探索者ギルドにて





 探索者ギルドの端末を利用して、買取依頼を出す。

 手順を教えたものの、今日は狩りの初体験がメインで、報酬やドロップ品を目的にしていないため、数は少ない。

 大した買取額にはならなかったが、彼らにとっては初めての報酬ということもあって、なかなかに嬉しそうな表情を浮かべている。


 ちなみに、今日の夕飯のメニューにドロップした肉を料理することになったのだが、これも新人たちは楽しみにしているようだ。

 自分たちで稼いだお金、獲った肉を食べるというのが楽しいと思うのは、分からなくもない。


 レベル50以上が入れる〝生活系ダンジョン〟とか出てくれないかな。

 俺もその喜びを分かち合いたいというのに。


 ともあれ、一通り簡単な説明を行った後は雅に真虎たちを託し、俺は修司と一緒に相談受付に顔を出した。

 とは言え、ここも銀行窓口みたいに番号札を発行して呼ばれるのを待つっていう、なんというか、お役所感の溢れる感じではあるのだが。

 黒姫ではないけれど、せめてもうちょっとこう、ファンタジーっぽさがあってくれてもいいのにな。


 番号札を発行しようとしたところで、がらがらで暇だったおかげか、直接窓口の従業員に呼ばれた。

 近寄って行くと、受付の若い女性は俺が誰かに気が付いたのか、僅かに目を見開いて口元を押さえたあと、すぐに気持ちを切り替えて表情を引き締めた。



「ようこそいらっしゃいませ、クラン『箒星』のリーダー、芦屋様。本日のご用件は?」


「新人から誤作動カードが出てきたんで、その報告にきました」


「誤作動カードの件ですね、かしこまりました。それでは、あちらにあります個室にてお話を伺わせていただきますので、中に入ってお待ちください」


「はい、分かりました。修司、行くぞ」



 こくりと頷いた修司を連れて、受付が指している個室へと入っていく。


 個室は、3人ぐらいが座れるソファーがテーブルを挟んで置かれたシンプルな長方形の部屋だ。

 俺たちが入ってきた扉の反対側には従業員用の出入りに使う扉がついているだけの、商談用の部屋という感じか。


 修司と並んで扉側のソファーに腰掛けていると、少しして反対側の扉がノックされた。

 返事を返せば、「失礼します」と告げて扉を開ける先ほどの受付嬢ともう一人、プロレスラーを思わせるようなガタイの良さと、短髪の頭はともかく、額の真ん中あたりから左目に向かって裂傷したであろう傷痕が特徴的な男性が入ってきた。


 その男性の顔に見覚えがあった俺は思わず目を瞠り、対して、男性はニヤリとイタズラに成功したとでも言いたげな、意地の悪い笑みを浮かべた。



「よお、久しぶりだな、ハルト。元気そうで何よりだ」


「……いやいや、つか、そりゃこっちのセリフだぜ、祠堂のおっちゃん」


「祠堂支部長とお知り合いなのですか?」


「探索者時代に何度か顔を合わせていたからな。下層で昔、助けてもらったのさ。とんでもねぇ実力の持ち主でな。【勇者】に選ばれたって聞いた時は、驚きよりもむしろ納得したもんだ」



 受付を担当してくれた女性の問いかけに、男性が答えた。


 この男は祠堂のおっちゃん――祠堂しどう 孝泰たかやす

 俺がこの世界線で知り合った探索者の一人だ。

 以前の世界線で会った事がある訳でもないし、向こうでは名前を聞くこともなかったが、なかなかの実力者だ。


 とは言え、俺が会った当時は位階Ⅴ前後。

 特筆するほどの強さがあったという訳でもないんだが。



「で、なんで祠堂のおっちゃんがここに?」


「そりゃおめー、俺がここの支部長だからだ」


「は?」



 思わず漏れた反応に、祠堂のおっちゃんはガリガリと乱暴に後頭部を掻いてみせた。



「似合わねーってのは俺が一番そう思ってるさ。だがなぁ、この探索者ギルド……いや、新探索者ギルドのトップである時野さんは、探索者経験がある人間しか支部長にしないって断言してんのさ。で、探索者として現役を退いた俺みてーのをトップにして、有事の際には迷わず現場判断を優先するように、って言われてんのさ」


