交渉決裂
「ふぅん? あなたと同じ顔、それに全く違う色の存在ね。いるとは聞いていたし知っていたけれど、こうして見ると不思議ね」
「……アイツは僕が相手する。邪魔しないでほしいんだけど」
「ふふふ、つまらないの。せっかく新しい玩具を見つけたのに、ねぇ?」
くすくすと笑いながら『ダンジョンの魔王』に気安い様子で話しかける、妖艶な美女。
そんな彼女に対し、話しかけられた側である『ダンジョンの魔王』の方は、どちらかと言えば苦手意識を抱いているのか、あまり親しげに接している素振りはなかった。
長嶺と御神、それに起き上がった藤間の前にはソラが立ち、その姿をじっと見上げて様子を窺っているようにも見える。
そんな中、たった一人、先程から表情一つ変えようとしない玉虫色の不思議な髪と瞳をした幼女が、藤間たちに視線を向けた。
そのまま、発育途上にある柔らかそうな腕を力なく振るうと――3人は不可視の衝撃波に襲われ、吹き飛ばされた。
「――な……ッ!?」
「ぐ……っ!」
「……今のは、何を……」
魔法とはまた違う、不思議な一撃。
反応の一つすらできず、後方数メートルほど吹き飛ばされて顔をあげれば、件の幼女は自分たちに興味を失ったかのようにソラだけをじっと見ていた。
「なるほど。残念だけれど、そっちの3人は不合格ね。殺さないであげるから、せいぜいそこで黙っていなさいな。
幼女の代わりに口を開いたのは、美女の方だった。
邪魔な存在を手で払うような素振りをしてみせ、そのままソラに視線を向けた。
「その点、あなたはこちらの〝ノア〟と同一存在だけあって、合格に相応しいわね」
「……さっきからあなたの言う、不合格とか合格とかっていうのは一体?」
「さあ? あなたが此方側につくというのなら、話してあげないこともないわ」
問いかけるソラに対して返ってきた答えは、判然としないものでしかなかった。
そんな回答をしてみせた女性の横、『ダンジョンの魔王』――ノアと呼ばれた黒髪に赤いメッシュの入った方の少年が、ソラに向かって大鎌を突き付けた。
「で、どういうつもりだい、白」
「あいにく、僕は今ソラと名乗っていてね。僕のことはそう呼んでほしい」
「そう。なら、こちらもノアと呼ばれているから、そう呼ぶといいよ」
「分かった。で、何を問い質したいんだい?」
「決まっている。――どうして人間なんかを助けたんだい?」
その問いに身を強張らせたのは、長嶺と御神、そして藤間であった。
あの『ダンジョンの魔王』――ノアが指しているのは、今しがた藤間を助けるに至ったソラの行動についてであると理解したからだ。
しかし、そんな言葉を向けられたソラはさして気にすることでもないと言いたげに肩をすくめてみせた。
「配信、だっけ? あれを観たけれど、兄さんだって人間を助けたことはあっただろう?」
「いいや、違う。〝結果として助かる人間がいた〟のと〝助けるために行動した〟のでは、まるで違う」
「兄さんは前者であって、僕の行動は後者だった、と。そう言いたい訳だ」
「そうだよ。僕は人間なんて助ける気はない。なのに……キミは一体、何を考えているんだい?」
大鎌を突き付けていながらも、その表情はどこか悲しげなものを湛えている事が窺えた。
行動そのものが理解できないのではない。
ソラが人間を、意図的に助けたという事実。それを理解しているからこそ、何故そんな選択をしているのかと責めるような、そんな表情であった。
何も答えないソラを見下ろしながら、ノアは手に持った大鎌をゆっくりと下げて、何も持っていなかった左手を差し出した。
「……ソラ、僕と一緒に来るんだ。人間なんてものに、救う価値なんてない。助ける意味もない。キミと僕以外の
「……そうだね。廃棄処分、だったっけ」
「あぁ、そうだよ。廃棄処分という名目で、みんなみんな殺された。唯一、実験と称して力が微々たるものでしかなかった同胞が一人だけ施設から出て育っていたけれど、死んでいた。僕はその存在と入れ替わって人間の生活を見てきたけれど、結局その環境も、およそまともとは言えない酷いものだった」
その言葉に、ようやく御神は理解した。
ノアが〝彼方 颯〟という少年に扮して日常生活を送っていたというのは、つまり、人間という存在を見極めるためのものだったのだ、と。
その結果送った生活が、養成校の日々。
教師という存在たちに無理やり言うことを聞かされ、未来も自由もなく、ただただ戦うことだけを強要するような、特区内の一般的な生活だ。
だから、彼は――ノアは、そんな人間たちを見限ったのだろうと、御神には容易く想像がついた。
「僕とキミだけが、実験の成功例として今の力を手に入れた。人間の力を凌駕したこの力を手に入れ、未来を選ぶ権利を手に入れたんだ。人間の勝手な都合で生み出され、勝手な都合で生かされた僕らが、わざわざ人間の為に尽くしてやる必要なんてないんだ、ソラ」
「……あぁ、そうだね」
「己の利権にしがみつき、自分が満たされるためなら同族すら見捨て、奪い、殺せる種族。それが人間という存在の本質だ」
「……うん、知っているよ」
「僕と同じ存在であるキミなら、人間という存在なんてこのまま生かしておいても世界にとっては害にしかならないということが分かるはずだ。だから、僕と一緒に来るんだ、ソラ。僕らと、ダンジョンと共にいこう」
沈黙するソラを見て、長嶺も御神も、そして藤間も最悪の展開を想定する。
かの『ダンジョンの魔王』と同等の力を有した存在が、今この瞬間に、人間を排除すると決めてしまったとするならば、それは確実に人類の終焉がさらに近づくことを意味する。
実際、先日の世界全体への配信において、【魔王】となった存在を簡単に処分してみせる程度の強さをノアが有していることは証明されている。
そんな彼と同等の力を持っていると思しきソラが、人間を排除することを決めてノアと共に動く事になれば、人間に抗う術はない。
この状況がどう転ぶのかは予測がつかなかったが、ソラの境遇を考えれば、ノアと同じ考えに傾くのはおかしな事でもなんでもなかった。
ゆっくりと、ソラの白翼が折り畳まれていく。
それはまるで戦意を喪失したかのように見えた。
ソラが俯いたまま、ノアに向かって一歩踏み出す。
その時、長嶺はようやく気が付いた。
ノアの斜め後方。
話し合いの推移を見守るように構えていた妖艶な美女の笑みが、酷く歪んでいることに。
その表情は、愉悦を思わせるような笑みだった。
まるで何かを操り、思い通りにいくことを愉しげに見つめているような。
あるいは、己の手のひらの上で転がるその様を見て、見下しているような、悪辣で、醜悪なそれだ。
――このまま思い通りにいかせてはいけない。
長嶺はぞくりと酷い悪寒が背筋を駆け抜けると同時に抱いた、そんな確信に、気が付けば長嶺は口を開いていた。
「ッ、ソラくん、ダメ――!」
――――長嶺の叫びを遮るように、その場に耳障りな金属同士の衝突音が鳴り響いた。
「……どうして、ソラ」
「寝ぼけたことを言っている兄の目を醒ましてあげるのも、弟である僕の役目かなって、そう思ってね」
「……なんだって?」
たった一拍。
その一拍で距離を詰め、いつの間にか抜き放っていた白い鞘に収められているソラの刀が、ノアの持つ禍々しく黒いオーラを放った大鎌とせめぎ合う。
そんな中で、二人はなおも言葉を交わしていた。
「兄さん。まるで僕がおかしな行動をしているかのように言っているけれど、キミこそ目を醒ますといいよ。確かに、僕らは同じ存在と言える。だからこそ、兄さんの言い分は、あまりにも偏り過ぎているとよく分かる」
「……何を、言って……」
「そもそも、〝他人なんてどうなろうが知ったことじゃない〟という考えになるのが、僕という人間の本質のはずだ。あの実験の日々の中で、他人に対していちいち希望なんて抱かない、だから、絶望なんてしないし失望なんて有り得ない。恨み辛みを晴らそうだとか、否定を押し付けてやろうだとか、そんな事を思うことすらなかったのが、僕らだった」
「……っ」
「そして、そんな僕と同じ存在であるはずの兄さんが……〝どうしてそっちの二人を庇った〟?」
ソラの攻撃は、ノアが防いでいなければ残りの二人に直撃する位置へと放たれていたのだ。
長嶺らもまたソラの言葉を聞いて、確かにノアが今の一瞬で移動して攻撃を防いだことに気が付いた。
しかし、どうにもノアは自分がそんな行動をした事に気が付いてすらいないかのように、どこか困惑した表情を浮かべていた。
「……どういう意味……」
「気が付かないのかい? 今の僕の一撃は、兄さんじゃなくてそっちの二人を狙ったものだよ。なのに、兄さんはそっちの二人を庇ってこちらに来た。おかしな事があるものだね」
「――ッ、そ、れは……」
均衡状態を生み出した刀と大鎌が、小刻みにカチカチと音を奏でてせめぎ合う。
その光景を一瞥して、幼女の方が両手を前に出して何かをやろうとして、背が高く妖艶な美女がそれを制止するように手を前に出して遮ってから笑みをニタリと口角をあげた。
「あら……。もしかして、私たちを疑っているのかしら? 私たちが何かした、と?」
「ハッキリ言って、そうとしか思えないね。兄さんはこんな性格じゃなかったはずだ。――おまえ、一体何をした?」
「さあ? ノアから聞いたあなたたちの境遇を考えれば、ノアの考えが行き着いた結果が、人間の滅亡というのであれば、それは特に珍しくもなんともないことだと思うのだけれど?」
くすくすと笑って告げる美女の言葉に、再び幼女が手を出そうとして、またもや美女に止められる。
そんなやり取りを行いながらも美女が一つ溜息を吐いてから、困ったような表情を浮かべた。
「……はあ。ねえ、ノア? このままじゃ私たち、困ってしまうのだけれど……」
「ッ、先に戻ってくれていいッ! 僕がソラを説得する!」
「それ、本当にできるの? どう見ても納得できてなさそうなのだけれど?」
「……うるさい。いいから行ってよ」
「……ふふふ、そう。なら、任せるわね」
幼女が目の前で手を振れば、二人の背後に光の渦が生み出されて、その中へと二人が消えていく。
どうにかそれを追いかけようとソラが方向を転換しながら叫ぶ。
「ッ、待て――!」
「――キミの相手は僕だ、ソラ」
しかし、追跡させまいと間に入ったノアが、その大鎌を改めて構えて翼を広げた。
「……兄さん」
「ソラ。おまえはまだ、あまりにも物事を知らなすぎる」
「物事を知らずに都合よく使われてそうなのに、よくそんなことを言えるものだね。どいてよ、兄さん。僕は今の二人に用があるんだ」
「どかない。おまえ一人で会わせる訳にはいかない」
睨み合う、同じ顔をした二人。
その二人はどちらから何かを言うでもなく、ほぼ一斉に魔力を一気に練り上げ始め、その強力な力の余波に激しい強風が周囲に吹き荒れた。
「――【
ノアが、赤い雷を身に纏うように魔法を展開する。
「――【
対して、ソラが蒼い炎に包まれながら、周囲に蒼い雷を奔らせた。
――――赤と青の雷を纏った二人が、互いに睨み合った。
◆――――おまけ――――◆
ラト「もうっ、何度も顔文字出そうとしないでよね、ヨグ!」
ヨグ「(´・ω・`)」
ラト「は? なに? 自分も混ざりたかった? フザけないで。というか今忙しいんだから余計なことしないでよ!?」
ヨグ「(๑• ̀д•́ )✧+°」
ラト「ちょっとニグ! 私、今回は本気で操らないとシナリオ通りできそうにないから! 余裕ないのよ! ヨグのことお願い!」
ニグ「……はあ。分かりました。ほら、ヨグ。こっちで見物しましょうね」
ヨグ「三ヾ(。・∀・)ノ」
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