右腕になるということ




 早速とばかりにラトと共にやってきた【魔王】ルフィナとやらのダンジョン内部。

 僕の『銀の鍵』を用いた転移は、転移先がダンジョン内部であっても特に問題なく発動することができる優れものであるため、わざわざ飛行機で飛んだりなんていう手間は本来必要ないものだ。


 この前みたいに、何かに対するパフォーマンスで同行したのは、僕が海外に容易く転移できるのかを疑問視させるため、というのもあったりする。


 ともあれ、そうして飛んだ先にいたのは、波打つ黒髪を頭頂部に近い頭の後ろの高い位置で一つに束ねているらしい、褐色の肌を持った女性。

 ぴっちりとした胸の下あたりまであり、お臍を出した格好。足も、スパッツに短パンという、いかにもランニング等を行う健康的な服装の女性。すらりと伸びた手足、女性にしては脂肪をギリギリまで落として筋肉をつけているといった印象が強い。


 そんな女性は、僕――『ダンジョンの魔王』風の黒髪に赤いメッシュが入った金色の瞳に赤みがかった光の宿る姿を見て、一瞬目を丸くして、そしてなんだか恍惚としたような笑みを浮かべた。


 ……何その表情、こわ。



「連れてきたわよ、ルフィナ」


「素敵よ! ありがとうございます! あぁ、会いたかった!」



 情熱的というか、熱烈というべきか。

 歓迎されているらしい事は分かるし、ニグ様のおかげで言葉も日本語を喋っているように聞こえるから意味も分かるのだけれど、なんかちょっと思っていた以上にヤベーヤツ感がある。


 だって、表情は恍惚としていてだらしなく口元も緩んでいるのに、この熱烈ぶりだよ?


 これ、僕から見たらホラー展開というか、ヤベーヤツなんだよね。

 個人的にはもう帰りたくなってきたよ。

 口封じだけしてさっさと帰れればまだ良かったんだけど、ただ今日はそうもいかないんだよね。



「初めまして、【魔王】ルフィナ」


「はい、本物の魔王様!」


「……本物?」


「はい! あなたが本物の魔王であり、私たち【魔王】はあくまでも〝対外的なお役目〟。偽物であることぐらい、とうに気が付いております!」



 ……なんの話?

 そう思ってラトにちらりと目を向けてみれば、ラトも呆れたような表情を浮かべていて、僕の視線に気が付いてぶんぶんと首を左右に振った。


 ははーん、こーれ思った以上にヤベーヤツだね?


 何をもってそんなことを言い出してるのかさっぱり分からないけれど、それでも彼女なりに納得できる背景があったって考えていいのかな、これ。


 ぶっ飛んでそうだし、理屈が通っているのか怪しいけど……うん。



「……そこに気が付くとは、なかなかやるじゃないか、ルフィナ」


「――やはり……ッ!」


「あぁ、そうだね。キミたち【魔王】はあくまでも表向きのもの。けれど、その表向きのものでさえ、それに相応しい実力と、その振る舞いができなければ価値がない。分かるね?」


「承知しております!」



 承知も何も、僕自身さっぱり分からないけどね。

 ラトからも「急に何言い出してんだおまえ」みたいな冷たい目を向けられたし。


 いや、なんか乗らなきゃいけないかなって。

 ほら、据え膳喰わぬはなんとやらってあるでしょ、知らんけど。

 そういうチャンスを不意にするのも勿体ないかなって。


 だからってこの後どう話を持っていくかとか、なーんにも考えてないんだけど。

 どうしようかな、これ。



「そ、それでは早速ですが、魔王様」


「ん、なんだい?」


「わ、私を、本当の意味で貴方様の部下としてお使いいただけませんでしょうか!?」


「……ふむ」



 ……ッスゥーー……さて、どうしよっか。

 ちらっとラトにヘルプを求めてみたけれど、目を合わせようともしてくれない。

 いや、僕が勝手に作った設定ぶっ込んだのは悪かったから、助けて?