「おぉ……マジか」



 前の世界線じゃ元探索者を優遇しろとか、現場判断を優先するなんてのは有り得なかったな。実際、前の世界線での探索者ギルドの上層部は、戦いなんて全く知らないような素人ばかりだったし、ろくなもんじゃなかった。

 この世界でも以前まではそうだったんだが……新しい体制になったらしい探索者ギルドは、ずいぶんと探索者の事情というものに歩み寄ってくれているみたいだ。



「まあもっとも、俺らもそういうルールならってことで引き受けることにしたんだが、大変だったんだぜ? 勉強しなきゃなんねーことがあまりに多かったからよ」


「勉強かぁ……」



 ぶっちゃけ、俺も勉強は無理だ。

 前の世界線じゃ特区に放り込まれてたし、この世界線でも勉強する以前に世界のピンチをどうにかしなきゃって動いてたし、こっちの世界線でも高校は通ってすらいないし。



「まあ、俺ぁダンジョンが出現した時から一般人だったからいいものの、特区出身の若い世代はもっと大変だぞ? 一般人側への理解度を測るために〝特区外居住免許〟を取得できるレベルが最低基準だっつー話だからな」


「あー、なんか聞いたことあるな。特区はそんなのあったんだっけ」


「おうよ。おかげで若い世代で候補生になった連中は今も勉強中よ。だもんで、一旦俺らみてーな現役引退組連中がこういう立場に就いてんのさ」


「それはまた、ご愁傷さまというか」


「ま、特区育ちの連中はまだ若いからな。勉強ぐらい頑張ってもらおうじゃねぇか。――で、だ。挨拶はまあそこそこに、本題に入るとするか」



 ようやく向かいのソファーに腰を下ろした祠堂のおっちゃんを見て、受付の女性が何やらほっとした様子で胸を撫で下ろしてから、部屋の隅にあった冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを取り出し、俺たちの前に置いてくれた。

 コップに入れて持ってくるとかじゃないんだなとか思いつつ、気持ちを切り替えて改めて祠堂のおっちゃんを見やる。



「誤作動カード、悪いが見せてもらえるか?」


「分かった。修司、出してくれ」


「はい。――ステータスオープン」



 こくりと頷いてステータスカードを出した修司が、そのカードを手に取って机の上に置けば、祠堂のおっちゃん、それに受付嬢のお姉さんがまじまじと表示を見つめた。



――――――――


Name :睦沢 修司

JOB :剣士 / 【萓オ鬟�】


LV :2


ATK:2

SPD:2

MGI:2

MND:1


SKILL:

 『魔力強化撃Ⅰ』・『身体強化Ⅰ』

MAGIC:

 ――――


TITLE:

【豺キ縺倥j繧ゅ�】


――――――――



 狩りの成果もあってレベルが2になって、ジョブも剣士というオーソドックスなタイプだ。

 ステータスは攻撃、速度、あとは魔力にポイントを振っているらしい。

 魔法を覚えるまでは魔力に振らなくてもいいとは思うんだが、まあこの辺りは今後の目標に合わせて自由に決めればいいか。



「なるほど。確かにおかしな表示だな」


「これが噂の誤作動カード、ですか」


「あぁ、そうだ。……なあ、ハルト。おまえさんはこの誤作動カードをどう思う?」


「……普通に考えて、誤作動ってのは有り得ないんじゃないかって思ってるよ」


「ほう?」


「どういう意味でしょう?」



 我が意を得たりとでも言いたげな祠堂のおっちゃんとは対照的に、受付嬢のお姉さんの方は俺が何故そう思ったのか理解できなかったらしい。

 修司も俺がどうしてそんな答えを口にしたのか気になっているようで、こちらを見つめてじっと言葉を待っている。


 そんな三者三様の視線を受けて、思わず肩をすくめる。



「そもそも〝生活系ダンジョン〟は、あの『天の声』とメッセンジャーが関与した代物だろう? そんな存在たちが、ただただ機械的な、それこそ誤作動を引き起こすとは思えないってのが一つ」


