ラトの提案 Ⅰ
日本が【勇者】を派遣して『魔王ダンジョン』を攻略したことで、最近では国交も途絶えていた日本に「是非我が国にも【勇者】を」みたいに言い出す国が増えている。
そんな情報が時野さんのサポートに回っているラトの眷属から送られてきたらしく、ラトが鼻で笑いながら僕に共有してくれた。
まあ、そりゃあ笑うだろうね。
大重さん自身、今回の帰国後の記者会見で「自分たちだけでは危ない場面もあった。まだまだ未熟だと痛感させられた以上、しばらくは鍛錬に励むつもりだ」と断言。
これに応じてすでに日本政府も「現在の日本には他国に援軍を回せる余力もなく、国内情勢も不安定であるため、まずは自国の再建を優先させる」なんて言っている状況だ。
でもまあ、確かに日本国内の混乱はまだまだ落ち着いたとは言い難い。
探索者ギルドへの襲撃は、僕の秘密結社メンバーたちが関わったところでは凄まじい被害になっているし、国会に集まっていた議員が全員亡くなっている。
悠長に選挙なんて行おうものならば、魔力犯罪者たちがそこに襲撃を仕掛けてくる可能性もあるだとかがSNSで騒がれていたりで、てんやわんやという状況。
そんな中で台頭してきたのが、新谷という参議院議員。
最近その人の名前をちょくちょく見かける。
彼は先んじて大手クラン『絆』との繋がりから、一般人への支援よりも先に探索者側の取り込みに動き、見事に現状の最悪の状況――つまり、特区内で普通に暮らしている魔力持ちの人間たちに対する保護と生活の支援を行い、彼らに思い留まらせてみせた。
一般人からの票が欲しい議員たちは、そんな新谷という議員を小馬鹿にするような行動をしてみせたけれど、大手クランである『絆』がそれに協力していることや、その大手クランによって作り上げられた『クラン同盟』に、軒並み大手から中堅どころのクランが参加を表明し、無視できない勢力になっている。
これに加えて、さらに探索者たちの窮状とその実状を訴えた動画を公開し、拡散された。
先細りし始めていた食料品などもあり、不安も多かったこと。
そして、このままでは自分たちは殺されるのではないかと、特区の外に略奪しに動こうと、軽口ではあるものの特区内では不満が募っていたことなどを赤裸々に語ったものだ。
自分たちの生活を守ると豪語していた政治家たちがやっていた事は、探索者たちに対するその仕打ちであったのではないか。
そんな愚かな真似をしていれば、自分たちが魔力犯罪者に襲われていたのではないかというような投稿が増え、つまり政治家が魔力犯罪者を生み出し、さらに増やしているではないかという反体制派の声を強めることになった。
「――ま、これも新谷って男の仕業でしょうけどね。この騒動をうまく利用して、今の内に膿を取り除きたいというところでしょう」
「政治はよく分からないけど、そういうものなの?」
「そういうものよ。この国の政治は腐敗し過ぎて真っ黒だもの、多少強引にでもこそぎ落とす必要はあるでしょうね」
「めちゃくちゃ嫌そうな顔するじゃん」
ラトに面白がられるどころか嫌そうな顔されるって、かなりアレな気がするんだけど。
「私が好むのは混沌としている様なのよ。物事が入り混じって混乱が生まれていて、それでも色々なものが己を維持して競い合い、常に不安定な状態、とでも言うべきかしら。なのにドロドロに染まりきって安定してしまっているんじゃつまらないわ」
「あ、そうなんだね」
染まりきってしまっているのは面白くない、と。
ということは、ある意味今みたいに色々なものが混ざり合ってぶつかり合うような、そういう状態が一番好きってことなのかな。
んー、つまりあれだ。
ほら、ゲームとかでキャラクター育成してボス倒せるまでは楽しいけど、倒してからやることがなくなった状態――つまり完成した状態になると、楽しくなくなるとか、そういうのと似たような感じかな。
なんていうか、目標に向かって徐々に進んでいる状況というか、一歩ずつ進んでいるのが楽しかったりね。
そういう意味なら、まあ僕も理解できなくはない。
実際僕、自分を鍛え続けている間はひたすらそれに一直線って感じだったけど、それができるようになってからはちょっとやる気が出なかったというか、熱くならなかった感じもあるし。
「ま、颯にもいずれ分かるようになってくれるわ、きっとね。それに、今回は面白いものを見つけられたもの。今後もっと混沌とさせることもできそうで、わくわくしているのよね」
「面白いもの?」
「えぇ、そうよ。ほら、あなたが帰ってきたばかりの頃って、私出かけていたでしょう?」
「そういえば、久々に出かけてたね」
「ふふ、そうなのよ。新システムの件でニグとヨグが色々と考えていたから、今の内に何か面白いものでもないかなって思って色々見ていたのだけれど、そこで面白いものが見つかったから、ちょっと直接見に行ってたのよ」
「それで、教えてくれるの?」
「ふふふ、知りたい?」
「いや、知りたくはないけど」
「……なんでよ」
「え、だってなんか厄ネタだったりしそうだし。僕が知らなくていいことなら、知らないままいる方が精神的に健全だったりしないかなって」
ラトが面白そうとか面白いって表現するのは、なんだか危ない代物とか危険な存在とか、そういう方向に振り切れていそうな気がするんだよなぁ。
とは言えラトだってニグ様とかヨグ様とは手を結んでいる状態だし、あまりはっちゃけ過ぎるような真似はしないだろうとは思うんだけど……。
だからと言って、知りたい、関わりたいかと言うとちょっとご遠慮願いたい。
毅然とした態度でノーを言える日本人男児、それが僕という男だ。
そう思って断ったらすんごいジト目で見られた。
「……ふぅん? せっかくあなたがアホな設定をまた増やして、それに合わせて使えそうな存在を見つけてきたのに?」
「……ッスゥーー……、なんかすっごい興味が湧いてきちゃったなぁ! 教えてほしいな!」
「……ホント現金ね」
利益のためならプライドも意地も投げ捨てて、強烈にゴマをすることができる日本人男児、それが僕という男だ。
ついさっき毅然とした態度どうのって思ったけど……うん。
それはほら、あれだ。使い分けって大事だからね。
「ま、いいわ。あなたたちは今回、新システムで人間種を強化するでしょう? それに合わせて【魔王】側にもテコ入れが必要だと私は考えたのよ」
「そうは言っても、現状【魔王】勢力の方が有利だから人間種にテコ入れしたんだけど?」
「それはもちろん分かってるわ。そうじゃなくて、ぶっちゃけあなた、【魔王】たちのことをどう思ってるの?」
「強さ極振りの馬鹿が多数、あとは影薄い」
「……思いっきり本音で結構なことね」
いや、だって実際そうなんだもの。
特に『魔物氾濫』をやらかした連中については、せいぜい人間の進化の糧になっていければいいかなってぐらいにしか考えてないよ、実際。
「『魔物氾濫』を引き起こした9人の【魔王】も、残りは5人。沈黙を保っていた8人の【魔王】はこれまでもあまり積極的な動きを見せてこなかったわ。でも、さすがに退屈過ぎたのでしょうね。痺れを切らして3人が『魔物氾濫の常態化設定』をオンにしたわ」
「あー、やっぱりそうなっちゃったかぁ。もうすぐ新システムとダンジョンで強い探索者も増えるだろうから、これからだったのに」
「よく言うわよ。あなた、多少慎重な程度の存在がそういう動きを見せることぐらい、予想していたでしょうに」
「まあ、もしかしたら、ぐらいにはね。現在の世の中の風潮的に、『魔王ダンジョン』への攻略はまだまだ時間がかかるだろうなって思ってたからね。そうなると、多少自制ができていたぐらいっていう連中も、そう遠くない内に痺れを切らしてそうなるだろうとは思ってたから」
「でしょうね。正直、私だって同じように考えていたもの」
ハッキリ言って、【魔王】陣営は退屈だ。
特区という括り、囲いの中で生かされている探索者たちも、そう簡単に集まってくる訳でもない。
何より最初に二人の【勇者】が死んでしまったせいで、『魔王ダンジョン』の攻略難易度が跳ね上がったように思われていてもおかしくはないのだ。
必然、なかなか人間たちが攻めてきてくれないから、『DP』を貯めようにも収入があまりにも低いからね。
実際、『DP』は〝人間種との激しい戦いであるほど獲得DPが増える〟という裏設定がある。当たり前と言えば当たり前だけど、そもそも人間種と魔物の戦いを促進させるためのシステムなんだから、そりゃそうだって話だけど。
魔物同士で殺し合わせたり、めちゃくちゃ弱い魔物を大量に出して強い魔物がそれを倒しても、得られる『DP』は召喚ポイントの2割程度と少なかったりするから、まったくもって割に合わないんだよね。
ルールの裏をつくような設定を許してくれるほど、ニグ様もヨグ様も甘くはない。
ともあれ、『DP』が手に入らないとダンジョンの拡張もできないし、やることもなくて退屈なのだ。
だから、刺激を欲して【勇者】を呼び込むためにも『魔物氾濫の常態化設定』をオンにする者は出てくる。
ちなみに、『魔物氾濫の常態化設定』は一度オンにすると、僕、またはラトやニグ様、ヨグ様の誰かの許可がないとオフにはできない。
そして僕らがそれをオフにする事に同意するような事態はほぼ起きない以上、不可能に近い。
つまり、新たに『魔物氾濫の常態化設定』をオンにした【魔王】も、〝討伐されて人類に追い風を与える役目〟を与えられたという事になる。
「でもね、颯。一人だけ私がオフに同意した【魔王】がいるって言ったら、あなたも驚くんじゃないかしら?」
「え……? つまり、ラトが見つけた面白いものって、まさか【魔王】にいたの?」
「ふふ、正解」
「うわぁ、意外なとこにいたね」
正直に言うと、僕は【魔王】にも【勇者】にもあまり興味を持って観察したりもしてなかったから、本当に意外ではあった。
最初の【魔王】も【勇者】も、僕にとってみれば〝戦いを激化するための駒〟という認識しか持っていなかったし。
「で、ラトが気に入ったのってどんな【魔王】?」
「あなたがノアでありソラであることに気が付いた存在、と言ったら?」
「……へぇ。じゃあ、殺さなくちゃね」
「待って。ねえ、待ちなさい。話を聞いて」
僕の正体に気が付くなんて、そんなネタバレ要員に慈悲なんていらない。
さっさと殺してしまった方がいいと動こうとした僕を、ラトにしては珍しく本気で焦ったような顔をしたラトが両手を僕の顔の前で振って止めてきた。
それと同時に、ラトの真後ろで突然空間が歪み、肉体端末のヨグ様とニグ様が順番に姿を現した。
「……何事ですか? 一瞬、この地点を中心に領域がどす黒くなりましたが」
「颯が本気で殺意を抱いたのよ」
「……ラト、何をやらかしたんです?」
「ちょっと待ちなさいよ。……あー、もう。イチから説明するから、全員座ってちょうだい」
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