崩れた平和
新たに出現したダンジョンの入口に向かうにつれて、大量の魔物が人間を探すかのように周囲を徘徊している姿が目についた。
長嶺、御神、藤間の3名は道路をそのまま進むことを断念し、道路沿いに建ち並ぶビルの屋上から屋上へと飛び移って移動している。
眼下に広がる光景は、悲惨なものだ。
ビル内に未だに隠れていた人間もいたようだが、魔物たちは人間を執拗に追い回し、探し回っているらしい姿が目に入る。
その度に、御神は己の実力のなさを悔やむように拳を握っていた。
犇めき合う魔物たち。
それらは下層上部までしか潜ったことのない御神が見たこともないような魔物ばかりであり、下層中部、あるいは下部クラスの魔物たちが大量にいる。
一般人では、上層中部の魔物ですら相手にできない。
そんな人々にとっては、抗いようのない化物が突然大量に押し寄せてきたようにすら思えただろう。
もっとも、そこに対して御神が何かを思うことはなかった。
こういった事態で、ある意味動じる事もなく過ごせるというのは、探索者として育ってきた中で形成された物の見方が起因している。
ただ、悔しい。
何もできない己の無力さに対する怒りが大半を占めていた。
――この任務が終わったら、ダンジョンで位階を上げる訓練を強化させてもらおう。
そんな事を思いながらも、御神は長嶺の後を追った。
一方、藤間は自分の手に持ったタブレット端末内のGPS付きのマップに情報を書き込んでいく。
魔物の密度や多くいるタイプといったもの、乗り捨てられた車両の数による道路利用の可否などを報告し、それらを見て上野が後続部隊のために防衛ライン、ダンジョンへのルートの選定などを行っていた。
「……それにしても、襲ってきませんね」
「ん、ずっとついてきてる」
「気味悪いっすね~……、あの目玉蝙蝠みたいなヤツ」
ビルからビルへと飛び移り、駆けながら御神がぽつりと零したのは、先程からずっと3人を観察するように空を飛び回っている、巨大な目玉を有した蝙蝠のような魔物に関する感想であった。
特に襲ってくる様子もなく、しかしこちらからの攻撃も充分に避けられる程度に距離を空けてついてくる。
下手に攻撃を仕掛けても避けられ、かといって襲ってくるでもない以上、急ぎ対処する必要はないと考えて、3人は警戒しつつも無視して進まざるを得ない。
この状況ではそもそも気を緩めるという事はなかったが、しかし不気味な存在の視線を感じ続けて進むのは、なかなか歯痒いものがあった。
《――長嶺班、聞こえるか?》
「ん、どうぞ」
新たにビルへと飛び移ったところで、長嶺ら3人が耳につけたイヤホンマイクに水都の声が届き、3人がお互いに手で合図をして、物陰へ潜む。
そうして、代表した長嶺がイヤホンマイクに手を当てて返事をした。
《そちらから共有された情報を見る限り、どうやら魔物たちは積極的に攻め込んでくるというよりも、むしろダンジョン周辺の防備を固めているようだな》
「それはこちらも考えてた。ダンジョンの入口に近づくにつれて、魔物たちの数が増えてる」
《やはりか。前線への圧力もよわまっているようでな。このまま包囲網を張って被害地域を減らしたい、というのが上の指示だ。それをするには、周辺の分布状況を調べる必要がある。可能であれば飛行型の魔物たちから優先的に排除したいが、おまえたちは今、どうやって移動を?》
「ビルからビルへと飛び移る形。そのせいで進行速度は遅い」
たとえば全てのビルが同じ高さ、同じ造りであったならば素早く移動もできたかもしれない。
だが、現実はそういう訳にもいかず、いちいち屋上まで登って次のビルへと移動する、というような動きが必要になるような高低差のある建物もあるのだ。必然、道路を真っ直ぐ走るような移動に比べれば、その移動速度は落ちてしまう。
《なるほどな。では、合流ポイントを少し引き下げる。周辺調査は一旦終了、合流ポイントまで戻りつつ、飛行型の魔物の対処を優先しろ。こちらもそこまで戦線を押し上げながら、ドローンを展開して防衛ラインを構築する》
「藤間、できる?」
「いや~……正直、手が足らないっすね。小物が多すぎて魔力が足りなくなるし、かと言って大物だけ狙っても、小物の魔物でも逃げ切れないし落とされちまうんで」
飛行型の多くは蝙蝠系のあまり強くない類の魔物だ。