「あぁ、そいつぁ俺も同感だ。あの神とも言えるような所業を行えるような存在が、そんな事をするのかってのは疑問ではある」



 やっぱり祠堂のおっちゃんもそういう考えには至っていたらしいが、受付嬢のお姉さんは目を丸くしていて、そういう考えは特に抱いていなかったことが窺える。

 一方で、修司も何かを考え込むように視線を落としてじっと固まっているようだった。



「で、そうなると、だ。おそらくこのカードの読めない文字は、何かを読み取った結果としてここにこの表記をしていると考えるのが妥当だ」


「なるほどな。……心当たりがあるのか?」


「正直、まだまだ確証が持てる訳じゃないんだけど……祠堂のおっちゃんなら、言っておいた方がいいかもしれないな」


「なんだよ、厄介事か?」



 厄介事……まあ、そう訊ねられればそうとしか言いようがないな。


 ぶっちゃけ、まだまだ確証も何もない。

 ただ、何か漠然としたものではあるけれど、決して無視してはいけないような、そんな焦燥感というか、そういうものが俺の中に芽生えているのだ。


 そうなると、きっと……いや、ほぼ確実に、前の世界線に関係すること、なんだと思う。


 ただ、それをどう伝えればいいのかというのは俺にも分からない。

 というのも、俺が何かを誰かに伝えてしまうことで、予期せぬ災いを招きかねないという予感が警鐘を鳴らしているからだ。


 言葉にして、誰かに伝えたい。

 雅や黒姫たちにも伝えようかと迷ったが、その度に、この奇妙な感覚が湧き上がってくるせいで、俺はまだ誰にも前の世界線の事は伝えていない。


 でも、相手が探索者ギルドの支部長という立場にいる。

 しかも信頼できる相手だというのなら、正確には伝えなくても、備えるためのヒントぐらいにはなってくれるんじゃないだろうか。


 だが、深く思い出して言語化しようとすると、さっきみたいな頭痛とか、そういうもんが襲ってくるんだよな。


 とは言え、協力体制を築ける可能性がある相手なら、ある程度の情報は伝えておくべきだろう。

 意を決し、思考を整理して一つ深く深呼吸する。



「俺は、この文字には何か意味があると思ってる。でも、それはきっと、ダンジョン側とは違う別の何かによる仕業だと思う」



 ――あぁ、始まった。

 酷い頭痛と強烈な吐き気、ちかちかと明滅するような視界。

 まるで万力で頭を締め付けられているかのような痛みに耐えながら歯を食い縛る。



「ダンジョン側じゃない別の何か、だと?」


「あぁ、そうだ。じゃなきゃ……――」




 ――じゃなきゃ、あの人・・・は――――ったはずだ。

 ダンジョンの在り方を――――た、あの人は……。




 ほんの一瞬浮かんだ光景と、深くて昏い感情。

 叫び出したくなるような衝動が、酷い頭痛の中に浮かび上がって蘇る。


 あぁ、ダメだ。

 いつも以上に、ひどい。


 頭が割れそうで、意識がばらばらに砕け散ってしまっているようで、過去と今が混ざっているような、右と左、上と下さえ分からなくなるぐらい、ぐらぐらと視界が揺れる。




「……し、祠堂のおっちゃん、何かがあった時のために備蓄は多めに。それと、なるべくでいいから、探索者を早く育ててほしい」


「おいおい、大丈夫か? 顔色が真っ青だぞ?」


「いいからっ! だから、頼む。【勇者】からの要請ってのが役に立つなら、利用してくれていいから……早く……!」


「――っ、おい、ハルト! 柏木! 医務室から担架――!」



 声が遠くで響いていた。

 水の中に落ちてしまって、ガヤガヤと反響しているような音になって響く中へ、意識が吸い込まれていく。


 不意に目を閉じようとして――声が、聞こえた。


 落ちていく意識の中で、浮かんだ光景とノイズ混じりの声。

 逆光に隠された顔が、こちらを見下ろす。

 その何者かの顔が見えなくて、ただ、俺は倒れたまま仰向けでそいつに向かってゆっくりと震える手を伸ばした。




 ――これは、前の世界線で俺が死んだ時の、記憶……?




 そんなことを考えたところで、俺の意識はぷつりと途絶えた。





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