兄弟喧嘩




 赤く輝く雷を周囲に奔らせるノアと、蒼い炎を纏いノアと似たような青い雷を周囲に撒き散らすソラ。

 二人の魔力があまりにも大きすぎるせいか、長嶺や御神、藤間の3人は身動ぎ一つできずに唖然としたままその光景を見つめていた。


 ――綺麗だ。

 まるで自分とは全く異なる世界を眺めて呟いたかのような感想だけが、共通していた。


 長嶺は位階にしてⅥ。

 次いで藤間がⅤであり、御神はまだⅣだ。


 ノアとソラの二人が放った魔力の強大さが、そのあまりに圧倒的な力の塊が、危険なものであるという認識すら超えた先にあるせいか、一種の感覚の麻痺を引き起こしていると言えた。

 目の前の二人の力の余波を向けられただけで、自分たちなど一瞬にして塵と化してしまうだろうことを感じ取って動けないことにすら、気付いていない。



《――しっかりしろ、長嶺ッ!》


「……っ!?」



 突然イヤホンマイク越しに聞こえてきた鋭い声。

 その声に長嶺がはっと我に返り、慌てた様子で耳に手を当てた。



「隊長……?」


《ようやく気付いたか……。すぐにこちらに戻ってこい、その戦いに巻き込まれれば、命が幾つあっても足りん》



 まるでどこかでノアとソラを見ているかのような、そんな言葉が届いて、周囲を確認する。

 だが、特に撮影用のドローンなどが飛んでいる気配もなく、一体何がどうなっているのか、長嶺はもちろん、藤間、御神もまた理解ができずにいた。



《いいか、よく聞け。今、そこの場所は、突如始まったメッセンジャーの配信と同じ形式ですべての機器で観れる状態となっている。この日本国内に限定して、という話ではあるようだがな》


「え……」


《とにかくすぐに下がれ。おまえたちは近すぎて実感できていないのかもしれないが、その戦いは人の領域にはない。先程、配信が始まって二人が力を放出した瞬間、思わず逃げ出したくなるほどの力の余波がこちらにも届いている。おまえたちは自覚できていないだけだ。今すぐ、そこから離れろ》



 通信内容を耳にして藤間がスマホを取り出して『D-LIVE』のアプリを開いてみれば、なるほど、確かに自分たちが背景の一部のように映り込んでいる。

 ソラとノアが睨み合う姿が確かに映し出されており、コメントも酷く盛り上がっていた。


 内容を確認して、長嶺たちがお互いに頷き合って後方にじりじりと下がっていく。

 その最中、僅かに藤間の足裏が砂を踏むような音を奏でた、その瞬間――ソラとノアが一斉に動いた。



「――走ってッ!」



 もはや形振りなど構っていられないとばかりに叫ぶ長嶺の声を聞いて、御神も藤間も一斉に反転し、即座に駆け出した。


 同時に、ノアとソラの二人の姿が消えて、次の瞬間には抜刀した刀がノアに迫り、ノアもまたそれを大鎌をくるりと回してかち上げ、隙を晒させ、回した大鎌で斜めに斬りかかる。

 しかしソラもそれを読んでいたかのように鞘を使って大鎌の刃先を逸らしつつ、上体を屈めてやり過ごす。


 常人では知覚できないほどの速度で行われたやり取りは、静止した瞬間だけが確認できるようなものとなるため、奇妙な態勢でお互いに姿を現していた。


 即座に互いに空中を蹴って下がりながら、得意とする〝魔砲〟を至近距離で放った。

 ノアは黒、ソラは白色の魔砲がお互いにぶつかり合い、拮抗しながら周囲に拡散していき、建物という建物を、魔物を、次々と穿って大地に穴を空けていく。


 その後方を跳んでいた長嶺らはその衝撃に背を押されて着地に失敗したが、拡散した魔砲の餌食にならなかっただけ僥倖であったと言えた。


 ――さて、どうしたものかしらね。

 ノアの肉体――つまり『ダンジョンの魔王』を操っていたのは颯ではなく、ラトであった。

 颯が自分では分身体の同時操作がまだ難しく、一人ではぎこちない戦いしか演じられないため、今回に限っては颯に限りなく似せた分身体をニグが作り、ラトが直接操っているのだ。


 颯の実力はラトもよく理解している。

 演技のクオリティを上げるためという理由で颯が極めた抜刀術は、ラトであっても放たれてからでは反応できない、神速の一撃だ。


 その一撃を颯は躊躇うことなど一切ないままに放ってくるため、気が抜けない。

 なんとか大鎌を使って対応できてはいるものの、元々武器をあまり利用したことのないラトでは颯の抜刀術に対応しきるのは難しかった。


 ――だったら、手数と魔法かしらね。

 僅かな瞬間での判断と同時に、ラトは戦術を切り替えて〝魔砲〟をアレンジし、一本ずつがせいぜいサッカーボール程度大きさのものを大量に放ち、ソラへと殺到させた。






 一方、突然始まったというメッセンジャーの配信。

 その報告を受けたとほぼ同時に広がった、ノアとソラの強大な魔力の奔流。

 そのあまりの強大さに影響されたのか、魔物たちの進行はピタリと止まっていた。


 そのため、一時的に後方に撤退して配信の状況を確認していた水都は、配信越しに長嶺らが駆け出した姿を確認した水都は深く溜息を吐くと、疲れ切った様子で腰を地面に下ろした。



「……はあ。やれやれ、こっちはまだ昔の勘を取り戻せてすらいないというのに、こうも戦いが続くのは骨が折れるな」



 先日、ソラからもらった最高位の回復魔法薬。

 長嶺に渡されたその薬のおかげで、今の水都は傷跡のせいでまともに動かすことすらできなかった右肩も完治し、身体を改めて鍛え直している。


 もっとも、まだまだ身体のキレそのものは全盛期には追いついていない。

 単純な話、物心がついてからずっと鍛え続けていた己の全盛期と、年齢的にも衰えつつある今の自分とでは、身体能力を比べても勝てるものではない。


 ただ、それらを加味しても理想にはまだ程遠いというのが現実的な自分に対する評価であった。

 


「隊長、充分強いと思うがな」


「だとすれば、それは怪我で前線を離れ、腕が使えなかったせいで身体の動かし方だけを洗練させてきた影響かもしれんな。我武者羅に戦い続けてきた頃よりも技に重きを置いて、どうにかならないかとあがき続けてきたからな」


「……俺も技とか鍛えた方が、強くなれるんかね」


「鍛えない理由はないだろうな。……もっとも、この領域まで行くとすれば、もはやこれは極致とも言えるような領域ではあるが」



 そんな事を言いながら、水都は再びスマホに映し出されたノアとソラの戦いの映像を見つめる。


 普通のカメラ、ドローンでは確実に追いつけないであろう素早い動き。

 かろうじて、赤と青の光の尾のおかげでどう動いたのかが推察できるような、そんな高速戦闘が繰り広げられている。


 刀を使った抜刀術を駆使して、基本的に納刀した状態で動きながら、隙を見つけては抜刀術で応戦している。

 対して、大鎌を器用に振り回し、距離を詰められても大鎌の柄で受け止め、ぐるりと身体を回転させて蹴りを入れたりと、体術を組み合わせて対応している。


 そして翼を伸ばして槍のように襲う攻撃をノアが展開すれば、ソラはそれを器用に避けながら抜刀術で斬り裂き、魔法を放って対応してみせる。


 どちらの攻撃であっても周囲の建物、魔物たちがあっさりと両断され、吹き飛んでいった。



:うわ

:またビルがスパンと

:……映画かな?

:映画だとしたら駄作もいいとこだろ、見えねぇww

:というか、魔王様ことノアくんとソラくん、『燦華』の衝撃配信マジだった説

:魔王様相変わらず強すぎて草生えん

:いや、その魔王様とあんな拮抗できるソラくんもヤベーじゃん

:なお、ソラきゅんも人間嫌い

:おわた

:ホント利権にしがみついた老害どもはよぉ……

:まあ、そんな老害に踊らされてた俺らも同罪ではある

:翼きちゃ!

:速すぎて画像差し替え見た気分よww

:草

:探索者なら見えるんかな?

:おれ探索者だが、まったく見えん

:ちな、位階よろ

:Ⅱ

:はい解散

:位階Ⅱで見えると思ったことが烏滸がましいと思えww

:ふるぼっこは草



 流れるコメントの数々に、水都は呆れ混じりに嘆息した。

 そもそも目の前の戦いがどのように決着するにせよ、人類は場合によってはあの片方、あるいは両方と戦わなくてはならない日が来る。


 かつて養成校の、しかも自分の生徒に紛れ込んでおり、世の【魔王】ですらあっさりと、今ほどの力も出さずに屠ってみせた『ダンジョンの魔王』ことノア。

 対して、人間が嫌いだと公言しており、今のところは味方でも敵でもないと言える、ノアとは対極的な色を有した同じ顔の少年、ソラ。


 どちらか片方がその気になったら、あっさりと滅ぼされるだろう。

 実際、あの二人が戦うその余波だけで、先程からビルが倒壊、地面が斬り裂かれ、大穴が空いているような有り様である。


 もっとも、その戦いに巻き込まれたせいで、魔物たちもそれなりに間引きされていたりもするのだが。



:ひえ

:被害総額やばすぎ

:二人の斬撃が飛ぶ度に魔物もビルも真っ二つでわらう

:笑えねぇんだわ

:ウチの会社、無事倒壊

:ウチのブラック会社ビル破壊よっしゃあああああ!!!!

:うお

:黒と白

:あの極太レーザー正面からぶつかり合うのこわ

:ぶつかり合った余波だけでビルとアスファルトに大穴空いてんだよなぁ……

:これもうマジで探索者ギルドと政府のせいで世界終わるだろ

:あの二人がタッグで「そうだ、人間滅ぼそう」ってなったらガチで終わる



 あまりにも現実味のない領域での戦いであるが故に、いっそ映画でも観ているような気分でコメントを書き込んでいるのだろう。

 実際、新たにダンジョンが出現したとは言っても、まだ日本全土が全て危険な状況という訳ではないのだ。


 もっとも、水都はそんな強烈な魔法の余波や轟音がリアルタイムで聞こえてきているため、映画を観ているような気楽な気分で配信を眺めていられるような気分ではなかったが。



「――隊長、副隊長たちが戻ってきた!」


「そうか。合流と同時に離脱する。あの二人が戦っている以上、ここにも魔法が飛んでくる可能性もあるからな。準備しておけ、木下」


「おうよ!」



 威勢の良い木下の返事を聞いて、ふと水都はぞくりと走った悪寒に慌てて空を見上げた。



「……なん、だ、あれは……」



 浮かび上がる巨大な幾何学模様――魔法陣と呼ばれるそれが、空に形成されていく。

 この場所からでも巨大過ぎる代物であることが窺えるそれは、内側の紋様が時計回りに、外側の巨大な紋様が反時計回りにゆっくりと動いていた。


 場所的に考えても、ノアとソラが戦っている場所と思しき地点の真上。

 はっと我に返り、水都がスマホを見れば、そこには。



:なんだあれ

:でか

:魔法陣!?

:やばい、絶対やばい

:あんなのから魔法攻撃放たれたら、あの辺一帯どうなるんだよ

:わいそれなりに近くに住んでるんだけど、家からあの魔法陣ぽいの見えて震えてる

:やばいやばいやばい

:逃げろって!

:逃げてどうにかなるのか、これ……



 流れるコメントの数々。

 その映像の中では、いつの間にかソラが血を流しながら地面に横たわっており、それを見下ろすようにノアが浮かんでおり、その場所で上空に手を翳しながら、ソラを冷たく見下ろしているところであった。



《――ソラ、もう一度だけ言おう。キミじゃ僕には勝てない》


《……ぐ……ッ》


《僕は確かにキミと同じ力を持っていた。けれど、今の僕はキミとは違うんだ》



 身体のあちこちから血を流しながらも、刀を杖のように地面に突き立てたソラが、ゆっくりと立ち上がり、口を切ったのか血をぺっと吐き出してから、ノアを改めて睨みつける。



《……くだらない》


《……なんだと?》


《さっきのあの女に力を貰って……、優れた存在にでもなった、とでも言いたいのかい……?》


《……ッ》


《……あはは……笑わせるなよ。まがい物の僕らが、さらにまがい物を張り付けて、ホンモノにでもなったつもりかい?》


《……そうか。残念だよ、ソラ。キミなら、きっと分かってくれると思ったんだけどね――》



 そこまで言って、ノアが手を振り下ろす。



《――貫け、【赫纏槍かくてんそう】》



 上空に浮かび上がっていた魔法陣の中心に黒い光の球体が生み出され、赤い雷光を纏いつつ膨張していく。




「――全員、伏せろッ!」




 御神の叫び声に、合流してきた長嶺たち、そして木下が慌てて伏せる。

 刹那、黒い光の柱が空から一直線に大地に向かって赤々とした雷を纏った黒く巨大な槍が飛び出し、着弾と同時に轟音を奏で、その周辺諸共一帯を薙ぎ払った。






◆――――おまけ――――◆


ヨグ「(。-`ω-) .。oO」

ニグ「どうかしましたか?」

ヨグ「∑( 'ω' )」

ニグ「え゛、今なんて言いました?」

ヨグ「・:*。・:*三(o'ω')o」

ニグ「ちょぉっ!? ヨグ!? あなたどこへ!?」





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