積極的に人間を狙いはしないものの、ドローンやヘリなど、空を飛んでいるものが近づいた瞬間に襲いかかってくる。
ヘリなどであれば位階の高い者が乗っていれば対処できなくもないが、その数はあまりに多く、魔力が尽きてしまえば、途端に逃げ場を失くして殺されるのが関の山というところである。
つまるところ、制空権の奪い合いという意味では、完全にダンジョンから出てきた魔物たちに軍配が上がっているのが実状だった。
一度一気に薙ぎ払うような真似ができれば、あるいはどうにか均衡状態は作り出せたかもしれないが、ダンジョン側に先手を打たれてしまっているような状態ではどうしようもない。
藤間の言葉を聞いて、水都が思考を巡らせ、改めて声をかけた。
《大物の足止めだけならどうだ?》
「それぐらいならなんとか、ってトコっす。ただ、数が来たらどうしようもなくなるんじゃないかなって」
《そうか……。やはり、対空攻撃ができるような術者を集めて制空権を取り戻すしかないな。仕方ない。3人はなるべく飛行型の大物だけを足止め、可能なら間引きしながら下がってこい。こちらも後続部隊と合流後、魔法を得意とする者達を一度集めておく》
「ん、了解」
水都からの通信はそこで終了したようで、長嶺、御神、藤間が互いに目配せし合って頷き、反転する。
わざわざ前進してきたのに戻らなくてはならないというのは、なかなか徒労感が大きくなる。
もっとも、ダンジョンのゲートに近づくにつれて魔物の数が増え、防衛するような状況であることなど、収穫できた情報があったからこそ作戦が立てられたのであれば、それらは無駄ではなかったとも言えるのだが。
価値のある行動であったとは言え、こういった変更は一瞬ではあるが意識の切り替えが甘く、隙が生じやすいものであった。
それに加えて、自分たちが一度は通ってきた道だからと、妙な安心感、あるいは安全だという思い込みのようなものもあったというのも否定はできない。
――――そういった幾つかの要素が重なり合って、生まれた隙。
その僅かな意識の空白を許さない、見逃さないとでも言わんばかりにそれは起こった。
3人が戻ろうと振り返った、その視線の先。
そこには巨大な蟻型の魔物――〝
「――ッ、〝
長嶺が叫び、藤間と御神、それに続いて長嶺も即座に駆け出そうとして、足が止まる。
振り返った先、見回した先、その場所の全てに次々〝
長嶺が急ぎ退避を命じたのは、〝
一匹見かけた時点で、数十、数百という数が近くにいる可能性があるため、退避行動を優先するよう声をあげた。
しかし、すでに〝
さらにそれに加えて、飛行型の魔物たちが一斉に集まり始めている。
足を止め、物陰に隠れて水都と通信していた僅かな時間。
その時間の間に、すでに距離を詰められていたようだ。
そしてそれを引き起こした存在に、ようやく気が付いた。
「これは……耳鳴りが……っ!?」
「……チッ、やられた、あの蝙蝠が呼んでるッ!」
不気味に距離を保ったままついてきた、巨大な目玉を有した蝙蝠型の魔物。
その正体は、先日ハルトとソラが邂逅を果たした際にもいた魔物――
元々あまり有名な魔物とは言えない魔物であり、3人は位階こそあげているが、さすがに下層下部に現れるような魔物まではあまり詳しくなかったがために、その事実に気が付かなかったのだ。
悔いてみても状況は改善しない。
このままこの場所に留まっていても、魔物が集まってきているのでは意味がないと判断して、長嶺はぐるりと周囲を見回し、決断する。
「藤間ッ! 6時方向突破!」
「了解――吹っ飛べッ!」
長嶺の判断を待っていたかのように、すでに藤間は魔力を練り上げ、魔法の発動準備を済ませていた。
藤間の叫びと共に放たれた魔法は、魔物を吹き飛ばして活路を生み出すためだけに作り出され、滅多に日の目を見る機会のなかった【圧縮爆風】という魔法であった。
強烈な衝撃波が直撃した〝
同時に、長嶺、御神、そして藤間がその一瞬で開いた空間に向かって駆け出し、隣のビルへと向かって跳ぶ。
しかしすでにその隙間を埋めるように現れた〝
「っ、みかみんっ!」
――避けれない。
後ろから飛んできた酸に気が付いた時には、御神も反射的に身体を捩るように回避行動に出ていた。
だが、酸弾とも言えるそれは人の身体を容易く呑み込む程の大きさを誇っており、身体を捩ったところでどうしようもなかった。