 

「逆に訊かせてもらいたいんだけど、ルフィナ。僕の部下になりたいと、本当にそう思うのかい?」


「もちろんです!」


「何故? 僕はキミに何も話していないし、これから先、何をしようとしているのかも分からないはずだ。そんな存在の部下になりたいと願う理由が、僕には分からないな」



 普通に考えれば、僕というか『ダンジョンの魔王』であるノアという役は、どう見てもダンジョン側の存在だ。

 大重さんのクランである『大自然の雫』のホームと言える東京第1ダンジョンにおける『月華』との戦い、その後の【愚者の磔、魂の焼失アフォーゴモン】による大量虐殺についても、僕がやったという確証がないとは言え、僕がやったであろうと噂されている。


 普通に考えれば、そんな存在に自ら近寄っていこうなんて考えるはずがない。

 力にすり寄り、利用してやろうと企むという程度ならばまだしも、僕の部下という立場になって、僕に従おうとは思わないだろう。


 たとえば、圧倒的な力を前に心が折れたり、僕の力に心酔したというような稀有な存在ならばいざ知らず、ルフィナは【魔王】だ。

 つまり、己の力に確固たる自信もあるし、誰かに、あるいは何かに怯えて膝を屈することを是としないような魂の在り方をした者であるはずだ。


 なのに、部下になりたいという彼女の本心がよく分からない。



「……魔王様のもう一つの御姿であるソラという役、そしてあなた様の御立場。これらを踏まえて考えたところ、おそらく目的は〝戦いの激化〟――そして可能であれば、人間という種族を我々【魔王】や【勇者】同様に、〝進化〟させ、押し上げたいのではないでしょうか?」



 ゆっくりと紡ぐかのように告げられたのは、正鵠を射たものだった。

 これにはさすがにラトも興味を惹かれたようで、先程までとは打って変わってまっすぐルフィナを見つめている。



「ダンジョンはそのための場所であり、いわば修練場。浅い層から深くに潜っていくにつれて強くなる魔物、戦いに対して要求される力、慎重ではあるけれど臆病ではない判断力を持って強くなっていくための場だと、私は考えています」



 ……なるほど。

 まあ、普通に考えればそこに違和感を覚えるのは正しい。


 そもそもダンジョンが人間という存在を強くする気もなく、滅ぼすためだけにできているのであれば、人間が勝てるような魔物なんて配置しない。

 それこそ、『魔王ダンジョン』のように殺意マシマシにして『魔物氾濫』をひたすら引き起こせばいいだけの話だ。


 けれど、そうはならなかった。


 それに加えて位階の上昇というものにまで繋がるのだから、最初から人間という種族に割と歩み寄ったシステムであるのは間違いない。



「――そう。つまり私たちは、貴方様に与えられたこのダンジョンのおかげで、強くなれているのです」



 ――僕じゃないが?


 キリッとした表情でこちらを見つめて断言したルフィナに、頭の中でそんな風に返すと、ルフィナの視界に入らない位置で、ラトが本当に小さく「ぶふっ」と噴き出したのを僕の領域だけが完全に捉えている。


 いや、うん。

 僕がダンジョン生み出したみたいに勘違いしてるっぽいじゃん、これ。


 僕ってどっちかっていうとダンジョンを楽しんで生きてきた側だけど?

 いや、今は新システムとか新ダンジョンの設計とか楽しんでるし、あながち全部が間違っている訳じゃないけれども。



「私が仲間になることで、貴方様の負担が減るというのであればこれ以上の事はありません。是非、私を貴方様の右腕にしてください」


「右腕、ね」



 さらっと部下っていう立場から割と昇格した立場を要求してきてるじゃん。


 たださぁ……ぶっちゃけ僕、そういう存在とか一切求めてないんだよね。

 一人で戦う方が慣れてるし、気楽なんだもの。


 正直、僕と並んで戦えるレベルって言えばラトぐらいなものだし、右腕ってなると最低でも僕が煩わされるようなものを任せられるぐらいの実力があってくれなきゃ、意味がない。


 現時点では、僕個人の感想で言えば正直に言えば不要な人材だ。

 ただ、ラトやニグ様、ヨグ様が言う通り、【魔王】側を任せられて、かつ実力があるのであれば利用価値はある、というところだろうか。


 そういえば技術はかなりのものがあるって話だったし、試させてもらおうかな。



「まずは実力を見せてもらおうか」


「――っ、はいッ!」

 





 ◆ ◆ ◆






《――……これ程の差が生まれるのですね》


《……正直、私も本気で驚いているわよ。まだ開始10分も経ってないのに……》



 姿を見せずにその光景を見つめているラトの脳裏に届いたのは、ニグの驚愕にも近いような言葉であった。

 彼女にしては珍しい声であったが、しかしそんなニグをからかう程の余裕はラトにもなかった。


 顔合わせしてみれば、ルフィナは少々勘違いした方向に颯のことを解釈しており、颯は颯でロールプレイを楽しむかのように答えてみせる。

 相変わらずよく分からない設定をぶち込んでみせたりするものの、しかしそれが今回ばかりは良い方に進む結果となった。


 ルフィナという女は、『ダンジョンの魔王』とソラを演じてみせている颯の熱狂的なファンとも言える存在である。

 だがそれが高じた結果、眷属に近い存在にすらなりつつある。


 狂信的な信仰は表にあまり出ていないが、それでも心酔し、その力となれるのであれば心の底から自分の命すら投げ出して良いと、そう考えるのも時間の問題だろうというのが、数多の信者、眷属を見てきたラトの見解だ。

 そんな彼女だからこそ、颯が望む以上、ノアとソラという二足の草鞋を履く颯の正体を無闇に明かすような真似はしない。


 逆に、颯という存在が「実は自分が楽しみたいが為にダンジョンに籠もり続けて強くなり、ミステリアスムーブをかまそうとしたところ演出が雑になって『ダンジョンの魔王』と呼ばれ、そこから脱却するためだけにソラというミステリアスムーブキャラを新たに生み出した」なんていう、おフザけの極致とも言えるような存在であったと知るよりも、むしろ心酔した状態を維持できるのであれば都合が良かった。


 そのため、ラトが「『ダンジョンの魔王』として接しなさいね」と助言し、颯はその助言に従ったのである。

 決してラトが「本来の性質を見て反転アンチみたいになったらクソめんどくさい」とか思った訳ではない。ないのである。


 そんな中で始まった、実力を測るための模擬戦。

 その内容を見たニグとラトの感想こそが、先の驚愕そのものだった。


 さすがに本気で戦ってしまえば勝負にならないため、手加減を前提に得物を用いた肉弾戦のみの模擬戦。

 開始は、先手を譲られる形となったルフィナから始まった。


 身体の軸がブレないように、間合いを詰めるルフィナ。

 彼女から突き出された拳、そこにつけられた3本の刃がついた鉤爪は、最初に読み取った間合いよりも、さらにぐんと伸びるように颯へと肉薄していく。


 どうやら腕を振るっただけに見せかけて、軸足で身体を止めながら腰を回し、肩を直線に向けつつ間合いを伸ばしているようである。


 なるほど、確かに洗練された攻撃手段だ。

 横合いから見ているからこそ一見して把握できるような技術だが、正面からそれを受けている颯が、間合いを読み違え、仕組みに理解するには時間がかかるかもしれない――なんて、そんな事を考えていたニグとラト。


 しかし、最初はそれに僅かに眉をぴくりと動かした颯が、大きく避けてみせていたが、そのほんの数秒後には、伸びた間合いすら読み切って紙一重の、最小限の回避に留めてみせる。


 これに驚いたのはルフィナだ。

 自らの動きをたった数回見せただけで完全に見切り、理解してくるとは思いもしなかったのだから。


 そしてその数分後、回避に専念しながらもそれらを避けていたルフィナであったが、ふと颯の動きが変わる。


 颯が反撃に掌底を突き出し、ルフィナ後方に逃れ――ようとして目を見開いた。

 颯の腕がぐんと伸びたように想定していた間合いよりも深く突き出てきて、避けきれずに吹き飛ばされたのだ。



「っ、今のは……ッ!?」


「なるほど、こういう感じだね」



 みぞおちに叩き込まれた掌底に苦しみながら驚愕するルフィナを他所に、颯はぽつりと呟く。


 ――なるほど、確かに〝適応能力の化物〟だ。

 その光景を見ていたラトは、かつてニグから向けられた言葉を思い出した。


 こうして戦いの中で技術を吸収し、読み切り、適応してみせる。

 そのあまりの早さに、ニグをもってしてもそう表現していた気持ちがよく分かるものだ、とラトは実感する。


 ルフィナの技術は、確かに凄まじい。

 力に振り回されていないし、位階の上昇によってできるようになった己の力というものを徹底的に理解していて、限界値を間違いなく発揮していた。


 ――しかし、致命的に速度が、そして経験が足りていない。

 これは颯の位階が高すぎてそう感じるせいというのもあるが、それ以上に技術に傾倒し過ぎているせいだろうな、とラトは当たりをつけていた。


 対人間用の技術とは、やはりそれだけの技術でしかないのだ。

 ダンジョンの深層以降、奈落以上の魔物たち――即ち、これからラトたちが相手にする可能性があると想定しているような幻影体のオリジナルである存在たちがやるような埒外の行動、意外性というものを想定されていない。


 ルフィナの技術は、あくまでも人間種基準での達人という程度だ。

 もちろん、その技術があったからこそノアとソラが同一人物であることに気がつけたのだから、充分に大したものではあるが……――それだけだ。


 颯はそういった意外性を持つ魔物と戦い、生き抜いてきた。

 一撃を貰えば命を落とすような相手に、それらの行動に全て対処してきた。

 そうして同時に、それらを見て、己の中に落とし込んで戦い方に活かしてきたからこそ今があるのだ。


 ルフィナの技術は、もはや颯にとっては何も恐ろしいものではなくなっている。

 現にその技術を完全にモノにして、しかも足のステップを利用してさらに間合いを延ばしてみせている。


 自らの技術をあっさりと奪われ、さらに利用され、昇華される。

 それは自尊心を酷く傷つける行為だ。


 だが、それでもルフィナは愕然として心を折ることもなく、頬を紅潮させていた。



「――あぁ……、さすがは本物の魔王様……!」



 颯の顔が一瞬ドン引きしたのをラトは見逃さなかった。


 爛々と輝いた瞳を向けて、口角をあげて突っ込んでくるルフィナの攻撃。

 伸びた鉤爪、その外型と内側の2本の爪の間に颯が刀を差し込み、くるりと外側に倒すように回す。


 予想外な反撃方法に、ルフィナは腕がおかしな方向に曲がるのを嫌って、ぐるんと側宙して回る。

 だが、その瞬間を狙って颯が踏み込んだ姿に目を瞠り、そして次の瞬間に放たれた蹴りを真っ直ぐ腹部に叩き込まれ、吹き飛んでいって地面を滑っていった。



「――が、は……っ、ぅぅ、げほ……っ!」



 空中に一瞬でも浮けば、その一瞬が無防備になるということを理解していない。

 奈落以降の魔物たちはその一瞬の隙を見逃しなどしない。

 その一瞬で致命的な一撃を繰り出してくるような相手だ。


 そしてそういった魔物を相手にしてきた颯だからこそ、ルフィナの技術を見て、冷たく言い放つ。



「……正直、期待外れだ」


「……っ!」


「確かにキミには技術がある。学ぶものはあったのは確かだけれど、でもそれだけだ。まだまだ力が足りない。僕の右腕を名乗れる程の実力はない」


「……ま、だ、まだ……やれ、ます……」


「心配しなくていいよ。実力そのものは買っているんだ。今度から僕の他の部下と一緒に奈落ツアーだね」


「……え?」


「よろしく、ルフィナ」


「……っ、はい……っ! 必ずや、そう遠くない内に貴方様の右腕になってみせます……!」



 ――いや、右腕とかいらないけど。

 颯が心の中で小さく呟いていたが、その声がルフィナに聞こえることはなかった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る