ラトの提案 Ⅱ




「――つまり、その【魔王】ルフィナという女性は颯の行動の独特な癖と言うか、戦いの中で身につけた間合いの取り方や足捌き、視線の一つひとつから読み取って、ノアとソラのキャラクターが同一人物であると完全に見抜いた、と?」


「えぇ、そうみたいよ。ハッキリ言ってあの子は異常よ。颯に続いて現れた、自分の拘る方向にとことん突き抜けたタイプね」


「……確かに、颯に近いレベルで突き抜けたタイプですね」


「ねえ、僕そんな方向に突き抜けたのと一緒にされたくないんだけど? というかそれ、もうストーカーとかそういう領域に近くない?」



 ラトから聞いた、【魔王】ルフィナという存在の話。

 あまりにも強烈過ぎるキャラクター性に、なんかこう、ヤベーヤツがウチの組織のみんな以外に現れたって気分だよ。


 ほら、ウチの組織のメンバーって倫理観とか外れてるから。

 僕みたいに、特区育ちなのに外のラノベとかアニメとかを通して世間との乖離を学んだりするのをしっかり推奨しないと。


 まあ、学んだからってそっちの常識に寄せようとか一切思ってないけれど。



「正直、颯の特徴を見て完全に捉えて覚えているというのは、なかなか有り得ない存在ではあります」


「そうなの?」


「まずそもそも、あなた自身が表立って動いている機会自体が少ないですからね」


「そうね。『D-LIVE』だったかしら。あれの映像では動きが追える程の画質もないし、そもそも高濃度の魔力を前に映像も乱れていたしね」


「あ、観たんだ?」


「……当の本人に観せられたのよ。一時停止連続されて、このシーンでの動きがどうとか、ひたすら説明されたわ」

 

「うわぁ……」



 あれだ、噂に名高いオタクくんの布教、というヤツに近い感じのあれかな。

 なんかこう延々と早口で語っていたりとかしそうな印象だよ。

 ちょっと見てみたい気がしないでもない。



「まあ『D-LIVE』の配信に映った経験はあまりないけれど、でもそれなりに僕ってニグ様の全世界同時配信とかでも映ってるよね? ほら、最近のものだとノアとソラの対決とかもそうだし」


「あの配信、ルフィナは観れなかったみたいよ」


「あ、そうなの? 切り抜きみたいなのは?」



 僕も色々学んだからね、動画界隈。

 せっかくのデビューを見事に邪魔されちゃったからね。

 これ以上邪魔されてなるものかって、しっかり勉強しなきゃって思って。


 ただ、僕が見た感じだと著作権無視したレベルで漫画とかアニメとか動画のネタを使って投稿してる人、すっごい多い印象。

 割と無法地帯っぽいよね、動画投稿の世界って。


 ともあれ、なんか『D-LIVE』で流れた映像の見どころを切り抜いたような動画が、結構な再生回数だったりするんだよね。

 ああいうのいっぱい広まってるんだし、ありそうじゃん。



「私の配信は厳密には映像配信ではありませんので、そもそも録画などはできませんね」


「え?」


「ニグのあれは投影に過ぎないから、普通の録画はできないわよ。画面キャプチャで録画するっていうのもできないし、カメラで映そうとしても画面は真っ黒になるように操作しているもの」


「へー、そうなんだ」



 なるほど、不思議映像ってことか。

 履修済みだよ、そのジャンル。

 あれだ、呪いの……なんだっけ……?

 なんかこう、再生だけできるけどっていうアレ。



「でも、そうなると画質も荒くて中途半端な動きしか見せていないし、似たような魔法も敢えて作って使ってるんだから、クローン設定で誤魔化せるんじゃないの?」


「無理みたいね。あの子が言うには、〝戦いの中で研鑽してきた動きには、基礎が同じでも一つとして全く同じものは生まれない。得物が違えば、回避の足捌き、目線、一拍の間の取り方は変わる。なのに、それらが全て一緒。攻撃のスタイルだけが違うというのは即ち、同一人物が不慣れな武器を取り繕って使っている証拠〟だそうよ」


「……ッスゥーー……」


「……すごいですね、人間種とは思えない程の観察眼なのでは?」


「私も驚いたわよ」



 正解なんだよなぁ……。

 実際僕、大鎌も刀も基本的には使い込んだことなんてないし。

 せいぜい上層から深層あたりまで使っていたのは短剣ぐらいだけど、それも物理的に攻撃が通用しない相手が増えてきて、素手の方が強いって気付いちゃったもの。


 足捌き、目線、一拍の間の取り方か。

 まさかそんなものをいちいち見ているような――というか、見て理解できるような存在がいるなんて考えてなかったよ。


 さすがにこれは誤魔化しようがないね。



「……うん、まあ僕がノアとソラと同一人物であるという正体が知られた点については、まあしょうがないとして。それで、なんでそいつを消すことに反対するのさ?」


「あなたねぇ……、証拠隠滅したいからって短絡的過ぎるわよ……? さっきも言ったでしょう? あなたがつけたアホな設定というか、匂わせ――『ダンジョンの魔王』がダンジョンについた理由、みたいなものを演出するためにも、【魔王】側にはテコ入れが必要なのよ」


「うぐ……」


「ま、それだけじゃないけれどね」



 見事に言い返されてがっくりと項垂れる僕の前に、とことこと歩み寄ってきたヨグ様が半透明のタブレット端末もどきを見せて、「よしよし」と撫でるような顔文字を出してきた。やさしい。


 そんなほっこりじんわりと心温まるやり取りの横で、ラトに向かってニグ様が問いかけた。



「それだけではないとは、どういう意味です?」


「ニグ、あなたも理解しているでしょう? 颯が遭遇したアイツ。かつての同胞たちであり、この世界の旧支配者。〝古ぶるしきもの〟の眷属の存在。つまり、アイツらの覚醒が早まっているのは間違いないわ」


「っ、それは……」


「何それ?」



 言葉に詰まった様子のニグ様だけれど、僕にはさっぱりだ。

 その、なに、古々敷物ふるぶるしきもの

 なんかすっごい汚くて黒ずんだ古いカーペットみたいなの想像したんだけど。



「……私たちの介入のせいで、予定よりも早まってしまったのかもしれませんね」


「仕方ないわ。何度もリセットされて、人間種のステージが一定ラインで止められている。この数万年の繰り返しを打破するためだもの。というより、そもそも私たちもその対策のために次のステージに押し上げる道を選んだんじゃない」


「それはそうですが……」



 何の話かさっぱり分からないけど、なんかすっごい壮大な話になってる気がする。

 いや、ヨグ様は我関せずという形で、今度は僕に向かってなんか「うんうん」って感じで頷いてる顔文字出してるけど。


 そういうことなんだよ、みたいな感じかな?

 さっぱりなんだけど?

 え、今の会話から全部察しろっていうの?



「颯の実力なら倒しきれるわ。けれど現状、颯以外に対抗できる存在がいない。まして、眷属如きに乗っ取られる【魔王】なんかが人類最強っていう今の状態じゃ、あっちが動き出したら話にならないわ。今回の件で、あっちはダンジョンという異界の住人となっている【魔王】の肉体を利用するのが一番効率が良いと理解したはずよ。今後もきっと駒として【魔王】を使おうとしてくる。だから、【魔王】側にもテコ入れは必要よ」


「なるほど。先日の一件で味をしめた可能性がある、というところでしょうか」


「そうね。だから、【魔王】側にも私達の駒が欲しいわ。それに颯以外にも、颯と同程度まで行くような存在は現れないでしょうけれど、せめて颯が手加減しても戦いになるぐらいの実力者が必要と判断したわ」


「……そうですね。あまり介入し過ぎるのはどうかと思いますが……」


「相手が相手なのだから、多少は目を瞑ってちょうだい。そもそも、もう颯にガッツリ介入してるじゃないの。ヨグも、それに今となっては私たちも」


「……はあ。まあ、ヨグが動いた時点でこうなるかもしれないとは思っていましたけれど……」



 何やら話がまとまったらしい二人がちらりとヨグ様に顔を向けると、そんな二人に気が付いていたのか、ヨグ様が今度は「ドヤァ」の顔文字を表示。


 しかもなんか光ってるし。

 何そのスペシャルドヤァな感じで伸び縮みするパターン。

 バリエーション増えてるじゃん。



「……我々が介入した時点で、あの者たちの覚醒が早まる可能性は確かに考えていました。そう考えると、現時点で颯という化物……いえ、イレギュラーがいるというのは、確かに大きなアドバンテージでしょうね」


「化物って言われたんだけど」


「あんな都落ち連中みたいなヤツらなら、颯が本気を出せば一対一なら余裕だもの。でも、アイツらは眷属とかも増やしているでしょうから、数であちこちから来られると困るわ。私もこの前の配信を観てから、分身体たちを使って教団、あるいはフロント企業と思しき存在がないか調べさせているわ」


「ありがとうございます。――そういうことになりましたので、颯」


「どういうことになったの?」



 やめてよね、そういう「え、今の会話聞いてたんだから分かるよね、分かれよ」みたいな、ブラック企業みたいな風潮。あるのか知らんけど。 



「――颯」


「なに?」


「あなたにとっては、久しぶりに思いっきり戦える相手が湧いて出てくると思っていればいいわ」


「なるほど、わかった」



 詳しくはよく分からないけど、なんとなくニグ様たちが知ってるようなヤベーヤツが出てくるっていうのは察していたしね。

 それが出てきた時は僕も本気で暴れるって訳だね。



「じゃあラト、〝進化〟してから本気で戦う機会があんまりなかったから、僕のスパーリング相手になってね」


「え、嫌よ」


「えっ」


「え? なんでオーケーすると思ったのよ」


「だって、本気で暴れるんでしょ?」


「思いっきり暴れてもいいけど本気になんてならないでよ。あなたのせいで地球が終わるじゃない。自己鍛錬は結構だけれど、相手には私が見繕った【魔王】を使わせてあげるから、スパーリングの相手してあげながら彼女の知識でも貰っておきなさい」


「え゛っ?」



 それってもしかしなくても、ストーカーみたいな【魔王】と僕を組ませるってこと?

 なんか嫌なんだけど。







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