「ク、ソッタレえええぇぇぇッ!」
藤間が咄嗟に魔法を使って対応する。
遠距離に向かって魔法を放つには、相応の魔力を必要とする。
特に藤間自身、発動地点指定型の魔法を得意としており、移動しながらそれを行うのは正直に言えば困難であった。
だが、そんな藤間でも魔法を使う方法がない訳ではなかった。
自分の手の中という発動地点であれば、魔法そのものの構築は即座に可能だ。
故に、藤間は自分の手を御神とは反対側に向けて、手の中で【圧縮爆風】を爆ぜさせる。
自らの手のほんの少し先で、強烈な衝撃を放射状に引き起こしたそれは、藤間の指、手のひら、手首から肘までの骨を容易くへし折り、身体を吹き飛ばす。
手を犠牲に衝撃を受け止めて自分の身体を動かすことには成功した。
御神に向かって飛来する酸弾の間に、藤間の身体が飛び込むとほぼ同時に――腕を大きく開いた藤間が、背に庇っている御神に酸がかからないように、受け止めるように酸弾の進路を塞いだ。
「――藤間さん……!?」
御神の叫びとほぼ同時に、藤間に酸弾が触れようとして――しかし。
藤間の目の前、酸弾を呑み込むように真っ白な光の柱が生まれ、直後、強烈な轟音、そして爆風が舞い上がり、御神と長嶺を隣のビルの屋上へと叩きつけた。
突然の衝撃に何が起こったかは判然としない。
しかし、空中で己の手を犠牲にした藤間だけは、着地予定地点とも言えるその場所とは進行方向が変わってしまっていることだけは確かだった。
慌てて身体を起こした長嶺、そして御神が見たのは、真っ白な羽根を広げた一人の少年と、そんな少年に腕を掴まれてぐったりとしている藤間の姿だった。
「――っ、あなたは……ソラ、さん……?」
「あれ、キミたちに名乗った覚えはないんだけど……あぁ、『燦華』の配信で聞いたのかな?」
軽い調子で答えながらゆっくりと降りてきて、藤間をそこに下ろす。
慌てて長嶺が駆け寄り、魔法薬を藤間の口に突っ込んで飲ませる――にしては、ほぼ垂直に強引に流し込んでいると言えるレベルだが――と、藤間が咳き込み、それでも長嶺が口を押さえて無理やり飲み込ませた。
「……何これ、新手の拷問? あれ、この人ってキミたち仲間だよね?」
「……救命活動、かと……」
「えぇ……?」
どちらかと言えばトドメを刺そうとでもしているような光景にも見えるが、実のところ、長嶺のこの対応は正しい。
意識を失っている状態での魔法薬の服用は、中途半端にゆっくりと飲ませるよりも一気に流し込んでしまった方が効率的なのだ。もちろん、苦しいのは間違いないのだが。
その結果を示すかのように藤間が酷く咳き込みながらも飲み込みながら身体を起こし、涙目になりながら長嶺を恨みがましく睨みつけた。
「げっほ、ごほっ! ……あー……、さすがにしんどいっすよ……」
「救命措置なんだから仕方ない」
「あれ、ホントだ。あの酸受けても死なずに済んだんっすね、俺」
「ううん、受ける前に助けてもらった。ソラくんに」
「は? ……え?」
そこでようやくソラの姿がそこにある事に気が付いたのか、藤間が目を丸くしてから固まり、口をぱくぱくと開閉する。
「副隊長、ちょっとあれ……は……――」
「ん? どうしたの、藤間。というか早く立って」
藤間の言葉が途切れ、その視線を追うように長嶺も、そして御神もまたソラを――否、その背後を見つめて瞠目した。
「――……どういうつもりだい、白」
「……やあ、会いたかったよ。久しぶりだね、兄さん」
振り返ったソラが見上げた先。
そこには『ダンジョンの魔王』と妖艶な美女、ラト。
そして、そんな二人の横で無表情のままこちらを見つめる幼女、ヨグの姿があった。
◆――――おまけ――――◆
ヨグ「₍₍◝(°°*)◜₎₎₍✧*。」
ニグ「……ヨグ、思念でそれを送ってこなくていいですから」
ラト「面白いわね、この身体。ホントちっちゃいわ」
ニグ「……ラトは大体男女を作っても背が高かったりスタイルが良かったりしますからね」
ラト「えぇ、そうね。でも、悪くないかも。私もヨグみたいに小さな女の子の肉体端末でも作ろうかしら?」
ヨグ「(乂’ω’)」
ニグ「あなたみたいなのが小さな女の子になるなんて、悪夢でしかないので絶対やらないでください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます