決着




 もうもうと立ち込める煙。

 建物の舞い上げた埃と砂、焦げ付いたような鼻をつく匂いと茶色い煙が視界を埋める中、水都と木下や、合流と同時に伏せる形となった長嶺らはゆっくりと顔をあげた。


 刹那、風が吹き荒れた。

 空に向かって竜巻のように煙を巻き込み、伸びていく風が周囲の煙という煙を全て巻き上げていく。

 ようやく周囲の視界が晴れ渡ったその先を見て、全員は言葉を失い、絶句した。



「……こ、れは……」


:えぇ……

:なぁにこれぇ?

:うわぁ

:終末ですね、わかります

:いや、やば

:ただの爆撃なんか比較にならないレベルじゃん

:これが人間に向けられたら……

:人間おわた



 周囲に建ち並んでいた建物という建物が、崩れ、吹き飛ばされ、強引に剥がされたアスファルトから土がその姿を露出している。


 先程まで空を塞ぐように建ち並んでいた建物も同じだ。

 砕けてなおかろうじて残った、建物の基礎とも言えるような代物の残骸。

 剥き出しに溶解して奇妙な形を作り出していた。


 そんな中、水都らの正面に一つの人影、その後ろ姿が目に入った。


 長嶺たちはつい先程目の前で彼女を見ており、水都と木下もまた、その姿を突然始まった配信越しに見た存在。

 不思議な髪色を膝裏ほどまで伸ばし、貫頭衣とも言えるような真っ白な服に身を包んだ幼い子供であった。


 手を前に突き出し、自分たちを守るような位置にいたためか、その子供を頂点として鋭角な三角形が生み出されて無事な地域が残っている。

 水都や長嶺たち、そしてその後方に待機していた乗り付けた車。アスファルト、ビルの出入り口など、その幼女が佇む後方だけが、先程となんら変わらない形で残っていた。



「……助けてくれた、のか……?」


:え

:ここ無事?

:何これ?

:普通にあり得ないだろ

:ちょ

:幼女!!

:あの髪の色、すごいな

:緑色っていうか金色混じってるよね

:なんだっけ、ああいうの

:玉虫色ってやつ?

:うっ、その表現はちょっと



 木下が周囲を見渡して呟く。


 彼女が守ってくれたとしか思えない周囲の光景。

 今更ながらに支えを失ったことに気が付いたかのように、ゆっくりとバランスを崩して後方へと崩れていく周囲の建物。


 その光景を見て、長嶺は一人、どこか他人事のように思う。


 ――まるであの子が自分の周囲を先頭に切り取っているかのようだ、と。


 通常の結界系統の魔法の場合、術者とその僅か後方は守れたとしても、後方全てを無傷で守りきるような真似はできない。

 吹き飛ばされる瓦礫、拡散していく衝撃は無秩序に暴れまわる。そのため、無傷でその後方だけが残されるということは有り得ないのだ。


 なのに、まるでその場所を襲ってきた衝撃、事象、そういったものだけを切り取ったかのように、何事もなかったような空間が取り残されている。

 長嶺や水都ら一行も、その後方も、まるで何事もなかったかのように、先程と変わらない光景のまま。


 今しがた、さながら映画のセットのように、正面だけを誂えているハリボテが支えをなくなったかのように倒れていた建物も含めて、この周辺一帯が隔離されていたかのような、そんな感覚があった。


 だからこそ、長嶺は強く思った。

 やはりあの幼い子供もまた人外の存在――しかも、先程『ダンジョンの魔王』であるノア、そして妖艶な美女と一緒にいた事からも、ダンジョン側の何者かなのだ、と。

 そんなことを改めて強く実感させられる。


 そんな事を考えていると、件の幼い子供がゆっくりと振り返り、何故か半透明な板を目の前に取り出した。

 だが、そんな子供の取り出した何かをしっかりと確認するよりも先に、先程の美女が姿を現し、子供の頭に手を置いて板のような何かを取り上げ、消してしまった。


 僅かにその手が、痛めつけてやると言わんばかりに力んでいるかのように見えたのは、きっと長嶺の気の所為だろう。



「守ってあげたのね。死んでしまってもそれはそれ、と思っていたのだけれど」


:美女きた!

