむ……、不思議なことはないでしょう? ワタクシがここにいるのです。ワタクシの使役する魔物・・・・・・を、ワタクシが連れているのですから、えぇ、何もおかしな事などありませんとも」


「っ、使役……!? 魔物を使役するなんて、そんな事ができるなんて聞いたことないわよ!?」


:使役ってマ?

:え、ゲームで言うテイマー的な感じ?

:いや、そんな能力ないだろ

:一時期あるんじゃないかって言われてはいたけど、実際おらんはず

:てか使役してるってことは、3人を襲わせてるのコイツってことだろ!?



 コメント欄が驚愕するのも無理はなかった。

 魔物は基本的に自我を持たず、ゲームのように従えることはできないのだ。

 ダンジョンが現れた当初はテイマーや召喚士のような能力、いわゆるスキル、あるいはアビリティを有した魔道具が見つかる可能性についても考えられてきたが、そのような事例はこれまでに一度たりとも見つかっていなかった。


 しかし、そんなこれまでの常識を嘲笑うかのように、男は大緑鬼オーガに近づき、その腕に触れてみせた。



「くふっ、ふふふふ、ずいぶんと驚いているみたいですねぇ。ワタクシの組織・・では、この技術はすでに当たり前のものなのですがねぇ」


「組織……?」


「えぇ、そうですとも。ワタクシ達はこの技術を用いて、政府に交渉するつもりなのですよぉ。国を明け渡せ、さもなくば『魔物氾濫』を一斉に引き起こす、とねぇ」


「な……ッ!?」


:は?

:ちょ、マジで?

:いや、魔物が操れるんなら『魔物氾濫』もできちまうのか……?

:これ、マジでヤバいヤツ……?

:下層の魔物とかを意図的に氾濫させられるってなったらシャレにならねぇぞ!?

:とりあえず通報した!

:拡散済み! はやくオマエらも共有しとけ!

:というか3人も早く逃げた方がいいって!



 言葉を失う3人と、混乱するコメント欄。

 そして、そんな3人とコメントの反応を想像して楽しむ男が、悦に浸るように口角をつり上げた。






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