:きれいだけどこわい

:整い過ぎて怖いっていうか

:なんか親子っぽい

:そもそも見た目と年齢合ってんのかな

:ハッ、幼女の方が年上って、コトォ!?

:包容力のある幼女、大好物です

:その貫頭衣の下ってどどどどどどど

:おい落ち着け! この配信メッセンジャー配信と同じだから!

:この光景見てもそういうネタに走れるあたり、もう滅んだ方がいいんじゃないかなって



 美女が笑みを浮かべて子供に声をかけてみれば、当の子供がこくんと頷いて、板のようなものを再び取り出して美女へと向けた。


 その瞬間、美女の顔が一瞬ピキッと強張ったように見えたが、水都らは周囲の光景、そして目の前に現れたダンジョン側の何者かを相手にしているという緊張感もあって、気が付いていなかった。



「……そう。あなたが決めたならそれでいいわよ」


「っ、……どういうことだ?」



 警戒した様子で声をあげる水都に、妖艶な美女――ラトがくすくすと笑ってみせた。



「そう警戒しなくていいわ。私は別にあなたたちなんてどうでもいいのだけれど、この子があなたたちに生かす価値があると判断したの」


「生かす、価値……?」


「えぇ、そうよ。もっとも、この子がどういう価値を見出したのかは私にも分からないのだけれど、ね。この子、見ての通り無口だもの」


:確かに

:一言も喋ってないよね?

:表情も変わらんし、正直何考えてるのか分からんのよな

:なんかたまに手元を見せようとしてない?

:筆談系幼女?

:喋らないんじゃなくて喋れないのかも

:というか、前提として幼女なの?

:見た目幼女なら何歳だろうが何者だろうが幼女じゃろがいッ!

:幼女過激派みたいなのおって草

:ホントこの光景見てなんで幼女で盛り上がってんだこいつら

:人間があっさり滅ぼされるだけの力を持ってる存在がいるってことだぞ

:世界よ、これが日本だ

:あの、一緒にするのやめてもらっていいですか?

:ひどい風評被害やめーや

:こんなんだからロリ◯ン大国とか呼ばれんだぞ

:その発言した国の方が実際の事件件数が圧倒的に多かったアレな

:イエスロリータ、ノータッチの紳士の国やぞ

:紳士の国VS変態紳士の国、ファイッ

:草も絶滅するわ



 そんな警戒心の欠片もなさそうなコメントが流れているのとは裏腹に、水都らはラトという存在、それに加えて自分たちを助けてはくれたものの、その意図や狙いといったものがまったく見えてこない幼い少女に対し、警戒せずにはいられなかった。


 互いに睨み合うように動きを止めていたかと思えば、次の瞬間。

 子供の方がぴくりと身体を動かしてから、ノアとソラが戦っていた方へと顔を向けて、次の瞬間には目の前に手を翳す。


 途端に、彼女の手の先が蜃気楼のように揺らめき始め、幼い子供は一度だけ水都らに振り返って手をぐーぱーと短く動かして見せてから、その中へと飛び込んで消えてしまった。



「消えた……!?」


「はあ。まったく、自由なんだから」


:消えた

:美女さんも入って消えちゃったね

:ばいばいしてくれた!

:瞬間移動的なサムシング?

:なんかダンジョンの入口にちょっと似てた

:ダンジョン勢、美女にショタにロリか……

:わい、ダンジョン勢になりたい

:魔物に喰われて終わるだけだろ

:草

:あ

:画面かわった

:ソラきゅん!?

:え

:生きとったんかワレェ!?

:ぼろぼろじゃん……

:というかどうやって生きて

:は?

:あれ?

:魔王様の片腕がない!?

:一方的に負けそうだったのに!?



 画面が切り替わり、視聴者たちはノアとソラの二人が交互に映し出された映像を目の当たりにして、困惑した様子でコメントを打ち込んでいく。


 先程まで追い込まれていたソラが、クレーターの中で血まみれになりながら上空にいるノアを睥睨して佇んでおり、一方で上空からソラを見下ろしていたノアが、左肩を押さえて苦々しげにソラを睨みつけていた。

 ノアの左腕、二の腕あたりから先がなくなっていた。



「……まさか、あの一瞬で防御と反撃を両立させて斬りかかってくるとは、ね……」



 放たれた【赫纏槍】。


 その一撃の直撃を避けた先で、広がった衝撃と爆風、広がる赤い雷撃のそれらを斬り裂いて隙間を作って己を守りつつ、そのまま反撃してみせたソラの一撃は、ノアにとっても想定外の反撃だった。

 結果として、ソラは殺しきれなかった衝撃と魔法攻撃に傷つき、一方でノアはソラからの反撃によって片腕を奪われるという今の状況が生まれたのだ。


 ――まったく。相変わらず、颯はネジが外れているわね……。

 ヨグを回収して再びノアを操ることに意識を集中させたラトは、颯の行動に呆れと感嘆を混じえてそんな感想を抱いていた。


 実のところ、ラトも颯も今回の手合わせに手加減らしい手加減はしていない。


 お互いに一撃に確かに殺意を込めて打ち合っており、どちらが勝っても最終的な流れだけは決めていて、そこに対してだけ整合させられれば良い、という考えで戦っている。


 手加減した戦いをするか。あるいは殺陣たてでもやるかのように綿密に打ち合わせ、練習するという手間が生じる。

 しかしそこで、「そもそも気にしなくて良くない?」という適当な颯の一言で、実際に殺し合うレベルで戦えばいいという結論に至ったのである。


 何せ、ラトはもちろん、颯もまた人外の存在である。

 肉体端末で戦う分にはお互いに使っている肉体端末が死んでも、すぐに復活できてしまう。わざわざ手間を取る必要などないのだ。

 

 だが、颯はベースが人間であり、人間から〝進化〟して間もない。

 そもそも死に対して忌避感、恐怖といったものが、物質世界の住人である以上、本来ならば存在しているものだ。


 そんな忌避感や恐怖を感じさせず、反撃に出てみせる。

 それはラトの知る人間の精神構造とは、明らかにかけ離れているように思えた。


 故に、油断した。

 結果として腕を飛ばされたのは、本当の意味で手痛い反撃を受けた状況である。




 ――――とは言え、ここまで周辺を破壊して、力を見せつけ、恐怖を、戦いを、力の必要性を見せつけられたのであれば、目的は達成したと言える。




「……ここまでのダメージを負うのは想定外だったよ、ソラ。悪いけれど、ここは一度退かせてもらうよ」


「ッ、待って、兄さん!」


「また会おう、ソラ。その時は、今度こそ一緒に……」



 短く、ただそれだけを告げてノアが消える。

 そんなノアを追いかけるように虚空に手を伸ばしたソラが歩き出そうとして、ぐしゃりとその場に倒れた。


 届かず虚空を掻いて握り締められた拳が掴んだものは、悔恨か、それとも届かなかった自分への怒りであったのか。


 最後まで配信を観ていた視聴者たちはそれを知ることもなく、配信が終了した画面を見つめたまま、しばし呆然としていたという。






◆――――おまけ――――◆


ヨグ「(*>ω<*)ゞ」

ニグ「何をしに行ったかと思えば、そちらでしたか。てっきり颯とラトの方に乱入でもしようとするのかと」

ヨグ「(ヾノ・∀・`)」

ニグ「……まあ、あなたはネタバレも嫌いですし、颯が色々とやるのを楽しんでいるタイプですものね。表立って介入はしないとは分かっていましたが」

ヨグ「(๑•̀ㅁ•́๑)✧」

ラト「ヨーーグーーッ! アンタ、あっちの人間たちに顔文字見せようとしたでしょう!?」

ヨグ「(*・з・) ~♪」

ラト「惚けんな!」

ニグ「……まあ、阻止できたならいいんじゃないですか?」






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